【やっつけ映画評】リチャード・ジュエル

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     「朝、遅刻しそうだとパンを加えながら慌てて駆けている女子学生が角で男子とぶつかって、というマンガでよくあるやつみたいな」などと若いのが言うのをつい先日目にした。今時の若い衆にもこの「あるある」は生きているんだなと何か発見をしたような気がしつつ、さてそもそも出典は何なのかが気になった。


     wikiの説明では、明確な出どころは確認されいないらしい。「運動会で順位をつけないために手をつないで横並びでゴールテープ」と同じく、都市伝説、要はデマの類ということだ。

     初出として確認されているのは「サルでも描けるまんが教室」で、この作品内ではすでに「あるある」として紹介されている。俺もリアルタイムで読んだ。兄が愛読していて「これ笑える」と見せてきたのだが、不思議なもので、その時点で俺も兄も既視感を覚えながらゲラゲラ笑ったのだった。本当は見たことがないのに、「あるある」と思って笑ったのはどういうメカニズムなのだろう。


     本作で登場する女性記者(実在の人物)が、色仕掛けで捜査官から情報を引き出すシーンは「ステレオタイプを助長する」と非難されている。このステレオタイプは俺も見聞きしたことがある。例えば「レディ・ジョーカー」では、週刊誌記者が「うちの爆弾娘が肉弾戦で凄いネタを取ってきた」などと語る台詞がある。

     これが本作と異なり妙にリアルなのは、男性の週刊誌記者が男性の新聞記者にそう話している(実際のその場面は描かれていない)という点だ。しばしば男性同士が「あいつはそうらしい」と語る。数年前にも知人がそう言うのを聞いて、いまだにソレは生きているのかとちょっと驚くと同時に、知人の生々しいミソジニー側面を知ってしまいたじろいでしまった。

     「体を使ってネタを取る」記者は過去に本当に存在したのだろうか。情報源のおっさんの側がそれを期待して「浮気しよう/縛っていい?」と迫るケースは財務省で1件、実在が確認されている。あと男性記者が賭け麻雀で情報源と犂愀賢瓩鮖って、結局何も記事に書いてない例が1件ある。


     この場合は、デキる女性に対する男性の嫉妬から発せられている&男性側に「女はそうに違いない」という蔑視が手伝う、というメカニズムは想像がつく分「パンの女子」よりは謎めいていないのであるが、本作の主人公リチャード・ジュエルについても、働いているメカニズムは似たようなところがある。


     「アイ,トーニャ」では虚言壁のバカ、「ブラック・クランズマン」では底辺白人至上主義者を演じた俳優が演じている。どちらも大変にそれっぽいというこちらの色眼鏡にかなった風貌の役者であり、本作ではずっと知性はあるものの、何だか危なかったしいところは共通の役どころを演じている。

     FBIが彼を重要参考人としてピックアップしていくプロファイリングという手法は、正味のところ「なんかアヤシイ」というだけの素人かよという捜査に過ぎないのだが、確かに「なんかアヤシイ」説得力はある。残酷なキャスティングである。いかにも友達がいなさそうで、承認欲求は強そうで、自作自演の爆弾事件で英雄になりたそうな外見、という色眼鏡である。

     90年代が舞台だが、今だとさしずめネトウヨを気取って民族差別デマを振りまいてそうな外見、という色眼鏡になる。これも、やたら太っちょのそういうヤツを見たり会ったりしたことがあるわけでもないのに、いかにもソレっぽいと思ってしまうのはなぜなのだろう(例えば「主戦場」の登場人物にこういう外見のは1人もいない)。

     

     決定的な証拠がないので、FBIも逮捕状を取れず、違法な捜査で外堀を埋めていこうとする。その1つとしてFBIが地元紙にリークしメディアスクラムが起きる。これだからマスゴミは、と非難するのは容易いのだが、そういう人は同時にリチャード・ジュエルの無実を信じることもしないんじゃないかしら。おかしなもんだ。単に見えている物事に対して反射的に嫌悪感を抱いているだけだからそうなるんだろうな。

     

     本作が、他の冤罪モノと異なる点の1つは、当人が捜査機関に対して非常に従順である点で、この部分は特に日本社会においては啓発ビデオ的な部分になるのではと思う。

     本邦社会は警察が好きだ。刑事ドラマでは悪徳上司が出てくるのが定番で、不祥事のニュースを見ると「また大阪府警か」と訳知り顔で呆れる割には、治安向上のため警察権力を強化する、なんてな話にはあんまり反対しないし、警察官が路上で男を押さえつけていたら、その男が悪人に違いないと疑いもしない。リチャードの場合は、警察官志望で夢かなわず警備員をやっているという人なので、その思いは余計に強い。

     

     仕事柄、警察官を志す若い衆をちょこちょこ相手にするのだが、悪を懲らしめるヒーローになりたい、といったリチャードのような素朴な憧憬を抱いているのも少なくない。そしてそういう学生はしばしば、シュタージか西部警察かっていうくらい憲法全無視の主張を無邪気にしてくるものだ。多分、リチャードが警官になれなかったのはそのせいだ。事件を通じてその考えが間違っていたことに悟った後の彼の足跡を見るとよくわかる。その点でも、刑事分野での人権を学ぶいい教科書みたいな作品だった。


     FBI側がろくに証拠もないまま立件しようとしている大変に筋悪な事件につき、法廷モノにありがちな敏腕弁護士の機知による大逆転とかの派手な展開は何もない。その地味な話を例によってソツなく重厚なドラマにしてくるタフガイジジイの演出力は、毎度のこととはいえどういうテクニックなのかしらと舌を巻く。

     あやしげな捜査を補うように報道にリークして既成事実化を狙う辺り、松本サリンの河野氏とリチャードは重なるのだけど、あちらをテーマにした「日本の黒い夏―冤罪」は、なんだか甘っちょろい作品だった。記者にフォーカスしたせいかもな、と、本作ではあくまでサブ的要素となっている地元紙とやり合うシーンを見て思った。


    「RICHARD JEWELL」2019年アメリカ
    監督:クリント・イーストウッド
    出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェル、キャシー・ベイツ


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