【やっつけ映画評】それでも夜は明ける

0

     公開当時くらいに、かっしゃんから「見ました?」と聞かれ、見てないと答えたら推薦の辞をいくつかくれた作品だった。かっしゃんが映画を薦めてくるのも珍しいと思ったが、後で振り返るに、俺なら当然見ているだろうと期待していたのだろう。見ていなかった上、その何か月か後にも同じ質問をされて未見だったから、がっかりされに違いない。というかそういう反応だった。


     あれからずいぶんたって、ようやく見た。こういういかにも重そうな作品は公開当時に見るべきだ。後になるほど気圧されてなかなか手が伸びない。しかしアメリカでの動きを見ていれば、今見ずしていつ見るというのか。「俺が薦めたときだよ」とヤツの声が聞こえてくる。

     

     実際、ストーリー紹介から想像する通りの重い作品なのだが、予想と違ってよく出来た娯楽映画のようなスピーディーな展開に引き込まれた。特に序盤はカットバックを多用して、時間軸を複雑にしているから、ミステリでも見ているような格好で興味をそそられた。ああいう時間の行ったり来たりは、手法としてすっかり定番化している分、安易に映る危険性があると思うが、その点かなりうまく作っているのだろう。


     ミステリ的展開が可能なのは、主人公の素性が少々特殊だからだ。北部の自由州から拉致されて奴隷州に売られていった人がいるというのを初めて知った。奴隷の子として生まれ育ったわけではないので、そうだった人々よりも現状に対する疑問なり反発なり怒りなりを抱きやすい。その点で現代人向けのドラマにはうってつけの主人公といえる(不遜な物言いだが)。そして何より「本来帰るべき場所がある」というのが他の奴隷との何よりの違いである。これは後で触れる。


     1940〜50年ごろが舞台なので、南北戦争の20〜10年前になる。このころのアメリカは、州ごとに奴隷制度の有無が分かれていて、北部は総じて奴隷なしの自由州、一方の奴隷州は南部に集中している。主人公ソロモンはニューヨーク州でバイオリニストとして暮らしているので奴隷ではない。劇中でも何度か「自由黒人だ」と主張している。ソロモンは詐欺に遭う格好で拉致され奴隷商人に売られることになる。


     本作は奴隷とは何かをわかりやすく示している。奴隷とは「動産」である。例えばソロモンが、彼を恨む白人に殺されそうになるシーンで、止めに入った別の白人は「お前のやってることは財産権の侵害だ(人のものを勝手に牴す瓩里如法廚覆匹鳩拗陲垢襦最終的にソロモンをニューヨークに連れ帰ろうとする支援者に対して、彼を狃衢瓩垢詛西貅腓蓮◆崟狹陲澄」と噛み付いている。農耕馬かトラクターと同じような存在である。当然移動の自由も職業選択の自由もなく、ソロモンが狄場瓩鯏勝垢箸垢襪里蓮⊇衢者が金に困って彼を売却するからである。


     牛馬を丁寧に世話する飼い主とそうでない飼い主がいるかのごとく、奴隷の扱いも所有者によって相当異なる。ソロモンが最初に買われる材木商は、比較的イイ人であるが、彼よりも奴隷を厚遇した実例は珍しくなかったらしい。快適な住居と十分な食事を与えられた奴隷も存在していたようだ。そしてこの材木商がいかにイイ人であったとしても、ソロモンが奴隷であることには変わりはないし、その後出てくるいかにも典型的な陰湿農場主とも本質的に違いはない。映画の中では、この材木商が苦悶しながら母子の別離に賛同するシーンや、ソロモンを売り払うシーンによって、その本質的な差異のなさを表している。

     つまり、厚遇であることでもって奴隷であることの否定にはならないという点で、なぜ慰安婦が性奴隷と訳されるのかもよくわかる。日本の芸能人がしばしば奴隷契約と喩えられるのも、この選べなさが類似しているからだ。

     

     ソロモンの脱出に大きな役割を担うことになるカナダ人の建築家は、人道主義の立場から奴隷制を非難して陰湿綿花野郎の不興を買うのであるが、このシーンもなかなか面白かった。
     南北戦争についてしばしば、「奴隷を巡る対立ではなく経済政策(貿易政策)を巡る対立だ」と語られる。俺もある時期までそう理解していた。しかし「というのは間違いであれは奴隷を巡る戦いである」という学者の指摘を読んで、あれれどっちなんだと思って関連書籍をいくつか見たものだった。

     「奴隷ではなく経済」というのは史料解釈に基づいて生まれた説だそうだが、俺のような素人にとってそちらの方がいかにも正しく見える理由の一つは、ヒューマニズムよりも経済の方が遥かに政治的動機としてホントっぽく映るからである。奴隷に原因を見るのは、道徳的な正しさの強調という点で子供向けの学習漫画的解釈にいかにも思える。いやあホントのところは金さ、という方がいかにもリアルである。

     

     という方が浅慮だと、この建築家と陰湿BrownSugar男との討論は示している。奴隷制の廃止は当時のリアルな政治課題のひとつで、今でいう環境問題のような世界的な問題でもあった。南部の農園主にとっては死活問題という金の話になるのも環境問題とちょっと似ている。ちなみにカナダを支配していたフランスもイギリスも、アメリカより奴隷制廃止は早い。「リンカーン」でも、南部と和睦すると奴隷制が温存される恐れがあるからと、徹底抗戦を選び、そのためいかがなものかなセコい工作をするくだりが描かれている。

     

     

     さてこのカナダ人の協力もあり、ソロモンは脱出に成功する。地獄に終わりがある分ほっと救われる。ただし、終わりがあるのは彼だけで、他の奴隷たちはこの後も延々綿花を摘み、鞭で打たれ続ける。劇的な変化があるソロモンは、劇映画にはしやすいものの、あくまでレアケースと捉えなければならない。

     原題によると奴隷期間は12年。たまったものではないが、12年で済んでよかったじゃん、と言いたい人も残された側にはいくらでもいるだろし、そういうことすら考えられない人もいたと思う。


     このような観点からすると、邦題は救いの部分に寄っかかりすぎに思える。「明日が来てしまう」という残酷な意味にとることもできるが、まあおそらくは不幸なソロモンの境遇にも希望があった点に力点を置いた言葉の選び方をしているのだろう。

     

     「ドリーム」「ビリーブ」に比べれば、ピントがずれているとまでは言えないものの、明るい部分に殊更フォーカスしているような邦題の付け方は、メッセージ性を不当に薄める洗浄なのではないか。別に意図して貶めているわけではなく、発想の中にすでに組み込まれていて気付きもしないということではないだろうか。

     

     原題をカタカナにしても、直訳して「奴隷12年(ないしは「12年奴隷」)」にしても、あんまり映画のタイトルっぽくないだとか、集客が見込めなさそうとかで、もっと広告的効果のありそうな題にする。ここまではどんなジャンルであれ、そして小説なんかでもごく普通に行われている行為であるが、その際にどんな言葉を選ぶか、選ばないかという感覚の中に、差別問題(なり他の社会問題なり)を忌避する発想が織り込み済みになっているのではないか。

     そうやって洗浄されたものばかりが届くから、日本社会全体が、洗浄された発想しか出来なくなり、海外から来たものを無意識に洗浄して届ける、という悪循環になる。結果「難しい問題ですねムムッ」とか「トランプの再選がキリッ」とかでコメンテーターがコメントした気に、当人も周囲もなれてしまうような無残なことになるんだな。ちょうど渋谷で何があったんだとか、入管で日々何が起こってるだとか、隣国になんで喧嘩売ってんだとか、知らないはずがないのに、すぐには回路がつながらないのは、洗浄された脳内日本がうっかり「差別のない単一民族国家」になってるからだろう。


     蛇足:奴隷商人たちの悪逆非道ぶりを見せつけられるので、今、銅像が河に放り込まれている理由がよくわかる。大阪の場合は完全なる無実で放り込まれた像があるが、レーニン像にしろフセイン像にしろ、銅像というのはそのうち遭難するまでがワンセットなのかもしれない。


    「12 Years a Slave」2013年アメリカ・イギリス
    監督:スティーブ・マックイーン
    出演:キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ


    コメント
    コメントする








       

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << July 2020 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 【巻ギュー充棟】反知性主義
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM