映画の感想:JSA

0

     メメントと同時期に見た作品をこれまたテレビでやっていた。日本で韓国映画の認知度が高まったのは「シュリ」だが、俺自身はあまりピンとこなかったところ、本作で韓国映画おそるべしと思い知らされたものだった。


     いかにも舞台向きっぽい脚本である点が、当時の俺にとっては非常に魅力的に見えた。限られた場面の中で、限られた登場人物がやり取りするシンプルな構成。そこで扱っているのが、韓国の政治社会問題ランキング第一位の南北問題というのが、三谷幸喜とは似て非なる部分。こういう大きな問題を少人数に象徴させていく物語は、個人的にはゾクゾクする。そして、要所要所で「南北」というか彼岸と此岸というかをあからさまに表したカットが差し挟まれる。左右対称というか手前奥対象というか、そんな構図。普段カット割りなんか意識しない俺でも、ああなるほど面白いなあと、映画のつくり方がわかったような錯覚を覚えたものだった。


     黒澤「羅生門」の板門店版としておそらく発想したのだろう。北朝鮮側の歩哨小屋で韓国兵士による朝鮮兵士の銃殺事件が起き、韓国側は「拉致られて脱走の結果」と主張し、北側は「突然襲撃された」と抗弁する。証言がまったく矛盾する事件の真相を究明するべく中立国の軍人が派遣されて調査に当たるが双方とも非協力的で…、といった物語だ。

     

     改めて見て、イ・ビョンホンが甘っちょろい若者なのは予想の範囲内だったが、ソン・ガンホも若いのはちょっとおもしろかった。「もとからオッサン臭い人は年を取らない」の典型みたいな俳優だと思っていたが、肌がつやつやしていて若い。当時まだ30代前半だから年相応なんだが。

     

     個人レベルで育まれた友情も「国家」だの「政治」だのが関われば引き裂かれてしまう、というような悲劇を描いているわけだが、改めて今見ると、「分断」とはどういうことなのかのケーススタディ的な内容になっていると思った。

     

     「分断」という言葉は、トランプの登場以降しばしば使われるようになり、現在定型句と化している用例もよく見かける。「今後の行方が注目されます」と同じような、〆の枕詞というのか、とにかく大して意味のないニュースを終わらせるためだけのフレーズとして「分断が広がっています」とまとめる。政治的な話題で何か揉めてたらとりあえず分断といっときゃ体裁が整うだろう、という程度の認識がありあり伝わってきて、多分「分断」が何かわからんと使ってるんだろうなと思わずにはいられない用例がテレビ報道においてはしばしば。
     本作には、分断について考えさせられるシーンがいくつかある。

     

     

     例えば韓国のイ兵長が、アニキと慕う北朝鮮のオ中士に「アニキ、南に来ないか」と誘う場面。すっかり仲良くなって定例化していたこの懇親会は、その誘いで空気が一瞬にして凍りつく。朝鮮人民軍兵士として朝鮮労働党に帰属するオに対して、その党派を否定する提案をすることは、どれだけ友情が深まったとしても、党派を否定している時点で言ってはいけないあり得ない提案になる。


     このAか非Aか(AかBかではない。B以外にもCやDの主義主張があってもAではない時点で全部一括りになるのが党派性である)が何より優先してしまうのはいかにも分断を象徴しているように見えるが、厳密にはまだ分断とは言い切れない。オは最終的には冗談交じりにその場を収めているからだ。「その話には触れない」ことでもって、党派的対立をやり過ごし、どうにか可能な範囲で友情を優先している。「その話」が出た時点で、このようなささやかな友情が終わりを告げるのが分断である。

     

     それを踏まえると、最後に残された証言の食い違いと、最終的にイが死を選ぶことの意味にあれこれと想像が湧いてくる。
     懇親会が北側の同僚に見つかってしまい、韓国側のイとナムは絶体絶命のピンチを迎える。オは、「2人は共和国への亡命を希望しているんだ」と、必死にその場を取りなし、全員に銃を下すよう説得するが、説得に応じれば確実に殺されると疑うナムが発砲し、オ以外の北側の2人が死亡。イとナムはその場を逃げ出し、オは証拠院密を図る。

     

     イはことの真相を、中立国の調査官たるソフィーにこう語るが、一方のオは「撃ったのはイ」と言う。映像からくみ取れることに素直に従えば、イが嘘を言っていて、オが語ることが真実と見える。ではなぜイは、隠す必要もない状況でナムの仕業と嘘を言ったのか。

     

     おそらくイは、友人になったはずの北朝鮮のチョン兵士を殺害した己の行為を認めたくなかったのだろう。生き残るため敵を撃った仕方のない行為だ、と割り切ることも可能だが、友人を撃った行為は、友情よりも敵味方という党派を優先した結果ともいえる。イはナムに罪を押し付けることで、ギリギリまで友情を優先したこととして処理したかったのではないか。だがオに事実を告げられ、結局その事実に押しつぶされてしまった。あるいはオが物語を共有してくれなかったことへの絶望か。
     とにかく彼は、友情が引き裂かれた(というか自ら引き裂いた)ことに堪えられなかった。分断とはこういうことなんだろうな。それはそれ、これはこれ、が結局成立しない。

     

     オが嘘をつく必然性はなさそうだから、おそらくオは単に事実を話しただけだろうが、もらったライターを返したことからも、党派を選ぶことを受け入れたと推察される。友情が引き裂かれたことの衝撃は、イほどには大きくなさそうだ。実戦経験豊富な歴戦の猛者だからイほどにはナイーブではないからか。まあ北朝鮮においては党派に染まらないことは死を意味するから、それしか選択がないとはいえる。
     ソフィーが2人を対面させて尋問するシーンで、プレッシャーに堪えかねてすべてをゲロしそうになるイを黙らせるため、オは「チョンの仇だ!帝国主義の犬め!」と怒りに任せてイに殴りかかる。イを黙らせるために怒ったフリをするシーンであるが、あれは方便のようでいて、半分は本当だということなのだろう。

     

     多分、オは「将軍同志万歳」とは内心ちっとも思っていないだろうが、当人の意志とは無関係に方便であるはずの「将軍同志万歳」を内面化している。こういう人々と分かり合うために、友情はいかにも無力だといえるのか、それともこういう人々相手でも人間同士はわかり合えるととらえるべきなのか。少なくとも銃弾は何も解決にならず、いかに無力に思えても、互いの認め合いから始めるしかないということは本作からはくみ取れる。

     

    「공동경비구역(共同警備区域)」2000年韓国
    監督:パク・チャヌク
    出演:イ・ヨンエ、ソン・ガンホ、イ・ビョンホン


    コメント
    コメントする








       

    calendar

    S M T W T F S
        123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
    << October 2020 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 【巻ギュー充棟】反知性主義
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM