補遺、42の日の訃報

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     下の記事を投稿して翌日、本日のベースボール・リーグ・メジャーはジャッキーロビンソンデーで、球辞苑・秋山翔吾も背番号42をつけて守備でしか見せ場がなかった。通常であれば、ジャッキー・ロビンソンがデビューした4/15に行われるのだが、今季は周知の事情で本日になったようなのだが、そんな日にチャドウィック・ボーズマンの訃報が届いてびっくりした。がん闘病中だったそうで、若いのに。


     言わずと知れた「42〜世界を変えた男」でジャッキー・ロビンソンを演じた俳優である。個人的にもちょうど昨日からの話の流れ、なんて日だ。スポーツ新聞で本日という日のこの巡り合わせについて触れていたのはニッカンだけだった。あとは零点だな。

     

     ところでニッカンといえば、先日、大坂なおみの棄権についての屁みたいなコラムが一部で話題になっていた。本ブログにおける「屁みたいな記事」の文言使用は3回目。駄目典型例のサンプル提供としてはありがとう。記名コラムを書ける立場としては首だ。

     

     「国内で肌の色で差別を受けた経験はない」「大坂が味わっているだろう深い悲しみや憤り、絶望感を想像できても、実感しているとは、とても言えない」という前置きをした上で、「ない知恵を絞って考えてみた」と称する結果は、何も考えていないという点、先日紹介した佐々木俊尚の映画評と同じである。「わからない」という前提を示しつつ否定から入るのは、自分からは一歩も動こうとしていない時点で、考察ゼロ。

     

     そのくせ、その考察ゼロの己を高みの第三者に置いているというわけではないので、その点佐々木俊尚の文章よりマシといえそうだが、自分の責任で自身の立場からものをいっているわけでは必ずしもないことは、特にまとめの辺りに濃厚に漂っている。意見を書く前にまず調べろって言ってんのに意見だけ書いてきて、それもその「意見」なるものも、真剣に考えたのではちっともなさそうなことをお前誰やねん的な神の視点ポジションで書いてくる大学1年生と同じである。

     

     この筆者の吉松忠弘テニス担当記者は、自身を「典型的な日本人のテニス担当おじさん記者」と称しているのだが、「典型的な日本人の」というところがまず象徴的だ。太平洋の向こうのブラック&ホワイトの話は縁遠過ぎておじさんよくわらないという典型的なしぐさだろう。あんたテニス見てるんじゃないのか、というところだが、球の行方しか見たことがないからだろう。

     「記事は試合だけじゃなくて人間を書くんだ」と若い衆を指導したことくらいあるかもしれないが、それでも目を配ったことがあるのは選手個人の汗どまりに違いない。MLBがBLMを掲げる社会性を自覚しているというような、社会の部分は見ようともしたことがないんだろうな。

     

     背番号42の男が、「世界を変えた」かどうかはわからない。少なくとも野球界は変えた。彼がもたらした米野球界の門戸開放は、何も米国内の黒人男性プレイヤーだけに対してだけではない。「ベーブルースを三振に仕留めた」でおなじみの沢村栄治は、詐欺(というより悪戯レベル)でメジャー球団の契約書にサインさせられたことがあるように、その実力は米球界も一目置くところだったが、仮にいかに彼が相応の実力を持っていたとしても米球界には入れなかった。ミスター42がまだいない当時の米球界は白人のクラブだったから、肌の色が違う時点で入れない。野球大好き典型的日本人おじさんには大変に関係のある話なのである。

     

     とはいえ、42が取った戦法(正確には球団オーナーから入団時に言い渡された戦法)は、吉松氏が書くところと相通じるやり方だった。一切言い返さないやり返さない、ましてやボイコットなどしない。それを象徴する劇中の台詞が「好かれなくてもいい、尊敬されなくてもいい、だけど自分には負けたくない」だ。

     大変に恰好いいのであるが、この方法では結局社会全体を変えるにまでは至らなかった。このため、後進に現れたのは言い返す男・拒否する男のモハメド・アリで、ロビンソンはアリに批判的だった。その点、ロビンソンは時代遅れになってしまったともいえるが、少なくとも彼がドジャースと契約したときは、「自分との戦い」にするしか戦法はなかった。なにせ一人ぼっちだから。

     彼を象徴する「言い返さない勇気」は、孤独な戦いを強いられた苦しみの結果である。外野のフリした人間が押し付けていいものではない。

     

     大坂なおみが棄権し、大会がそれに合わせて延期となり、MLBはBLMの洒落たロゴを作って全員が42をつけている。そういう変化を積み重ねてきた結構社会的な場所で、球は右に左に飛んでるんだよ。

     

     「ブラックパンサー」で何だか甘っちょろい王子を演じている俳優が、「42」の主演と同じ人とはしばらく気づかなかった。それだけ演じ分けの出来ているいい俳優ということだろうが、「42」の鬼気迫り勇気溢れる演技は見ものである。惜しい人だ。哀悼。

     


     


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