【巻ギュー充棟】東欧革命1989:ソ連帝国の崩壊

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     かなり以前に書店で見かけて何となく気になっていた本をようやく読んだ。春先、コロナの自宅待機の中、読書するぞ!と思っていたが叶わず、ようやく色々ほっぽり出してかなりの大部を読了した。1/4過ぎたくらいでゴルバチョフが登場してからは一気に読んだ印象。それでも終盤でチャウシェスクが処刑されるくだりで、あれ?あの有名な裁判のシーンはないのか?と思ってしまった。改めて見返すと、序章に書いてあったのをすっかり忘れていたのだった。長い上に登場人物がめちゃくちゃ多くて濃いので、すぐに色々と忘れてしまう。


     とりあえず、ロックの正史においては壁を壊した貢献者ということになっているデビッド・ボウイもブルース・スプリングスティーンも一文字たりとも登場しない。代わりに当時のチェコスロバキアのバンドで政治犯になってしまうThe Plastic People of Universというのが登場する。YouTubeに上がっていたので聞いた。東欧的な雰囲気+共産主義時代の陰鬱な調子で、面白くはあるが、長く聞いていたいとは思えない。本書では「音楽的に優れたバンドではない」「とても革新的とはいえない」と容赦がなさ過ぎる。


     翻訳ものではしばしば見かけるから言語的特徴なだけかもしれないが、この酷評のように、本書は基本的に断定調で文章を綴っており、それが心地いい。新聞記事ではしばしば「らしい」「という」「とみられる」と断定を避ける。100%確定できないことを言い切るのは不正確になるからだ。俺もかつてそういう訓練をつまされたのでこのブログでもしばしばそういう表現を選んでいるし、文章におけるイロハのイなところはあるから、新聞に限らずジャンルによっては書籍でもしばしばそういう書き方をする。

     

     一方本書はほとんどが断定形。お前見たんかっていうくらい断定形である。めちゃくちゃ取材しているから出来る芸当だ。読んでいて心地いいのはその取材量に支えられた確かさを体感できるせいだ。まあ仮にめちゃくちゃ取材したとしてもバンドについて「優れていない」と断定的に書く勇気は俺にはないが。


     公文書+関係者のインタビュー、その他当時の記事等々で判明している事実を、時系列通り、飾り気のない調子でずーっと綴っているだけのはずなのだが、ぐいぐいと引き込まれた。無論、文章や構成のうまさがまずあるのだが、冒頭「本書はハッピーエンドの物語である」と始まっているように、共産圏の抑圧的かつアホらしい体制が、最後は崩壊することを知っているというのが大きい。吐き気や寒気しか覚えないような統治者たちが破局に向かっていく様子に続きが気になって仕方がない。最後に待ち構えるであろう大団円が、この大部の大きな牽引力である。

     

     1980年代末、俺は中学生だったから、リアルタイムでのニュース映像の記憶はある。本書の序盤でブレジネフ死後、アンドロポフ、チェルネンコと、ボスになった途端病死が続いたドタバタが描かれているが、この辺からよく覚えている。確かブレジネフは、死から発表までにタイムラグがあって(wikiによると3日)、その間ソ連の様子が何かおかしいから死んだんじゃねえかという憶測が流れたんじゃなかったっけか。事後に「実はそういう状態だった」と報道されたんだっけ? とにかく父親が「武田信玄に比べるとずいぶん短いな」と軽口をたたいていたのはよく覚えている(おそらく当時、日本の500万人くらいが同じ感想を言ってただろうな)。その後の革命状況については、もちろん大して理解していなかったものの、「何か凄いことになってるなあ」くらいは感じたものだ。その一方で、そこまで不思議な現象には感じていなかった。


     というのも当時の「政治」なり「支配」なりに対する俺の理解が、実に単純だったからである。俺は歴史好きだったので、マンガ日本の歴史だの世界の歴史だのをよく読んでいたのだけど、例えば中国史の場合、強大な権力を持っていたはずの董卓や煬帝が、家臣が裏切ってあっさり殺されハイ終了という事例がある。なのでそれと重ねて「いくらでもあること」と見ていたわけだ。

     

     ところが大人になって社会の仕組みが見えてくるにつれ、ことはそう単純ではないと感じ始める。大体煬帝だって、暗殺自体は唐突な一瞬のこととはいえ、そこに至るまでの諸々が積み重なった結果であり、子供向けに単純化された読み物で単純に理解していただけだ。ワイダ監督の「カティンの森」「残像」で描かれる恐ろしい体制を見ると、これがひっくり返るとは全く想像がつかない。

     それも戦争で外国に負けたわけではなく、市民運動で倒れていったのある。はてどういう事情なのか。こんなことが今更気になった理由は、そもそもの歴史好きに加えて、今の日本社会が当時の東欧のようになっているのではないかと、問題意識として身近になってしまったからだ。

     

     

     例えば東ドイツの建国40周年記念パーティーでのエピソード。ゴルバチョフが冷戦終結と新しい世界情勢についてスピーチをした後で、東独のホーネッカーが自国のハイテク産業について嬉々としてPRし、周囲はそのズレ具合に、こいつマジかと苦虫をかみつぶす。このパラレルワールドにいるようなズレ具合なんか、新型コロナについて世界中がいよいよやばいと気づいたころに春節歓迎光臨、五輪だよ全員集合というような話ばかりしていた我らが首相とよく似ている。まあホーネッカーはゴルバチョフに「ミハイル、駆けて駆けて駆け抜けよう」とは言ってないので我らが首相の足元にも及ばないが。

     ソ連も含め、東側諸国が隠蔽や数字のごまかしに熱心だったのは知られた話だが、気象情報まで改竄したという(ルーマニア)。一定以下の気温になると公共施設では暖房をつけないといけない規則があり、光熱費を削るためだ。いかにも共産圏ぽい笑えない笑い話のようにも映るが、この数字操作をする側の理屈を想像してみる。「正確な気象情報を発表する?それで全員が暖房をつけたらどうなると思ってるんだ」。この文面内の単語をPCRなんかに置き換えたら、ただの笑い話ではないとわかる。

     

     これらの国がおかしなことになったのは、宗主国ソ連によって成立しているので自主性に乏しいこと、共産主義&全体主義を捨てると大損こいたり殺されると恐怖する簾中が中央に巣食っていること、共産主義が正しくて西側より優位である、という信仰の絶対性が原因だと感じた。日本でいえば、1つめはアメリカに入れ替え、2つめは中抜き業最大手と竹中屋を想像し、3つめは日本スゴイ信仰と周辺国蔑視、ついでにスピ系も多数、という具合に対応する。どれだけ自国が優れていると篤い信仰心を持っても現実はどうしても乖離するから、埋め合わせるには隠蔽したり改竄したりするしかない。ああ、あと報道機関が機能してない点もだな。

     

     ただし共産圏は記録は捨てなかったんだな。東独はいよいよ政権がヤバいというときに、秘密警察「シュタージ」の秘密文書を焼き捨てるよう命令があるのだけど、アリバイのようにちょびっと燃やすだけだった。そもそもファイルの棚の総延長が200劼發△襯▲淵蹈哀咼奪哀如璽燭屬蠅世辰燭ら、燃やすのが面倒だし、命じられた方が「いざというときの保身に役立つかも」と考えて置いといたらしい(壁崩壊後に漢の蕭何みたいな人がシュタージの資料の確保に成功したという話をテレビで見た覚えがあるのだが、その記述は本書にはなかった)。

     ま、なので日本でも「廃棄した資料」をちゃんと誰かが持ってんじゃない?と思いつつ、ポツダム宣言受諾と同時に大量に焚火した前科があるしなあとも思いつつ。

     

     政権与党以外の政党はすべて非合法であるこの抑圧的な警察国家では、国民も無気力、無関心になる。労働運動が盛んだったポーランドは別として、その他の国はかなり唐突にデモが膨れ上がって政権が崩壊する。大きな要因はゴルバチョフが従来の方針を転換して東欧に介入しなくなったことだ。反体制的な動きが盛んになってもソ連軍は静かなままだった。それでポーランドで労働運動をきっかけに政権に選挙の実施を認めさせることに成功し、東ドイツでは経済の落ち込みによって国民が国外に脱出して難民化し、これらが西側メディアで報じられ東欧でも知られるようになった。それと長期政権の独裁者たちが総じて高齢になり耄碌してきて取り巻きから見限られたという内部の事情が交差する。こうしてバタバタと崩壊していったわけだが、ソ連によって人工的にというか強引にというかこさえられた統治体制なので、成立条件が崩れると積み木みたいに一気に瓦解するんだろう。

     

     日本の場合は、とっくに民主制なので、元首をとっつかまえてインチキ裁判で銃殺刑にしなくても単に選挙に行けばいいだけのことだが、政治に無気力、無関心という点は同じだ。
     チェコでの革命後、新大統領のハヴェルが「我々は全体主義に慣れすぎ無気力になり、ある意味全体主義に手を貸してきた」と一億総懺悔みたいな演説をして熱狂的に彼を迎えた聴衆を一気に白けさせたと本書にはあるが、これは要するに「民主主義は国民の不断の努力による」と似たような指摘のようにも思う。事実、この「ハッピーエンドの物語」の続きは、そう手放しで歓迎できるわけでもなく、作中、20代半ばの若造としてちらっとだけ登場するオルバンが、現在は首相として独裁色を強めている。ポーランドも最近評判が悪い。ハヴェルの弁は、予言的だったと今になるといえる。

     ハンガリーやポーランドの現状は、東側時代の後遺症的な部分も背景にあるんだろう。政治がマズいと後々引きずることも多いということだ。日本も「子孫にツケを残す」などと心配すべき問題は、国債残高なんかじゃないと本当に思う。

     

    蛇足:チェコの革命がなったとき、プラハの春で失脚したドプチェクが人々の前に現れ、聴衆はかつての革命の象徴に熱狂するのだが、ドプチェクは「よりよい共産主義を作ろう」などと時代錯誤な演説をしてしまう場面に加齢の残酷さを体現しているようで悲しみを感じてしまった。そして本書タイトルで検索すると、10年前の河野太郎のブログ記事が出てくる。あのころ彼は自民のマトモな政治家だと思われていたが、という隔世の感はドプチェクの比ではない。

     

    「Revolution1989 The Fall of the Soviet Empire」白水社2009
    著:ヴィクター・セベスチェン
    訳:三浦元博、山崎博康


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