要するに酒を飲んだというだけの西国

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     出張で九州だった。最後に来たのは10年近く前か。当時工事中だった駅周辺は様変わりしていたが、駅舎はしっかり残っているところが好感が持てる。裏手、つまり新幹線が停まる側は新調されていて、まるで哈爾浜駅と哈爾浜西駅のようだ。

     

     

    前に来たときの写真

     

     「さくら」のような山陽新幹線とダイレクトにつながっている車両は「のぞみ」と同じだが、博多発着の各停「つばめ」はデザインが違う。大分行きの「ソニック」に似ているし、何ならフランスのTGVにも似ている。車内は妙に和チックだった。個人的には先代の特急つばめが味があって好きだったのだが、あの車両は現在長崎行きの「かもめ」で現役続行している。

    つばめ

    ソニック(@博多駅)

    TGV(@中国)

    先代つばめ。そういえばこのころは、社内販売の女性が総じてびっくりするほどの美女揃いだった記憶があるが(待機所のビュッフェみたいな車両に男乗客どもが、さも何かの用事があるテイを装って意味もなく集っていた。俺も)、今回売り子の人自体をちっとも見かけなかった。経費削減でっしゃろか。

     

     せっかくなので時間を見つけて城を訪れた。復興工事中で多くが立ち入り禁止だが、内堀の周りをぐるりと周回するような恰好で一部開放されている。こうやって被害を公開しているのは英断であろう。

     

    加藤清正像。イメージと違い土井先生のような佇まい

    修復前の石垣。番号が振ってある。

    有名なやつ。

    比較にちょうどいい横写真がなかった。

    谷干城像とクレーン

     

     城の正面には市役所があり、その最上階から見下ろすことができる。14階なので高さは若干中途半端な印象はあるが、復興関連の市民へのお知らせがあれこれ貼ってあるので神妙な気分になる。

     仕事を終えて適当な渋い居酒屋にはいったら、間もなく隣に座った知らない地元のおじさんがやけに歓待してくれ飲むばい飲むばいと焼酎をどぼどぼ注がれデロンデロンに酩酊した。馬のホルモンて美味いんですね。あと馬は牛と違ってまだ生レバーがある。なぜかおじさんのボトルは地元の米焼酎ではなく薩摩の芋焼酎であった。確かに芋がメジャーだが、個人的には米の方が好きだ。おごってもらっておいて何けど。

     

     せっかく来たので寄り道をして博多で知人と会った。野球が最終戦にもつれ込むと、優勝に備えて出勤しなければならなかったらしいのだが、土壇場で追いついてサヨナラで決めたので無事合流できた。凋落がいかに言われようと、野球で社会が動いているのは間違いない事実のようだ。

     

     福岡には有名な食い物が色々あるが、今回の選択は焼鳥だ。鳥以外の焼き物がいろいろあって、多くの人が鳥以外をせっせと食べる一風変わった焼鳥であるが、大阪の串カツと同じようなものだと考えると理解が速い。あれもカツといいつつ、豚や牛以外を割とせっせと食べる。キャベツ食い放題も同じ。揚げているか焼いているかの違いであるが、当然、揚げより焼きの方が体にマシなものを食べているという言い訳が成立しやすい。

     あとはごまさばなど。九州の醤油の特徴は割に有名だが、そういう醤油がありつつ、こちらはごまさば以外も、割と刺身をゴマダレで食べるようだ。海鮮丼なんかを頼むとゴマダレがついてくる。刺身をコチュジャン的なみそダレで食べる韓国と多少似ている。博多華丸は「刺身は醤油を舐める口実」と言っていたが、ゴマダレとの住み分けはどうなっているのだろう。

     

     知人は生まれも育ちも大阪だが、すっかり言葉が博多弁風味である。知らないうちに結婚していたから余計にそうなるのだろうが、時の流れを感じざるを得ないからつい不景気なことを言いそうになる。

     翌日どうするのかと問われ、「はやかけん」を買うくらいしか思いついていない。福岡市営地下鉄のICカードだが、ネーミングが素晴らしいので前から欲しかった。「あんなもの、地下鉄の券売機でピってやったら終わりじゃないすか」と呆れられる。確かに作業にすれば1分もかからない。「おすすめは」と聞くと、彼は「うーん」と絶句した。すっかり地元民である。熊本でも隣のおじさんに「見といた方がいいものありますか」と尋ねたが、同じ反応だった。地元を知らないのが地元民である。

     結局、太宰府に向かった。姪が受験だからちょうどいい。人間、誰かのために行動するときは足取りも軽いものだ。JR、西鉄と、地元ローカル線に乗るのもうっすら鉄の俺としては楽しい。到着すると、清水寺のごとくであった。お守り売り場の巫女の女子の顔がすっかり壊死しているほど人であふれている。関西各地の観光客層に比べ韓国系の割合が高いのが福岡ならではか(写真はおそらくいずれも中華系だが)。名物の梅ケ枝餅を買おうとしたら店員も器用に多国籍語を使いこなしている。必要は習得の母なりとそっと合格守を鞄にしまった。


    映画の感想:人生タクシー

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       終わりが来るのがあっという間に感じた。82分とあるから実際短い映画ではあるが、すっかり引き込まれたということだろう。
      イランの有名監督が、タクシー運転手に扮して車載カメラで乗客のあれこれを撮影する。そうした理由は、政府から睨まれ映画製作禁止の処分を食らっているからで、いわば隠れ蓑としての苦肉の策だ。と思わせておいて、想像したのとちょっと違うから、この監督はやはり大した人なんだなあと思わされた。

       

       1カ月か2カ月か、とにかく毎日たくさん人を乗せて、面白かった客だけ切り貼りつなげば、そこそこ愉快なドキュメンタリーにはなりそうだ。そんなことを想像しながら見始めた。冒頭早速イランの街並みが興味深く、大阪の堺筋か本町筋あたりを埃っぽくしたようなビル街に見入る。間もなく男を乗せた後、女の客も乗せ、どうやらこの国は中国同様相乗り文化があるのかと知ったような顔をしているうち、この赤の他人の男女の客が死刑を巡って激論を交わし出す。見ず知らずの他人同士なのにその遠慮のない感じが日本とはずいぶん様相が違っている、と思わせておいて議論の中身は日本と大差なく大いに既視感がある。

       そうこうするうち、監督のファンであるオタクの海賊版屋、交通事故に遭ったという血だらけの男、なぜか金魚鉢を抱えて正午までにつかないと死ぬとのたまう高齢女性、おかしなのが次々現れる。まるで「ナイト・オン・ザ・プラネッツ」だが、大きく異なるのは、虚実がよくわからない点である。フィクションなのか、ノンフィクションなのか、一部仕込みがあるとすればどこまでなのか、まるで判断がつかない。

       

       そしてこのおかしな乗客たちは、単に滑稽だったり不思議だったりするだけではなく、イラン社会の断面をうかがわせ、想像させ、問いを投げかけてくる。

       

       例えば死刑の議論はそれがそのまま問題提起である。死刑反対の女性の職業が教師で、「やっぱり、教師なんてのは実社会を知らないから」と賛成意見の男がせせら笑うところは議論の中身とは別に、これはこれで個人的に気になった。日本でも何かというと「実社会を知らない」とやり玉にあげられるのが教師であるが、そうして「改革」を試みて結果「黒髪強要」という余計にわけのわからない事態になっているのが今の大阪なので、実社会云々の批判は早急にひっこめた方が子供のためであるとこのチンピラ風の男には助言しておきたい。

       

       そして海賊版屋のオタク風の男の存在は、この映画が国際的には「珍しい題材」になっている情勢の裏側である。よその世界の映画がこういう恰好でしか入手できないこの国の現実なのだろう。そして最も印象に残るのは、後半に出てくる映画の上映許可の話だ。

       

       監督が学校帰りの姪を迎えに行くと、授業の課題で映画を撮らなければならないと、このこまっしゃくれた女児がデジカメを監督に向ける。優秀作は学校の上映会で紹介されるのだが、国の上映規定を守る必要がある。それは例えば「善人キャラがネクタイを締めていてはいけない」とか「名前は聖人から拝借しないといけない」とかやたらと細かい。そして俗悪なリアリズムは撮ってはいけないとあるのだが、姪は監督に「どういうこと?」と尋ねる。「現実を撮りなさいと言っておいて、本当の現実や暗くて嫌な話は見せちゃ駄目。私には違いがわからない。見せたくないことをしてるのは自分たちなのに」

       

       こんな台詞を教条的でなく自然に言えるこの女児は、ものすごい演技力の持ち主か、それでなくても相当に頭脳明晰である。「見せたくないことをしてる」人々が彼女のような人間を抑え込んでいる社会はかなり勿体ないことをしているといえるが、同時にこれは未来の日本の様子ではないのかと思えてきて陰鬱になってきた。

       日本の場合、規定を設けて命じなくても嬉々として自らやるというのが、今現在も日々実証されているので余計にろくでもない。それでも外国の映画はこうして一定数字幕付きで見れる社会だからまだ全然ましだし、さらにもっと息苦しくなる余白はたくさんあるということでもある。そんな状況になっても、こうやって外の世界にあの手この手で映画を届ける本作の監督のような人間がいることは、実に力強いことではあるのだが、もちろんそれは同時に非常に辛気臭い事実でもある。

       

      「تاکسی‎‎」2015年イラン
      監督・出演:ジャファル・パナヒ


      決着2017

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         史上最多の本塁打が飛び交うシリーズは、どちらが勝つかさっぱりわからない死闘が続いた。特に第5戦は、前田が痛恨のスリーランで同点に追いつかれたことが霞んでしまうくらい両チームの投手みんな打たれまくった。シーソーゲームが過ぎて飽きてくる感すらあり、そもそも投手は打者をどうやっておさえてたんだっけ?と混乱すらしてしまった。

         

         ところが第6戦はバーランダーとヒルの息詰まる投手戦。前の試合であれだけ打ってた連中は、今度は打ち方を忘れたかのごとくであった。で、見事ドジャースが3−3のタイに持ち込み、昨年同様第7戦へともつれ込んだ。
         その素晴らしいシリーズも、最後の最後で大して面白くない凡戦になろうとは。ドジャース打線だけが打ち方を忘れたまま、ランナーは出すが特に策なく残塁という場面が続いて緊張も高揚も乏しかった。「ハリケーン被害を乗り越えアストロズが初優勝」というわかりやすい見出しも、なんだか尻すぼみに感じてしまった。

         

         得点の合計は両チームとも34点で、これまた昨年同様、同点だった。去年のシリーズは、途中に退屈な試合を挟みつつ、第7戦が劇的な接戦だったので結果よければで大いに感動したものだったが、今年はその並びが違ってしまったということか。2戦目や5戦目が最終戦にくれば、大いに満足しただろうから、贅沢はいうまい。

         

         さてナイツの漫才風にいえば、終わった後であのときああすればとかこの選手を使えばとか言うたところで仕方がないあんなものダルビッシュ一人のせいで負けたんだから、といったところである。彼が一度ならともかく、二度もあんな無様な結果に終わるとは。グリエルにブーイングしていたファンがダルビッシュにもブーイングを浴びせていたから、あちらのファンはシンプルである。こういう場面で投げることを想定して、「メジャーリーグに行きたいのではなく行かなければならない」と渡米前の記者会見で言ったのだろうから、その通りといえばその通りの厳しい場面になったし、だから野次の一つも飛ばしたくなる。

         

         まあ好調アストロズ打線は、どこで本塁打が出ても何の不思議もなかったから、個人的にはダルビッシュよりもドジャースの上位陣にストレスがたまった。何かをやりそうな男ターナーは、二連続死球くらいしか何かをやっていなかった(というより「やられる」だが)し、復調を騒がれたベリンジャーも元の木阿弥だった。ギリギリで怪我から復帰したシーガーも、活躍していないことはないが全体的には不発で、ロバーツ監督は投手交代は忙しいものの、打順はあんまりいじらなかった。シーガー不在のリーグ優勝決定戦までは、ころころ先発を入れ替えてことごとく正解する名采配を見せていたから、敗因は打順を固定してしまったことか。それでもシリーズ全体では同点なのだから、不思議である。

         

         日本シリーズは、ホークスがスウィープをくらわすのかと思ったら、横浜が粘っている。1位のチームなんだから、3位のチームなんぞ片手でひねって済ませてしまえと思いたいが、そこはプロ同士というところか。1位同士の対戦でないとどうも素直に見れないから困る。日米とも、今年もプロ野球の季節が終わる。


        本と映画の感想:「豪腕」「コンカッション」

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           発売してすぐくらいに買ったが、書くまでもない事情でなかなか読み進められなかった。帯に荒木大輔氏絶賛と書いてあるが、作中荒木も登場するから読者の推薦というより出演者の告知である。故・上甲正典氏が登場するところもちょっと感動した。別にファンというわけではなく、よく取材しているなあと。作中で亡くなっているから、かなり晩年の取材に相当する。

           

           投手の肘についてのノンフィクションだ。先日来、何かと話題のダルビッシュが以前にケガで長期離脱していたことは知られているが、そのとき彼も受けていたトミー・ジョン手術についてである。UCLという肘の腱が断裂する大けがに対して、手首等、別のところにある腱を移植して再生させる手術で、最初に執刀を受けた投手の名前を冠している。1974年のことである。

          投手が肘を壊して手術を受ける、というのは、農家が腰痛になったり漫画家が痔になったりするのと同レベルにとらえられそうな話である。つまりは「職業病」という理解だ。実際職業病で、普通の人間は腕を高速で振り回すことなどしないから、そんな箇所の腱は損傷しない。

           

           本書の筆者がこれを問題視したのは、ひとつはその件数だ。ウィキペディアで検索するだけも結構なプロ選手が名前を連ねていることが確認できる。中には高校生のころ受けたという選手もいるから、マイナーで終わった人やプロになれなかった人も含めるとかなりの数に上るだろう。現在ワールドシリーズを戦っている両チームでいえば、ダルのほか、ドジャースのヒルやアストロズのモートンも受けているし、ソフトバンクの和田もそうだ。古いところだとキリがなくなるが、ユニークなところでは強打者のホセ・カンセコで、大負けしている試合でマウンドに立ち(メジャーではたまにあるファンサービスでイチローも青木も経験あり)、結果肘を痛めてこの手術を受けた。

           

           もう一つの問題点は、予防策がわからない点だ。何度もUCLが破損する人もいれば、びくともしない人もいる。投げ過ぎがよくないことは概ねその通りのようなのだが、具体的にはよくわかっていない。メジャーの場合、日本よりはるかに投球数の管理が厳しいが、今一つ効果を上げているとはいいがたい。厳格に管理してもダメなときはダメなようである。投球フォームについても同様で、本書で紹介されているが、マット・ハービーなんか「理想的な物凄く綺麗なフォーム」といわれていたのに故障して手術を受けた。薄毛とその対策にちょっと似ている。不潔にしておくのは頭髪によくなさそうだが、ろくに風呂に入らないくせにフサフサな人がいるように、先発投手としてバンバン投げてもちっとも支障がない人もいる。

           

           なにしろ現時点ではよくわかっていないことなので、本書もそれほど切れ味鋭い内容ではないのだが、それでも特に根拠もない信仰のような日本球界の投球観には改めて首を傾げるしかない問題提起ができているし、一方で前代未聞の方法で実績を上げているコーチが紹介されていて興味深い(と同時にニセ科学的なあやしげな類も登場する)。「通説」という以上には根拠のないコーチの指導をことごとく無視し、大いに嫌われながら自分なりの練習法・投球法を追究してメジャーにまで上り詰める(のにまさかのドローンで指を怪我してワールドシリーズに出れなかった)バウアーの意義ある経歴も登場している。とにかく筆者は、これだけたくさんの選手が同じ怪我をしているのに(同時に当人のキャリアと球団の億単位の投資がふいになっているのに)球界の対応は不十分ではないのかを疑問を呈している。もちろん何もしていないわけではないので球界の姿勢もそこまで責められるわけでもないだろうが、問題の深刻さに比べるとぬるいとはいえるかもしれない。

           

           それで表題の映画についてだ。こちらも「職業病」の告発という点では似ている。ただしかなり深刻だ。
           アメフト選手が試合でのぶつかり合いを重ねるうち、脳に障害が生まれる病気を発見した解剖医の実話である。タイトルは脳震盪の意味だ。毎度地球を救う大雑把な役回りを演じているウィル・スミスが実直な医師を地道に演じている貴重な作品でもある。この人演技上手いんだなと気づかされた。

           

           幻聴や記憶障害、鬱病を発症し、しまいに自殺してしまうからただ事ではない。最初の患者に「どうしたんだ元気だせよ」と激励していた元チームメイトが、後で「うおー聞こえる!」と暴れ出して死んでしまったり、主人公に対して「藪医者風情が口を出すな」と罵倒してきた元選手が後に発症して「俺はもう駄目だ!」と自殺したり、感染系のホラーのようで(主人公が医者なので「きりひと讃歌」を思い出したが)ぞっとさせられた。毎度おなじみのシリアスな役どころで出ているアレック・ボールドウィンに、でもこの人トランプを茶化すコメディやってんだよなあとその広すぎる振幅を想像してついおかしくなるところが数少ない救いである。

           

           この解剖医オマルの発見は、NFLという巨大産業に立てつく構図である。大企業が保身のためにはいくらでも厚顔無恥になるさまは本邦でもすっかりおなじみになっているが、FBIまで出てくるからおだやかではない。それでもオマルや協力者が節を曲げないのは、劇中の台詞を借りれば「サイエンス」のひと言に尽きる。科学が「ここに問題がある」と示している以上、いかに政治が跳梁跋扈、口を閉ざそうとしてきても、あるものはあるというわけで、この辺りの価値観はガリレオのころから変わっていない。

           

           そんな事実があれば国民的娯楽であるNFLは立ち行かなくなる。ときに人間の思惑を打ち砕いてしまう残酷な事実を提示するのが科学であるが、人はしばしばそのような破壊的な事実を憎み代わりに虚偽を大切にするのだと、この前見た現代文の試験問題の文章に書いてあった。特に政治や経営は人の営みの範囲内のことであるから、科学に比べて余計にそうなりやすいのだろう。ただいまの日本はその傾向がひどすぎて、ニュースを見ても本屋の新刊書棚を見ても、希望的観測の独走ぶりが不条理コントの域にまで達している感がある。その態度がどういう結果を生むのかは本作を見るまでもなく自明のことなのだが。

           

          「CONCUSSION」2015年イギリス、オーストラリア、アメリカ
          監督:ピーター・ランデスマン
          出演:ウィル・スミス、アレック・ボルドウィン、アルバート・ブルックス


          くくるはたこ焼き以外危うい

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             ゴンザレス要警戒どころか、Yuは総じてボコボコに打たれてしまった。そして違う意味でグリエルが要警戒、というか要警告になった。

             

             グリエルがダルから本塁打を放った後、アジア人を蔑む目じりを左右に引っ張るパフォーマンスをして問題になった。こちら側からすると、ピンとこない人もいるのではないかと想像する。ダルビッシュは父親がイラン出身なこともあり、顔つきは平均的な日本人よりずいぶん目鼻立ちがキリっとしている。一方グリエルはキューバ出身であるが、おめーの方が目が細いじゃねえかという顔つきで、何だかこんがらがってしまう。

             

             でもそういう個別性を無視したところで存在しているのがそもそも差別偏見の類である。というわかりやすいケースだと思う。ハゲている男性に「このハゲー!」と罵るのは侮辱行為であるが、ときにハゲていない男性に対しても「このハゲ!」とか「あのハゲ野郎」とか罵倒する場面を見かける。これと構造はちょっと似ている。ダルビッシュ個人の顔つきはここではあまり関係なく、「アジア系」という固定化した枠組みを当てはめる。だからこそやる側には「やっちまえー」というような扇動的行為として意味を持つし、社会的には差別行為に認定される。仮に本塁打のあと「どうだみたか」とダルビッシュのリアルな顔まねをしてみせたら(想像しにくいが)、その場合はただのモノマネで、せいぜい挑発行為にとどまるだろう。無論、スポーツマンとしては下品で褒められた行為ではない。

             

             そうしてまた本邦においては、ダルビッシュは日本人離れした顔をしていると思われているから二重にややこしい。その上出自をあげつらう差別も受けている。差別をする側される側双方ともが、グリエルにとっては一括りに「目細野郎」となっており、何と滑稽で馬鹿馬鹿しいことか。

             ダルビッシュが騒動に対して大人の対応を見せたのは、これまでに大小さまざまな嫌な目に遭ってうんざり飽きているからと推察される。その点、頭が下がるところではあるのだが、ダルビッシュを讃えるだけの話でまとまってしまうと、社会にとっては損得でいえば損になると思う。讃える前に、これは海の向こうの話でも己に無縁の話でもないと思うところから始めようや。やらかすという点でもやらかせられるという点でもさ。そうでないと、怒るべき場面に出くわしたときに、私もあんたも怒れなくなってしまうよ。



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