映画の感想:娘は戦場で生まれた

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     世の中が再稼働気味になっている。友人が勤務する美術館も再開したようだが、たまたま作品の貸し出し期限やよその美術館への巡回日程等がつかえていなかったので、予定していた展覧会をようやくお披露目できたのだとか。つまり、後がつかえていれば企画は流れていたということだ。その点、演劇と似ている。役者やスタッフの予定が確保できれば再上演可能だが、都合がつかないと無理になる。


     タイミングがうまく合わないまま映画館が閉館になってしまい見れないままだった本作は、再開したらまだ上映していた。映画の場合は作品の貸し出しがどうなっているのだろうと思ったが、後で聞く機会があった。古文書の発見のごとく、古い映画のフィルムが民家なんかから出てくることがたまにあるが、ああいうのはフィルムが全国の映画館を巡回している間に行方不明になったのが出てきたということらしい。しかし、今時は巨大なリールを回しているわけではない。後日出会った映画館スタッフに、コロナで順延になったら作品の貸し出し期間てどうなるのと尋ねたら、「USB指したりサイトにアクセスしたりなんで…」と、質問の意味がそもそもわからないという様子だった。

     

     作品とは全然関係のない話だった。

     「ラッカは静かに虐殺されている」同様、シリア内線を題材としていて、かつ邦題がすばらしい。タイトル通り、戦場で生まれた乳飲み子の「サマ」を軸として編集されている。


     「ラッカ〜」は政府と反政府との対立の間隙を縫って現地を制圧したISによる首狩りを映し出しているが、本作は政府軍とロシア軍の空爆で人がどんどん死んでいく様子が映し出される。生首のような衝撃的な映像はないが、数はすごい。空爆でどんどん人が命を落とし、その遺体の映像が遠慮なしにどんどん出てくる。

     銃火器による遺体はフィクションでもさんざん見たことがあり、作り物でもさすがよく出来ているんだな、本作に出てくる遺体の数々と映像としては結構似ているのだけど、さすがに死産の嬰児の映像は直視に堪えない、と思ったら、まさかの「JIN」と全く同じ展開だった。逆さづりにして尻をパンパン叩いたら脈が戻った。それこの前再放送で見たばっかのやつやん。咲さんスゲー。ではなくて赤ん坊がすごい。

     

     問題はこの虐殺をISではなく、政府がやっていることだ。その点「ラッカ〜」よりはるかに残酷な映像にも思える。苛政は虎よりも、を地で行くが、この場合、苛政自体が虎より破壊力がありすぎるので対比が成立しない。

     

     これを書いている現在、アメリカでかなり大きなデモが起きている。予想通り、ピントのズレたナイーブな意見をテレビを中心にいくつか見聞きしたが、偉そうに言う己とて同様である。

     トランプが、あいつらはテロリストだ軍隊出すぞと吠えたとき、こいつならこう言うだろうなと思ったのだが、それが意味するところは「これ」なんだなと本作を見て理解した。「いかにも言いそう」以上のことを思わなかったのは、それだけ敵認定を食って生きるポピュリストが当たり前になっているということでもあろう。大阪なんかまさしくそうだし。


     まあシリアと違って、アメリカの場合は内戦になっても介入する他国はない(協力させられる国は出るかもしらんが)だろうから事情は異なるだろうけど、光州事件のようにはなる。というか「タクシー運転手」をすでに見ているからさっさと気づけという話である。とにかく、トランプの態度には一片の理もない。暴動?さあ、少なくとも中抜き業最大手と竹中屋には打ちこわしくらいかけてもバチは当たらんのじゃねえか。あと在版民放。


     逆の見方をすれば、反政府的な国民に対して軍が発砲するという行為を、東京大空襲ばりにやったのがこのアレッポという町なのだから、異常にもほどがある、とようやく気付けたという話でもある。まあ反政府側にはアメリカが協力しているから単純比較は出来んのやろうけど、本作に出てくるのは全員ただの平凡な市民だ。
     西アジア地域については「何かしらんけどしょっちゅうドンパチ揉めてる場所」というステレオタイプが俺自身にどうしてもある。ニュースなんかで映像を見ると、その悲惨さに心がしんどくなるくらいのことはあるのだけど、一方であんまりピンと来てないところは間違いなくある。

     ずーっと揉めているような地域だから(シリアは独裁政権のせいで比較的安定していた方だが、レバノンとかガザとかのイメージと全部一緒くたになっている)、というような色眼鏡からその異常さに鈍感なのだ。パリでテロがあったとき、イエメンの方がよっぽど悲惨なのに何で扱いにここまで差があるんだという指摘を身近にも世間にも散見したから、俺に限った話でもないと思うが。

     映画でじっくり見ると、表層的な捉え方がちょっとは腑に落ちてくる。何か当たり前のことを書いてるな。でもまあそうなんだ。

     

     それにしても、序盤の携帯か何かで撮ったような映像に比べ、途中から使い始めるソニーのビデオカメラの高性能さよ。とはいえ、こんな爆弾だらけの日々で、ソニータイマーが起動しないはずはなさそうで、そんな要らないことを想像して監督の意図とは別のところでハラハラもしてしまった。シビアな現実ばかり映るから、どうでもいい心配に逃避したのだな。

     蛇足ついで、ドローンか何かで空撮したような映像が出てくるのだが、こんだけ戦闘機が飛び交っている中、どうやって撮ったのだろう。


    「FOR SAMA」2019年イギリス=シリア
    監督:ワアド・アルカティーブ、エドワード・ワッツ


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