【やっつけ映画評】マルクス・エンゲルス

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     鑑賞のためスカイビルにある映画館に行ったところ、結構な数の観光客がいた。中華系以外も多数いてかなり人気のようだ。いずれも展望台目当てなのだが、「エレベーター乗り場は3F」と表示があるものの、3F行きのエスカレーターは、吹き抜けを登っていくため実質2階がなく、最初に現れる床が2階なのか3階なのかわかりにくい。結果、間違えて4階まで行き「???」となる人々も少なくなく、目の合った何人かとは身振り手振りで教えてやった。せめて韓国人くらいには、「あっちだよ」くらいの超カタコト韓国語を披露したいと欲張ったが何も出てこなかった。

     それで本作を見たら、登場人物たちによる多言語が飛び交うこと飛び交うことのフライボール革命。いや、本作の主人公を考えると革命という言葉を軽く使うと危ういか。とにかくマルクスなど「英語勉強しなきゃなあ」と言っているうちに、場面が変わるとやたらと流暢に喋る上「イギリス人風にいえばhand in gloveさ」と、慣用句まで使いやがる。やんなっちゃうねえ。


     原題「若きカール・マルクス」の通り、30になるかならんかくらいまでのマルクスが主人公の伝記モノだ。実在の画家や音楽家の伝記映画は珍しくないが、哲学者というのは「ハンナ・アーレント」以来。あちらはひたすらタバコ吸いながら難しい話をし続ける内容だったが、本作は議論だけでなく、労働者にぶん殴られたり官憲に追い回されたりと、なかなかエキサイディングだ。
     おそらく左翼運動華やかりしころを生きた人々にとっては、青年期のビートルズかローリング・ストーンズの伝記映画でも見ている気分なんだろうと想像しながら見た。有名なエピソードを映像で再現しているところにニヤリとしつつ、「何だ、知ってる話しか出てねーじゃんかよ」とか「あの話は省略かよ」とかボヤきつつ。そんなことを感じたのは、マルクス単独の話というよりエンゲルスとのバディものみたいになっているからで、その辺りがバンドを連想させたのだろう。見終わって、やけにワインが飲みたくなったが、微妙に体調がすぐれなかったのでぶどうジュースで誤魔化した。似て非なるものだった。


     ちょうど仕事で産業革命についてさも知ったように説明してきた帰りだったので、マンチェスターの紡績工場がスクリーンにどーんと出てくる様子は圧倒された。やがて共産主義を生み出すことになる資本主義の矛盾が、肌感覚で伝わってくる様子は興味深い。そのような社会問題を前に、ジャーナリスティックに2人が行動していくので、劇映画が成立する。その点、哲学者が主役の映画というよりは、「ペンタゴン・ペーパーズ」に近い。実際マルクスは新聞で書いてたし。ついでにマルクスが必要以上に喧嘩腰で相手を批判する結構面倒ななヤツなのだが、その辺りはシャーロック的でもある。

     

     映画は、共産党宣言を著す場面がクライマックスとなっているが、あの文章の妙な力強さの雰囲気は映画の中にもよく出ていると思う。マルクスの他の著作もそうだが(というほど読んでないが)、やたらと力強い。漢文的な洋式的修辞法かつ、演説のようなアジテーションもありつつ、現実や学識も押さえている。要するに物凄く頭がいいのだろうと思う。シャーロック的振舞いになるのも、その頭脳明晰さによるのだろう。

     

     映画はここで閉幕するため、その後彼らが仕上げた共産主義が怪物になる様子は描かれない。エンドロールには、抵抗運動を中心とする歴史映像が使われているが、暴力的な社会主義指導者は登場しない。このため、その後の恐怖政治化の検証もなく顕彰しかないのは今更だという批判も成立する。一応、論的を叩き潰さないと気が済まないマルクスの態度とか、総会でかなり強引に看板のすげ替えを実行するエンゲルスの振舞いとか、その後の共産主義団体が歩む萌芽は見て取れなくもない。元気のいい若者を、おっさん連中が面白がって好きにさせたら足元救われた、というのも社会主義国の建国史にもみられる現象である。まあ何主義であろうと政治はそんなものだが。

     

     ただ、共産主義が全体主義になるという批判もすでに今更なところはあって、その崩壊をとっくに人類は目の当たりにしている。どちらかといえば、本作で描かれていることは、古くてかつタイムリーな内容になっているというのが、少なくとも日本においては当てはまる。

     高プロの旗を振っている経済団体の面々と、本作に登場する工場の経営者はぴったりと重なって見える。時計の逆回し現象であるが、労働行政がなかったころの人間と、とっくにある時代の人間が同じことをいっているのだから、低賃金長時間労働でないと経営が成り立たないと自ら無能を吐露しているトホホ度合は増している勘定になる。そうするとマルクスみたいに喧嘩腰でモノを言うしかない気はしてくる。冒頭、森で木の枝を拾うのは窃盗かという問いが出てくるが、水道民営化をした国では雨水も企業の所有になったから遠い昔の話ではない。こうなってしまうと、そりゃ暴れるしかないよ下々のみなさんたる我々は。必要以上に噛み付く15の夜的彼の態度に、やむかたなしと妥当性を皮膚感覚として感じれてしまう我らが社会の現在地点がやるせない作品でもある。


    「Le jeune Karl Marx」2017年フランス=ドイツ=ベルギー
    監督:ラウル・ペック
    出演:アウグスト・ディール 、シュテファン・コナルスケ、ヴィッキー・クリープス


    本の感想と反省

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       昨年のことだったか、知人から雑誌の記事を見せられ「どう思うよ」と問われた。販売数ガタ落ちで、斜陽どころか日没にさしかかっている新聞は、いかにすれば復権するのかというようなテーマで、現職だったかOBだったか、とかく各社のエラい地位までいったおじさんたちの鼎談が載っていた。知人が言いたいのは、そこでなされている会話が十年一日状態の、いったい何十年前からそんな話をしているのだという内容で、そんな拙い現状認識だから売れないのだと、そういう話だった。確かに、まるで環境悪化で滅亡寸前のときにゴミの分別を話し合っているようなまるで現状認識が著しく欠如した内容だった。


       売れなくなってきたものをどうやって復活させるか。そんなことはまったくわからない。少なくとも中身を作っている編集の立場であれば、もっと面白い内容のものを、と考えるしかない。それが売上につながるかどうかは残念ながら不透明だが、それしかできることがないのでやるよりほかはない。でもどうやって?という肝心の部分について、何かと話題の本書はひとつの大きな提案をしている。


       色々と反省させられる本だ。一つには本書で紹介されている大手メディアが裏で使っている用語「泡沫候補」を俺も以前に使ったことがある点。ほとんど勘定のうちに入らないが、選挙の取材はちらっとだけ携わったことがある。政党が推す「主要候補」は先輩に任せていた(押し付けていた)ので、俺はもっぱらその他の面々を担当するのだが、本書のいう無頼系独立候補にめぐり合わせたこともある。
       あるときは、何を話しているのか相当理解に苦しむ立候補予定の男性が現れ、上司から「こんなわけのわからんやつ、立候補を取り下げさせろ」と命じられた。そんなことできるんかいな、というかやっていいのかそんなこと、と疑問に思いながら自宅を訪れると、すでに家族に説得されて辞退を決めた後で、その旨告げられ、余計な作為を駆使せず済んで安堵したものだった。

       これは結局立候補していない例だが、立候補に踏み切った人もいる。その人の場合、随分不思議な文字列の名前(珍しい苗字というわけではなく、占い師あたりが名乗りそうな名前とだけ書いておく)を名乗っていて、別に選挙で名乗る名前は「グレートサスケ」だっていいのだから問題ないはずだが、勝手に警戒感が生まれてしまい、一方で主張は一定の合理性がある。それで「泡沫」の扱いにするのかどうか社内でも議論になり、結果候補者が少ないこともあって「主要」の扱いになった。だが、いざ告示となると、選挙運動がかなりグダグダだったので「泡沫扱いでよかったやんけ」と怒られた。だが本書を読むとあれでよかったのだというところに落ち着く。

       

       ただし、この辺りのドタバタを後年、拙作の台本に盛り込んだのだが、描き方としてはただのキワモノだった。演じた酒井君が「おかしな人だが情熱はただならないむしろ愛すべき人」くらいのキャラクターを仕上げてくれたので結果的には反省も半分で済んでいる。本書に登場するマック赤坂などは、あのとき酒井君が演じたキャラクターと重なるところはある。
       ついでに身の回りに立候補をした人もいて、1人は昔のバイト先の社長で、もう一人は高校時代の同級生、あと演劇関係者で、知り合いの知り合いくらいの直接は特段付き合いの人がかつて立候補したことがあるという話も聞いたことがあった。前者2人は政治を志しても全然不思議ではないタイプだった上、3人目の人も外見がいかにもタダ者ではない怪優的な人だったのだが、いずれに対しても、まず思ったのは「何してんだ」という程度の感想であり、応援とか歓迎とか尊敬とか、そういう感覚は皆無だった。これまた本書を読むと反省させられる。

       

       そしていよいよ、年下の知り合いが地方選挙に立候補を予定していると知った。大学生のころから社会問題に関心がありつつ、ありすぎて空回り気味のある意味心配な若人であったから、以前なら「何してんだ」と思ったはずだが、天が挽回の機会をくれたのか、実にタイムリーで「おお、すごい」と素直に歓迎できたのはありがたいことであった。すっかり音信不通で、立候補の件も別の人からのまた聞きだったのが、偶然出会って激励できた。
       首相が大阪府連の総会か何かで来阪するというので、丁度仕事終わりの時間と使用路線が都合よかったので見物にいくと、若干名のアジ演説の若者とそれを囲む大量の警備部のお勤めご苦労さんです部隊に出くわした。そのうちの一人が彼で、ある意味偶然というよりは必然だったかもしれない。攻撃的にアジる担当と、共感を求める緩和担当の硬軟織り交ぜの軟の担当をしていて、政治家みたいななかなかに見事な話しぶりだった。そのうち、一人の紳士が無礼な演説はやめろみたいに食って掛かって警備部のお勤めご苦労様です部隊が割って入って軽いもみ合いになったのを、面白がって写真を撮っていたのだが、帰宅してPCに移そうとしたらエラーになって全部消えた。おー怖。

       

       彼らのように、政権に対する不満や反発を訴えるのは、そう感じるならそうしろという点、憲法がいう不断の努力というやつの例の一つである。ただしなかなか真似できるものでない。立候補ともなると尚更だ。なので素直に敬意を表すると、本書がいうのはまずその点だ。
       もう一つは報道について。政党のバックアップがない彼らはただでさえ徒手空拳なのだが、報道もロクに触れてくれないので公約や主張を知ってもらう機会が圧倒的に少ない。これは有権者の選択肢を奪っているのではないかというのが本書の指摘である。報道側にも言い分はあって、一つは紙面の都合だが、もう一つは独立系の人々には常人には理解しにくいぶっ飛んだ人もいること。例えば俺が出会った結局断念したあの人は、本当に何を言っているのかよくわからない摩訶不思議な人だった。仮に主張を取り上げるとしたら、相当苦労したと思う。本書にも登場する桜井某のように差別言説を振りまく候補の扱いも難しい。NHKの政見放送のように、これはこういう枠、という約束事を用意しないと、新聞が差別に加担する格好になってしまうのではという懸念は当然働く。本書も扱いに苦慮したとみえ、登場するには登場するが、あまり字数は割いていない。
       一方で、では政党がプッシュする「主要候補」はしっかりした主張をしているかというと必ずしもそうではない。与野党問わず、スカスカの主張しかできない空っぽの人も時にいるのは事実。本書はその辺りを比較していておもしろい。


       ただ何より惹き込まれたのは、独立系の人々の奮闘ぶりで、別に奇人変人大集合なキワモノ的面白さというわけではなく(たまにそんな場面もあり、男性器の俗称が「選挙」というテーマなのになぜこれほど登場するのかと不思議な本でもある)、熱い戦いぶりに結構感動する(主張には賛同できないものも多いが)。これは選挙報道のかなり強烈なアンチテーゼになっていると思う。こんな面白いものになるのかと、驚きもした。こういう報道ができれば、これはこれで民主主義の成熟に役立つだろう。売上が伸びるかどうかは知らないが。


      チャンス到来転がり込んで真面目な反応

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         更生と更正は漢字テストに出やすい紛らわしい2つの熟語だ。非行少年のコウセイという場合、正しくなるから更正、ではなくて、更生が正解。「生まれ変わる」と覚えるべしと問題集は助言している。じゃあ更正はというと、こちらは法制度の用語なので、そういう仕事でもしてない限り、あまり縁はなさそう。
         と思っていたら、縁が出来てしまった。

         

         一通の封書から話が始まる。ちょうど、確定申告の還付金がまだ振り込まれていないのにどうなったのだろうと思っていたところだった。還付金の通知は、シールをぺろんと剥がす形式のハガキで通知されるのだが、届いたのはちょっと厚手の封書。この時点で不審がむくむくしてくる。開封したら、以下の額を支給払えという納税の督促だった。
         おかしい。還付があるはずなのに払えとはこれいかに。ついでに「3/15時点で支払いがないので早急に払うように」的な督促の文言があるのだけど、その日付けは確定申告の締切日である。締切日までにどうにか書類を仕上げて申告して向こうさんの反応待ちの状態なのに、まだ払ってないのはどういうことだという督促は、いかにも筋が違うように読めて腹が立ってきた。セクハラ否定してんじゃねえぞこの野郎と怒りの矛先がおかしな方向に向かってしまう。世の中には部下に真剣告白してセクハラになって処分くらう男だっておるんやぞ。

         

         翌日早速電話したのだが、一晩寝た時点で、俺が書類の書き方を間違えた可能性が高いんじゃないかという気がしていた。電話口に出た職員は心なしか疲れている様子で、同種の電話が鳴りっぱなしなのだろうかと想像しつつ、公の機関の人間はしばしばこちらの説明が下手くそという前提で接してくるという偏見だか危機管理だかが作用して、物書きの端くれ、なるたけ少ない文字数で要点を伝えんと努める。そうすると受話器の向こうで「はあはあなるほど」とてきぱき端末を確認している様子。「確かにおかしいですね。一旦確認します」と電話は切れ、割と早くにかけ直してきた。やはり俺の提出書類に記載漏れがあり、自分で〇〇円の税金を払いまーすという記述になっていたようだ。意味もわからず会計ソフトのまんまに数字を書くからこうなる。
         「ですので、こちらにおいでいただいて、ちょっと馴染みのない言葉になりますが、更正の請求というのをしてもらわないといけません」
         これはまさしく、「そっちで狃颪換え瓩靴箸い討茵廚箸いΕ船磧璽鵐垢療来ではないか。しかし、自分で書類を間違っているという負い目がすでに青菜に塩、「へえ、すぐ伺います」と善良な民の対応をしてしまった。自分のことは棚に上げるのが政府公認の作法であるというのに。立派な大人にはなかなかなれんもんだ。

         

         早速税務署に行ったのだが、中年の危機、「更正の確認に来ました」と受付で高らかに告げたらば、「それなんですか?」と目を白黒された。正しくは「更正の請求」で、モノの二時間ほどで記憶が霞んで思い切り間違えた。融通の利かない昔のネット検索のようにちょっと間違えただけで通じないこの頑強な正確性こそ役人の役人たる所以であろうから、それを捻じ曲げられれば、そりゃあ中には死ぬほど追い詰められるケースもあろうて。いや、「すんません間違えました、書き換えに来たんでした」というチャーンスだったんだな。いかんなあ、厚顔無恥ってどうやって身につけるんだろう。


        花鳥風月課長風月サブリミナル

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           久しぶりに在宅仕事を何もしなくても済む休みの日が訪れ、朝から快晴だった。レジャー気分が膨張しているが、何をするのかも思いつかず、思いついたのは花鳥風月だけだった。正確には花花風花といったところか。とにかく桜の写真を撮るという、写真としては大して面白くないが何だかんだ気分は晴れやかになるお遊びに出かけた。冒頭の写真は仕事で訪れた関大の桜。大学にしろ小学校にしろ学校にはほぼ確実に桜があるものだが、なぜだかありがたみが少し下がる印象がある。最もありがたみを感じないのはマンションの敷地内にある桜だ。

          写真は復路。始終こんな具合。

           とりあえず京都に。京福電鉄の「桜のトンネル」というのを一度見てやろうと嵐電に乗った。結構な人手である。本線から帷子ノ辻で北野白梅町行きに乗り換えて、鳴滝から宇多野の駅間にあるらしい。車両の先頭に早速人々が陣取り出すので俺もその中に混じった。隣にはEOS70Dをぶら下げて猟犬のような目をした婆様二人組が出発前から鼻息を荒くしている。前には小学生くらいの女の子がいて、母親から借りたスマートフォンで撮影しようとしていた。


           出発進行。窓に張り付いている初老男性がテスト撮影とばかりにEOSのもっと高そうなやつを構えてサララララとシャッター音を響かせている。ホンマのシャッター音は、携帯みたいにカシャーンとはいわないよね。俺のミラーレスはカシャっていうけど。

           そうして一つ目の駅を過ぎたころからにわかに緊張が高まり出す。前の女児もスマホでテスト撮影しようとしたのだが、使い方がわからなくなったのか、一歩ほど後ろにいる母親に近付いて使い方を再確認していた。つまり持ち場を離れてしまったわけで、その空いた空間にすかさず猟犬婆が体を割り込ませた。戻ろうとした女児はすでにその場が奪われていることにようやく気付き、目を丸くしていた。花鳥風月に全身全霊を捧げる年寄りの執着心の物凄さを、彼女は目の当たりにしたのだった。写真撮影とは、機材でも露出でもフレーミングでもなく、第一に場所取りだったりする。

           にしてもあまりに大人げない。頃合いを見計らって女児のために場所を空けてもらうよう頼もうかと思ったが、鳴滝駅に着いた途端、猟犬フォトマダムたちは何にセンサーが反応したのか、慌てて降りて行った。解決。

           さてくだんのトンネルというのは、想像したよりは短かった。こんなものか。EOSのおじさんに首尾を尋ねると、このまま次は仁和寺ですよと意気込んでいた。このため何となく俺はおじさんを見送り、仁和寺の次の龍安寺駅で降りた。たまたま降りただけなのだが、この駅の桜の方がはるかに見ごたえがあるような・・・。

          チューリップも楽しめる。
           どうせ混み合う名刹に行く意欲もなく、そのまま引き返し、四条通で本屋を覗いて京阪に揺られることにした。鴨川べりにもそれなりに桜があるようで、こちらも人が多い。

          日本で1、2位を争う風流な喫煙所

          国際化しておる。

          どちらかというと隣の見事に桜色なパンツに目が行く。
           普通電車に揺られながら読書と昼寝、という贅沢な時間を過ごすつもりが、ほとんど寝入ってしまった。そういえば天満橋にも桜があったっけ。昔は仕事でしょっちゅうあのあたりを通っていたので、個人的にはなじみ深い桜並木がある。


           日を改めて、出張。早めの新幹線に乗って、仕事の前に桜見物をした。福山城の桜を眺めるが、こちらはあちこち散発的に植えられている印象。昔仲間内よくやっていた大阪城の花見を思い出すにつけ、あの城はやはり天下人の居城なのだなあと感心することしきり。聞くところによると、大阪城敷地内は切り売りされて、最近大きな開発が始まっているらしい。徳川軍に内堀を埋められて以来の受難であるが、それでも余りある敷地を有している。ということは二三匹めのドジョウを狙う連中もいくらも出てくるのかもしれないが。

          右は由利公正像。橋本左内はすでに大河に登場したが、彼の出番はありやなしや。

           仕事的に怒涛の3月が終わったこともあり、帰省。久しぶりに地元の桜を見ることにしよう。関西よりちょっと遅いはずだし。
          我が故郷は、市内の真ん中を流れる川の堤防に、見事な桜並木がある。結構な距離にまたがっているのでなかなか壮観である。法規制で、現在はこのような堤防の桜並木は作れないらしいから、年々珍しい存在にもなっているといえる。

           高校生のころは、下校時にこの堤防の上を自転車で走ったものだった。いつか女子と青春な二人乗りが出来るのかと夢見たが、現実には幹の陰から棍棒で武装したヤンキーがカツアゲに現れる悪夢と遭遇するだけだった。
           休日なので家族連れでにぎわっており、さすがに武装集団の出番はない。人は多いが、押し合いへし合いにはならないのが地方都市のいいところである。しかし、人の密度も高くないと同時に、花の密度も低くはないか? 高校生のころの記憶だともっとトンネル状になっていたはずだが、花のつきが悪い印象。豪雪の影響か。それとも木が老齢になってきたからか。

          水仙も楽しめる。


           しかし実家の近所の桜並木は元気だった。同じく幹が総じてかさぶたようになっている老齢の木ばかりだが、こんもり花をつけておる。


           それでもののついでに、車で5分もかからないところにある桜並木を見に行ったのだが、こちらはまだ咲いていなかった。不思議。


           


          【やっつけ映画評】ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書

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             今度はこのおじさんが主人公(の一人)の作品。蝶ネクタイ姿だが話のわかるいい上司という、蝶ネクタイに対する己の偏見を再確認させられる「大統領の陰謀」の重要な脇役だ。本作では普通のネクタイ姿である。一方他の登場人物で蝶ネクタイの男がいたが、こちらは算盤勘定で主人公側に異を唱える役どころ。元の木阿弥、蝶ネクタイはヤなやつに再び収まるの巻であった。


             かの上司ベン・ブラッドリーは、なぜあんなに腹が据わった様子で若い2人を全面的に後押しできたのか。それがわかる気がしながら本作を見ていた。要するに内容としては「大統領の陰謀:エピソードゼロ」だと感じていたのが、ラストがまさしくそうなっていて、いやはや実にシビれた。まるで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のような終わり方だが、「続く」の先は40年前の映画なのだから、30年前にタイムスリップするあの作品を超えている。ラストの意味がわからず「続編があるのか?」と思った人は、あるにはあるが午前10時の映画祭かBS日テレくらいでしか上映(放送)の機会はないのと思うでご注意を。


             本作でのワシントン・ポストは「特ダネ」を抜かれる側だ。ベトナム戦争についての政府の嘘を裏付ける機密文書をスクープしたのはニューヨーク・タイムズで、ポストはこの時点で煙の一筋もつかんでいない。エース記者の姿が最近見えないので「何か掴んでいるのでは」と探りを入れるセコいことまでやっている。それもむべなるかなポストの立ち位置は「地方紙」で、人も足りなければ金もない。オフィスの様子もどことなく辛気臭い。「陰謀」ではすっかりモダンな赤いデスクになっているが、家具を買い換えられる前の物語だ。


             抜かれたら抜き返せ、とばかりにここからポストの反撃が始まるのだが、本作は新聞記者の物語でありつつ、意外なことに取材のシーンはあまりない。問題の文書を手に入れる過程はスリリングに描かれてはいるが、逆に言えばそれくらい。じゃあほかは何かといえば、報道するかしないかの判断が物語の主軸となっている。もう少し格好よく言えば、敵はライバル大手紙ではなく、ニクソン政権の横暴ないしは歴代政権の欺瞞なのである。

             

             先にスクープしたタイムズは、国家機密の漏洩を理由に発行停止の処分をくらってしまった。抜き返すチャンスといえばそうだけど、追随すればポストも同じ目に遭う危険性がある。もしそうなると、株式上場をしたばかりという不安定な経営基盤が一気に崩れ去るかもしれない。だけど日和見で記事をひっこめれば、何人かの記者は退職すると息巻いている。


             この難局に立たされた、お嬢様育ちで気のいいだけが取り柄、だけに見える女社長がもう一人の主人公だ。場面が切り替わって彼女が登場するたび晩餐会か昼食会ばかりしているような人が、「殺伐」がアイデンティティのような男社会臭のきつい新聞社の社長を務めているのが面白い。「女=か弱い」という古典的偏見をなぞっているだけでなく、世襲の弊害をも体現しているような、そんな人に見えるのを見事に裏切ってくるからだ。

             

             政権を揺るがす記事と、会社の経営の二項対立は、外野からは「書くべし」以外答えのない、わかりきった問題に見える。ただし本作で何度か描かれる編集部門以外の人々の作業を見ていると、それも結構な思い上がりに思えても来る。活版の職人が版を組んで印刷機にかけ、仕上がった新聞を輸送部門の人がトラックに積み込み配送する。新聞は情報産業でありつつ、装置産業でもある。印刷や配送のいわゆるブルーカラーの人々にとって、紙面の内容はどれほど興味のあるものなのか。

             印刷屋での勤務経験がある身からすると、社長に限らず、業界の人は総じて印刷内容には全く目がいかず、刷りやすいか刷りにくいかでしか見ていないものだった。推測するに、売れる記事なら大歓迎、会社がつぶれる記事は御免被るといったところか。戦争に絡む記事なので身近に従軍者がいる場合は話はまた別かもしれないが、とにかくこの場面を見ていると、編集は会社の一部門に過ぎないことがよくわかる。同時に、ブラッドリーは所詮その一部門の責任者でしかなく、社長とは背負っているものの大きさがまるで違うことが明白だ。

             

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