【やっつけ映画評】帰ってきたムッソリーニ

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     ムッソリーニはヒトラーと並ぶ20世紀の悪役でかつ、ヒトラーが真似したファシストの先駆け男でもある。だのに知名度、注目度はずっと低く、例えば大阪市立図書館の蔵書検索では「ヒトラー」1942件(図書のみ)に対して「ムッソリーニ」151件、Movie Walkerの映画検索では同129件に対して40件と如実に差がついている。

     おかげでムッソリーニの方が先輩なのに、ついヒトラーの二番煎じのようなイメージをもってしまうが、本作においてその印象はさらに確定してしまったといえる。パクリでもパロディでもなく、モンテクリスト伯→巌窟王のような翻案作品といってよかろう。それくらい元作の「帰ってきたヒトラー」と同じだった。


     なぜか唐突に現代に甦ったムッソリーニが、物まね芸人と間違われてテレビでスターになる。大枠だけでなく、当初キヨスク的な売店の主に助けられてそこで新聞を読んで学習したり、旅先で犬を射殺したり、極右団体を訪問して論争したり、戦中世代の高齢者だけが本物と気づいたり、細かいエピソードも一緒である。なんならテレビ局の名前も同じで、この徹底ぶりは元作に敬意を表してということか。


     もちろんヒトラーではなくムッソリーニなので、当人の言動は当たり前だがそちらに合わせてある。そこで改めて気づかされるのは、どうしてヒトラーに影響を与えた男なのに二番煎じ格になってしまったかだ。言動がヒトラーに比べてそこまでキテレツではなく、ただの極右ポピュリストといった様子。見かけも、それなりの異形の相ではあろうが、ヒトラーほど特徴があるわけではない。

     

     なので裏を返せば、今もいくらでも現れる可能性がある御仁といえる。「右も左も力を失う中で俺しかいない」というような台詞を言うシーンがあるが、これなどまさしくトランプや、ブラジルのボルソナーロあたりとカブって聞こえる。大阪維新も同様。「新しい第三極」だとの期待が支持につながった勢力である。

     なので本家より「今でもありえる」という観点からゾッとする風刺に仕立てることができる題材だと思う。そこまで仕上げられると本家とはまた異なる傑作になりえたのでは、と想像すると惜しい。


     まあこれは、こちらがついテレビと政治にまつわる日本の状況を当てはめて見てしまうことからくる筋違いの期待かもしれない。とは思うものの、既視感を覚えるシーンもある。

     

     ムッソリーニを、ただのギャグ、ただの視聴率稼ぎ装置としてとらえるテレビ局社員たちの態度に業を煮やしたスタッフの1人が、ある日の会議で激昂しながら倫理観のなさを非難する。すると彼女に対してほぼ全員が「冗談の通じないやつ」「いやそういう話ちゃうやん」といった調子の半笑いを浮かべる。どこに既視感があるかといえば、俺自身がかつてそういう表情を浮かべたことがあるからだが、同じような態度を取るであろう業界人にもいくばくか心当たりがある。高須や百田らを面白がってご意見番扱いしているスポーツ新聞辺りも同じようなものだ。


     そこにあるのはメディア側の見識の浅はかさによる共犯関係であるが、それと松本人志の薄っぺらい時事放談や橋下徹のようなその場その場で言うことがまるで違うことを厭わない空虚な御仁に対して「一理ある」とみなす視点はごく近いところにあることが日本の事例からはわかる。

     

     これと同じく、甦ったムッソリーニ自身が政界で力を持つ展開は想像しにくくても(現実の彼も、ヒトラーに比べるとかなりアクロバティックな過程を経て政権の座についている)、彼が破壊して生まれた亀裂や穴ぼこに、別の人間が大穴開けて入り込むということはいくらでもあるのだと思う。「歴史は繰り返す」というのは、こういう形で行われるのだろう。

     

     そして日独伊三国同盟の最後の一角日本であるが、わが国の場合、現実世界がとっくに「帰ってきた」状態であるのがコロナ禍によって顕在化している。同じ感染症だから他国の成功例・失敗例を踏まえりゃいいのに他国に学ばない。それは日本が特殊だと思っている=他国を見下しているからで、つまりは科学軽視、数字軽視。なので個々人の心がけ(=精神論)偏重で、必然兵站軽視。まっとうな指摘は「頑張っているときに水を差す」と排除され、撤退できなくてずるずる。最後は神頼み。当然誰も責任なんて取らん。全部、「昭和陸軍の研究」あたりに出くてる話である。

     

     これら諸々の態度をひと言で表せという超難題に、「マスク2枚」という満額の答えをさらりと示してみせる彼らはある意味天才としかいいようがない。「帰ってきた誰それ」ならぬ、「返ってきたのがマスク2枚」である。そして本作のムッソリーニのように、唐突に何の脈絡もなく突然現れたわけではなく、ずっとそういうことをブレずにやってきて、それを積極的なり消極的なり支持してきた、そのただの必然の帰結である。カミュ「ペスト」の次にバカ売れしそうな本が見えてきたよジュンク堂の皆さん。


    「SONO TORNATO」2018年イタリア
    監督:ルカ・ミニエーロ
    出演:マッシモ・ポポリツィオ、フランク・マターノ、ステファニア・ロッカ


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