【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(20)No Expectations

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     モディの顔はあちこちで本当にたくさん見た。ある州の首相(知事)は、高校生にパソコンを無償配布するという見上げた政策を実行したが、配布されたPCのデスクトップには自らの肖像がドーンと入っていたらしい。まあ、汚職・蓄財の疑惑てんこ盛りの人だったからさもありなんという印象もあるが、だとすればモディは以下略。

     

     「インドの格差をテーマにいい写真が撮れないもんかね」とD氏の上司から頼まれ、ならばやってみるかとコンノートプレイスにやってきた。イギリス統治時代に英国人が作った古いマーケットである。円形の広場を囲んだ湾曲したビルが特徴的でなかなか雰囲気があるのだが、のんびり買い物できる雰囲気でもない。

    旗がとにかくデカい。

     

     物乞い、浮浪児、靴磨きの少年などなど、「目覚めた巨象」(ダサい枕詞だ)ではないイメージ通りというのも何だが、そんなインドの姿が見れる場所でもある。逆にいえばそういう場所だから来たわけだが。


     早速カメラを構えてみるが、ファインダーを覗いた瞬間からこりゃダメだなと思った。一つは、「所得が高そう」という記号的外見の人がいないこと。みんな服装がラフなので、仮に金持ちだったとしても日本人にはよくわからない。だがそれより何より、こういうタフな題材はちょろっと寄ってシャシャっと撮れるようなものではない。会社員時代、大阪のホームレスを何人も撮影していた写真部の先輩は、かなり手間をかけて交渉して信頼関係を作ってようやくシャッターを切っていた。単に当人の了解を取るだけではなくて、それくらい対象に肉迫してようやく撮れるものがあるということだ。貧しさや孤独、それと尊厳やプライドが同居したような素晴らしい写真ばかりだった。あれを思い出して、あーこりゃ無理だな、と思いながら一応何枚か撮ったが一枚ごとに自己嫌悪が募るだけだった。まるでプロのような物言いに読めなくもないが、こんなものはただの素人の感想である。


     物乞いの子供たちは、どこか統制されているような佇まいなので、「スラムドッグ〜」の「ママン」のような黒い元締めがいるのだろう。その辺りの話は石井光太にお任せするが、みすぼらしい子供がうろうろしている様子は、わかりやすく見えている分、ある意味日本の貧困問題よりはマシなのだろうかと思ったのは明らかに目を逸らしたいからである。


     そうしてウロウロしていたら、おっさんが一人寄ってきて「ミスター靴が汚れてるぜ」という。いつの間にかD氏の革靴にウンコが付けられていた。「タチの悪いのにやられたな。あそこに俺の知ってるいい靴磨き屋があるぜ」と男は我らを案内しようとするが、いやいやあんたも「タチの悪いの」の一味だろ。

    この人は多分、物乞いではなく托鉢。


     「そういうあくどい連中がいるというのは話には聞いてたけど・・・」とD氏は困憊しながら水で流して俺が持っていた「アルコール除菌」を謳ったウェットティッシュで応急処置をした。カンニャークマリのトイレでも活躍した品であるが、そもそもの下痢は防げなかったアイテムだともいえる。

     

     夕方帰宅して、買い出しに行った。今日はD氏の長男の誕生会をするという。ビールがないと奥方が言うので酒屋に行った。
    崩落しそうなビルの1階部分に、色々な商店が入居している。こういうスタイルは、小さいころ近所にもあった。公団住宅のようなマンションの1階に、スーパー、酒屋、電器屋、化粧品屋、寿司屋、そば屋なんかが軒を連ねていて、近所の人々はみんなそこで買い物をしていた。なぜか化粧品屋が本屋とプラモ屋を兼務していて、最も子供に縁のなさそうな店に一番子供が集っていた。やがて大型スーパーやディスカウト酒屋、コンビニ等々が田んぼを埋め立てたあとに出来て、これらの店は軒並み廃業した。寿司屋だけ残っているのは、最後に生き残るのは技術ということか。

     こちらは見かけはボロいが、雑多で活気のあるエリアだ。屋台のような靴磨き屋(晴れてD氏の靴が綺麗になった)と床屋があり、チャイ屋の反対側でミシン屋が仕立て作業をしている。本が溢れかえる狭い書店にスマホ屋、八百屋、業種も様々だが、酒屋はその中で最も隠微な空気を放っている。宗教的事情で酒を飲まない人も多い国柄だけに、酒は遠慮気味に売っているようだ。ワインはまだ1階に店があるが、ビールはなぜか地下に降りなければならない。まるでスケベなビデオ屋である。ちなみにスケベ産業はご法度なので少なくとも表向きはちっとも見かけない。ホステスが接待するような店も厳しいようで、この辺りはこのマンガに詳しい。

     この日のメニューは駐在員奥方ルートで手に入ったマグロを使った鉄火丼であった。これがほんとのインドマグロである。


    【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(19)Communication Breakdown

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      月は左上に出ている。

       

      空港の喫煙所にあったライター。スイッチを入れると、左の導火線が熱せられる。インドでは割とよく見かけた。

       

      空港にあるイスラム教の礼拝スペース。日本でも今後、公共施設で設置が進むとみられる。

       

      カラスは首元ツートンカラー。

       

       インドの朝のニュースは忙しい。俺基準では日本も十分やかましい。いや、やかましいというよりは押しつけがましいというべきか。「明るく楽しく元気」といった「朝」の類型を押し付けてくるような感じが障るのでまず見ない。そこへいくと、インドの場合は本当にやかましい。何より画面がやかましい。選挙特番に似ている。画面の脇に文字や数字が並ぶ柱があり、画面下部にはテロップが流れるあの手のやつだ。それがもっと派手な装飾で、流れる情報が激しく入れ替わる(選挙特番と違って、表示される内容も全く別個の話)。始終そんな具合だ。バラバラの話が同時並行で流れる様子は、人の話を聞かずに各自言いたいことを口にするこちらの国民性をよく表しているような気がする。

       

       チャンネルを変えるとBBCのニュースをやっていて、「紅白〜ゆく年くる年」くらいの落差で静かになった。喋りはゆっくりだし、画面はスッキリしている。ま、どちらの番組もろくに聞き取れないので文句をいう筋合いもないのだが。

       

       新聞を手に取った。D氏の仕事柄、各社の朝刊が届くが数が多い。全面カラー刷りだから日本より豪華だ。インドでは路上で新聞を読んでいる人をよく見かけるから、まだまだ勢いのある産業の様子。しかし紙面がどれも黄砂まみれのように埃っぽい。D氏に尋ねると、輸送の道中が埃っぽいからとの答えだった。この国は公共交通が脆弱で都市部は大渋滞が常だから、輸送の問題は色々な産業でつきまとう頭痛の種といえる。明治の新政府が鉄道敷設に熱心だった理由はこの辺りにある。地租改正は「物納から金納に改めた」というのがすぐ試験に出るが、収穫物を換金するには物流の問題がついてまわる。このため政府は交通網の整備を急いだのであり、その担当者が萩駅前に立っていることは前に書いた。

       

       さてD氏の勤務先に向かうのだが、重役出勤時間帯だから多少はマシになりつつも、まだまだジャムっている渋滞を抜け、デリーの官庁街についた。日本の霞が関と違い緑が多い。のだが、すでに書いた通り、自動車優先の構造をしているため歩いてもあまり楽しくない。この一角の雑居ビルにオフィスがある。D氏が作業している間、暇そうにしている現地人スタッフの1人を捕まえて、クリケット代表チームのユニホームが買える店がないか探してもらった。仕事中にふざけた質問だと思ったが、スタッフの青年が凄くうれしそうな顔をしたのが印象的だった。クリケットはやはりナショナルアイデンティティなのか。旅行中のインド人からプロ野球のユニホームが買える店を聞かれたら、俺も結構頑張って探してしまうもんなあ。

       

       インド代表チームとライセンス契約しているナイキの正規品を売っている店なら、市内にあるようだったが、正規品につき1万円近くする。Tシャツは安いがデザインがダサい。手に負えない値段ではないが、ノリで買う価格ではないので諦めた。
       ところでこの青年はかなりスマートで、会話が成立する。最初スラスラスラと英語を話すから、「スマン、俺あんま英語得意じゃない」と言うと、心得たとばかり、ゆっくり簡単な文章で話してくれた。日本で外国人観光客に道を聞かれたときにも似たようなことはあった。英語話者は「ちょっとはわかる外国人」にわかりやすく話すのが得意なのだろうか。母語ではないというのも大きいかもしれないが。帰国後たまたまテレビで、日本語が少しわかる外国人と話すタレントが、「あなた、仕事、何?」と日本人の片言英語ないしは子供と話す風に喋りかけていたが、あれはかえってわかりにくいんじゃないのかなあ。実際あまり通じてなかった。「あなたの仕事は何ですか」と教科書に書いてあるような文章で聞く方がよほど通じるような気がする。

       

      インドのビルは、しばしば007を連想させられる。屋根づたいにボンドがワルを追いかけるイメージ。

       

       病み上がりにつき、D氏が気を遣ってホテルのビュッフェで色々な国籍のメニューがあるランチを食べることになった。例によって昼が遅い国につき、食べ終わるころに満員になっていたが、食後にトイレに行くと制服を来た男が一人立っている。用を済ませると男は笑顔を振りまきながら手洗い場の蛇口から水を出し、「さあミスター、手を洗って」と俺を招く。言われるまま手を洗うと、今度は手拭きを差し出し「さあミスター、これで拭いて」。恐縮すると同時に、この人はなんと無駄な仕事をしているんだと思わされて仕方がない。これがカーストシステムなのかと考える。

       

       カースト制度については正直よくわからない。インド憲法はカーストによる差別を禁じているがカースト制度そのものは否定していない。女性差別は禁止だが、男女の違いそのものは認めるというのと似た感覚なのだろうか。とにかく古い古い伝統なので、少なくともヒンドゥー教徒の精神性に深く刻まれている文化の側面があるのだろう。ガンジーがカースト制度を否定しなかったのは有名な話だ。
       身分が固定されればそこにコミュニティが生まれ、それが労組的、ワークシェアリング的に機能する。階層によって仕事が決まっているから互いに食扶持を失わないと、そういう説明は何度か聞いたことがある。都市部ではカースト制度は形骸化しているとガイドブックには書いてあるが、少なくとも仕事を分けるという発想は、あちこちで垣間見える。このトイレの紳士はまさにそうだし、空港でも、通路の辻辻にチケットを見せろという係がいる。搭乗デッキの入口と終点で見せろといわれ、この決して長くない一方通行の通路の途中に何があるというのだと呆れたくなるくらい無意味だ。でもそれで仕事にあぶれないのなら、人も多いし合理的な気はしてくる。

       ただし、何かと縦割りになる分、例えば家の空調が壊れたから直してくれと業者に頼んだ際には、入れ替わり立ち代わり違う担当者が現れて、復帰までえらく手間取るのだとD氏は言っていた。このような他所の国の人間から見ると実に非効率的な仕組みもあり、インドの時間はゆっくりなのだろう。「目覚めた巨象インド」みたいな10年前の本の内容が、今と大して変わらないのも頷ける。ちなみにインドといえば情報産業の発展が目覚ましいと地理の教科書にも書いてあるが、これは新しい仕事のためカーストの規定がなく、どの身分でも就労できるため、各層の算数好きが集まるからだとテレビで学者が言っていた。


      【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(18)Burden In My Hand

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         一晩でずいぶんと回復した。腹具合はまだあやしいが、気力、顔つきは8割ぐらい戻った。飛行機まで時間があるので、D氏たっての希望で動物園に行った。南インドの動物園。必然期待が高まるが、結構普通だった。正直天王寺動物園の方がバラエティに富んでいる。逆に日本はどんだけ集めているんだという話でもあるのだろうが。なぜか入口で水を飲みきって捨てるように求められた。暑いのに。

         

        ランボルギーニの紋章のような牛

         

        関西在住だと全く珍しく感じない。天竺も本邦も鹿は鹿らしい。

         

         休憩していると、人懐っこい爺様が「日本人かい」と寄ってきて、ベンチの隣に座った。「私は日本のジャーナリストのナガイさんと知り合いだよ」と一方的にしゃべっている。ミャンマーで銃撃に逢った長井健司氏のことだろうか。まさかな。と思ったが、「サラリーマン金太郎」辺りだと、こういう爺様はタタ財閥の会長だったりする。仮にそうだったとしても、俺の場合はどこにも何にもつながりそうがないが。「写真を撮ってくれ!」となぜか求められた。

        中国同様、土産物屋にはロクなものが売っていない。

         

         胃腸のせいで、香辛料が受け付けない。そうなると食べるものがなくなるのだが、鶏を焼いたものだったらどうにか食べられそうな気がする。ガイドブックに載っていた「ザムザム」という店に向かうことにした。京都に同じ名前の店があって行ったことがあるから親近感が湧いた、というだけの理由だ。到着すると、「ザムザム」と看板を掲げた店が4、5軒並んでいる。どれがザムザムかと駐車場整理の人に聞くと、どれもザムザムだという。まあそりゃそうなんだが、この場合は、どれも同じ店だという意味で、メニューや店内のスタイルに違いがあるようだ。儲かっているのか。手広くやっているが、全部隣同士とは、手広さが狭い。

         

         香川の骨付き鶏のような料理をいただいたが、体調のせいであまり味を覚えていない。店員が先日の大野治長のように、ちっとも話を聞かずに間違えるから何かと手間取った。

         まだ時間があるのでマーケットに行った。あらゆる種類の雑多な商店が並ぶエリアだが、手に負える広さで、大して混雑していないので土産を選ぶミッションにはちょうどいい。

        土地柄、魚が売っている。生態的にいっても魚には国境がないのでことさら違いがあるわけではない。

         

        バナナには種類が色々ある。

         

        米はもっと種類がある。色だけでなく、写真ではわかりにくいが形も様々。

        2回目の登場。インドで出会った最もただ者でなさそうな人。青竜刀のごとき包丁で鉛筆を削るようにマンゴーの皮をむくから、近くで見ていると斬りつけられそうな気分になる。この人、笑い方も豪快。どんな人生を歩んできたんだ。

        D氏撮影

         

         まずは姪にインド的な何かをと考えたのだが、サリーはかさ高い上、日本人が着こなすのは無理な印象もある。それでパンジャビドレスというのを物色した。要するにワンピースである。種類がやけに豊富な大きめの店で物色したのだが、サイズがどれも大きい。小さいサイズはないのか尋ねたら、みんな自分で調節するから「ない」とのことだった。こちらはミシン文化だから、仕立てや寸法直しのミシン屋も多いし、自分でやる人も少なくない。さすがは綿の国といったところか。

        D氏撮影。悩み方がやらせ演技のようだが、演技ではない。店員氏の表情を見るにつけ、所作がいちいちわざとらしい我が身を反省させられる。

         

         その後、アンブさんとがっちり握手して空港で別れた。帰りは直行便で、なぜか国際線ターミナルからの出発だった。行きと違って普通に大きな空港である。機内食が出たが、カレーなので全く食べる気が起こらず全部残した。D氏に聞いたら「まずかった」とのことだったのでまあいいや。
         到着もなぜか国際線ターミナルに着き、入国審査を通過する羽目になった。なんというテキトーさだ。


        【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(17)Beat so lonely all night long

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           問題は腹具合だった。このころ俺は、熱中症ではなく、ウイルス性の胃炎か腸炎にやられているとの確信を抱いていた。とにかく緊急事態が迫っているのでトイレに向かったが、こちらの公衆トイレではおなじみの有料だった。金額は、それこそ屁みたいなものなのに「有料だからやめておこう」とつい考えてしまった。どう見てもシビアなトイレであることが外からもわかりきっていたからだった。つまりは有料にかこつけた言い訳である。外観は日本における公園のトイレを想像してもらえればよろしい。そこに「インド式」という異文化がつきまとう。

           だがそんなことも行っていられないほどの嵐が巻き起こっていた。俺は意を決した。

           中国でもさんざん見たフード部分のない和式型便器と、蛇口、手桶。とうとう本格インド式との邂逅である。
           ホテル等で見られるこちらの現代型トイレは洋式で、傍らに小型のシャワーを備え付けている。ノズルを引くと水が出る。要は多少使い勝手の悪いウォシュレットといったところで、慣れると結構快適だ。紙しかないトイレに比べれば清潔ともいえる。

           

           しかしこの薄暗い個室にあるのは手桶のみ。シャワーより使い勝手はさらに悪い。加えて水流の勢いが期待できないから必然、自助努力による物理的な作用を加えなければ局部の洗浄はできない。蠅がたくさん飛んでいるが、そんなことは瑣末なことに感じる異文化インパクトである。ただし、こんなこともどうでもよくなるくらい胃腸がスクランブル交差点なので、俺は悶絶しながら出すものを出して、桶に貯水し、作用反作用を実行した。いざやってみると、とても自由になった気がした。紙をゴミ箱に捨てる中国よりはるかに難易度が低い。

           心はすっと軽くなったが、胃腸は大して解決を見なかった。頭もクラクラとしている。日陰でしゃがみこんでいたら、隣の服屋の店主が、「どうした?体調悪いのか。まあこれに座りなさい」(タミル語、想像訳)と椅子を出してくれた。南インドはデリーに比べて素朴な人が多い。取材中にも、やたらと丁寧に道案内をしてくれた通りすがりの人に、D氏がチップを渡そうとしたら頑として受け取ろうとしなかった。価値観がちょっと日本ぽい様子である。

           

           日本から一応持参していた下痢止めは全く功を奏さない。唯一よかったことは、帰途は椅子を倒してひたすらうなっていたので、ワイルドな運転にいちいち恐怖するいとまもなかったことか。道中、波が迫るが、優秀なアンブさんが適当な店舗に車を横付けしてトイレの借用を交渉してくれた。作業場の片隅にあるボロいトイレだったが、こちらはシャワー式だった。

          何かの記念日なのか、道中、あちこちでデモをやっていた。日章旗みたいに見えるが、アンブさんによると共産党系の人々。

           

           片道3時間以上かかって、ようやくホテルに戻った。強烈な胃痛で衰弱したのか、それとも風邪か何かで衰弱しているから腹が痛いのか。どちらにしても生気が相当に失せていた。自覚はないが、D氏が「いざとなったら領事館だ」と真顔の心配顔で言っているので、そんな顔をしていたのだろう。幸い領事館の世話になって「ニッポン人でよかった」と神妙な顔する事態には至らなかった。領事館の代わりにD氏が街の薬局によってくれ、薬を飲んだ。

           

           インドの薬なんか飲んで大丈夫なのかとつい考えてしまうが「インドの腹痛にはインドの薬しか効かねえだろ」と言われ、それもそうかと納得した。こちらの医療事情は脆弱で、そもそも街中で病院を見かけることが少ない。家族ともども赴任しているD氏にとっては結構な不安材料で、「俺も家族に何かあったときを考えると心配でさあ」としみじみこぼすが、現状自分の闘病に忙しいので少しも共感できないまま寝た。正確にはベッドとトイレの孤独で惨めな往復が一晩中続いた。


          本の感想

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             新聞記事でもって昔の出来事を調べるとき、もっぱら優先的に利用するのは記事検索データベースだ。新聞縮刷版に比べれば、ほしい記事を見つける手間は格段に少なくすむ。ただし縮刷版にも1つだけデータベースに勝るところがあって、時代の雰囲気の生々しさが圧倒的な点だ。当時の紙面がそのまま収録されているので、調べたい記事の下には当時の「最新」を謳う各種広告が躍っているし、隣の欄や隣のページには目的の記事以外のニュースが並んでいるのが嫌でも目に入る。例えば昭和の政治の話を調べているのに、最新型のカラーテレビや封切したばかりのゴジラ、王貞治の本塁打等々も目に飛び込むというわけだ。活字の書体や写真の映りも一役買ってはいるが、何よりこの雑多な横並びが、自分が調べている時代のリアルな空気としての迫力を生むのだと思う。

             

             本書は、これと同じような雑多な横並びを示すことで、アメリカ社会のある1年を、結構な肌触りとともに再現した見事な歴史物語となっている。
             タイトル通り、1927年のアメリカを描いている。表紙絵のモチーフにもなっているリンドバーグの大西洋横断飛行と、ベーブ・ルースのシーズン本塁打記録、渋いところではラシュモア山の彫刻開始など、後世まで語り継がれることになるいくつかの偉業が重なり合った年である。世界史の教科書的には、第一次世界大戦後、世界トップの経済大国になったアメリカの大量消費社会時代であり、2年後に世界恐慌を控えた年でもある。この1927年について、時系列に従って、起こった出来事が紹介されていく。もちろん、物事には前後関係があるから、27年以前の出来事にも言及があるし、場合によっては「その後」のエピソードに触れることもあるが、構成の軸は27年の5月、6月、7月・・・といった時系列だ。その軸に従って、調べたことを淡々と並べているだけといえばそうなのだが、これが滅法面白い。辞書のように分厚いが、一気呵成に読んでしまった。

             

             一つは筆者がやたらと調べているからで、「へえ〜知らんかった〜」という細かな歴史的事実が知的好奇心を刺激する。その事実を吉村昭のように、余計な装飾を排して綴っていく。のだが、吉村昭と違うのは、いかにもアングロサクソン的な皮肉な調子がしばしば混じるところ。単に吹き出してしまうだけでなく、浮世の悲しみと可笑しみをえぐり出して前景化させることに、皮肉や毒っ気が大きな役割を果たしている。

             

             この「やたらと調べているところ」だが、単なる衒学趣味ではないところがミソだ。時代の再現性、臨場感を描き出すための役割を担っている。
             例えばプロローグは、リンドバーグ以外の大西洋横断に挑んだ飛行士たちの失敗例がしつこいくらいに述べられているが、地球上全域が空の路線で結ばれている現在にあっては今一つピンとこない大西洋横断の偉業の位置づけを読者に示すには必要な要素といえる。山師のような男に危うく計画が食い物にされそうになるくだりや、最終的に機体を発注したメーカーが倒産寸前だったことも当時の飛行機業界を取り巻く環境が垣間見えるし、機能が極限以上に削られた機体も、挑戦の困難さやリンドバーグ本人の、いかにも天才にありがちなネジが数本抜け落ちたような特異性を浮き立たせている。
             あるいはフォードが初めてアメリカの車に左ハンドルを導入したというトリビアルな事実も、それ単体としても十分興味深いエピソードだが、すっかり忘れられてしまった「その時代の当たり前」を再現するのに一役買っている。右側通行なら左ハンドル、日本のような左側通行の場合は右ハンドルと、運転席は道路の中央寄りに設けるのが常識だが、自動車黎明期はそうではなかったらしい。すっかり当たり前のようになった時代の人間には、そうではなかった時代を想像するのは難しいし、そうではない時代があったことすら想像もつかないものだ。裏を返せば、そうではない時代があったのだと示すことは、時代の臨場感を生むのにはもってこいの素材といえる。

             

             こういった要素が、新聞紙面を広げたときに押し寄せる時代の圧を構成する広告のデザインや活字・写真の雰囲気と同じ役割を果たすのだろう。そのようにしつらえられた舞台で、有名どころから、かろうじて名前が残ったような市井の人々まで多種多様な実に多くの登場人物が現れたり消えたり入り乱れる。

             

             基本は時系列の記述なので、ベーブルースの話がある程度進んだところでアル・カポネの話になったり、リンドバーグが再登場したりとメインの登場人物も出たり入ったりするし、猩凸鬮瓩忘れたころに現れたりする。この構成は、浦沢直樹「MONSTER」を思い出したが、吉村昭風淡々記述の、かつノンフィクションなのに、まるで娯楽マンガ作品のように「それでどうなる?」とページを繰っていけるのは、以上のような組み立ての妙にあるのだと思う。

             

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