SPとサイード

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     ここ数年、近くの友人はもっぱら東京その他に就職・転勤で去っていくばかりだったのが、この4月から仲のいい友人が2人大阪に異動してきて嬉しい限り。とっとと飲みに行きたいところだけど、どちらも異動したてで忙しそう。

     そういうお前は暇なのかと言われれば、一応台本執筆その他で忙しくしておるつもりではあります。おかげでHPの更新がサボリがちだったのを、とうとう制作の向井からまたまた「更新せよ」と怒られてしまい、今日のこの日でございます。

     ところでHPは一体どうなっておるのかという問い合わせも2、3いただきましたが、現在復興製作中。なんせゼロからの再構築なので今しばらく時間をいただきたく。

     最近「SP」の台本を読んでまして。ええ、勉強させてもらお思いましてね、へへ。感想は特に書きませんが、読了したので、次なる活字を求め何となく立ち寄った本屋で、いくつか読んでみたい本があるなあと物色する中、結局購入したのはエドワード・サイード。

     あえて劇作との関連を見出すとすると、去年でしたっけ?ドキュメント映画にもなった著名な学者です。僕が学生のころは、院生の間で妙に流行っていて、院生たちは口を開けばエヴァンゲリオンかサイードか、ってな具合でしたが、ワタクシはようやく初見。それもインタビュー集という結構軟弱なスタイルの本です。聞き書きはビギナー向け。「バカの壁」と同じです。1300円もしましたが、ちくま文庫なので致し方あるまい。

     いやいや、チベットのニュースを見ていると、こういうのを読まないといかんのかなあという関心が湧いたのが多分、手にとってしまった理由です。

     チベットのニュースは連日やっているけど、何かこう、ゆるいんですよね。聖火の妨害が悲しいとかって、まあそりゃそうなんでしょうけど、それを言っとけば、チベットの問題という何だかムツカシソウな話から逃げをうてるみたいな、都合のいい落としどころみたいな性格を感じてあんまり好きではありません。

     偉大なる山本七平によると、どこの国でも大抵民族紛争とか虐殺とか経験してるので、ああいう話には敏感に反応する。日本にとっての核兵器みたいなもんだそうです。核を落とされたことがない日本以外の国には、日本人の核への忌避がピンとこないのと同じように、朝鮮人とかアイヌとかを苛めたくらいしか経験のない日本には民族問題があんまり響いてこないというわけです。

     井筒監督がアサヒ芸能のあほばかコラムで「スポーツ選手はもっと態度を表明せーよ」と書いてたけど、ここはひとつ、コウダさんあたり、アイスランドの歌姫ばりにビシっと一発「チベット〜」とシャウトするのはどうでしょうかね。


    【映画評】キューブ、キューブ2

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        「2」は当たるが面白くない。
       映画の場合ほぼ必ず当てはまる。「1」が成功すれば映画会社は二匹目のどじょうを狙う。客も1の面白さを期待して映画館を訪れる。だから興行的には成功するが内容は大抵の場合、トホホである。

       結論からいえばカルト的なヒット作となった「キューブ」の続編「キューブ2」もこの法則に漏れなかった。内容はトホホである。トホホの原因というか教訓は、「どこまで説明するか」ということである。

       物語の世界でどこまで説明するかは結構難しい。説明が不足すれば不満が残る。謎めいた仕掛けについて、ハナから説明する気もなさそうな作品は、消化不良どころか強烈な不快さえもたらしかねない。とはいえ説明過多なのも興ざめだ。無粋というやつである。

       「キューブ」はそういう点では絶妙の説明し具合である。

       立方体の部屋が延々と連続した謎の施設に閉じ込められた男女数人。餓死の危険もさることながら、部屋によっては刃物や毒薬が飛んできて危険極まりない。どこが危険な部屋でどこがそうでないかなどに実は法則性があって、これが程よい謎となってストーリーを盛り上げるが、結局のところこの施設が何なのか、これは最後までよくわからない。

       登場人物の推測によれば、どうやらこの巨大施設が公共事業だということ、そして人が使わないと無駄になるから彼らは連れてこられたということらしく、TVタックルもビックリの恐るべき無駄公共工事である。カナダの公共工事も日本と同じかと、これはこれでかなり興味深い話なのだがそれはさておき、とはいえこの巨大施設について、あくまでこの程度の推測しか説明はされない。

       というのも、この施設が何かということはあまり物語にとって意味がないからである。

       登場人物の一人が言う。「俺もさ、誰も彼もがシステムの一部なんだ。俺は設計し、君は見回る。君が言った通り、目の前を見るしかない。全体は誰にも見えない。人生は複雑だ。俺たちがここにいるのは人生を制御できないからだ」。

       つまり陳腐を恐れながら言えばキューブは社会の暗喩である。
       この台詞を言う人物は、勤務先から言われるまま、それが何かわからずキューブの一部分の設計に加わっていた。自分の行為が、風が吹けば桶屋が儲かる式に実はどこかで誰かに深刻な影響を与えているかもしれない。そんなことは誰にもわからない。この映画は巨大システムと化した現代社会をキューブに象徴させながら、そこでもがく人間を巧みに描く。

       なんだか説教臭そうな内容に思えてくるかもしれないが、例えば足手まといな知恵遅れの青年を連れて行くかどうかという議論は、単純だが面白い。ヒューマニズムか、マキャベリズムかという問いだ。そしてその青年が説得力を持った方法で活躍する場面は単なるトリックにとどまらない(展開としては結構バレバレだが)。

       話が逸れたが、キューブが社会の暗喩であるということは、この施設が何なのかを安易に説明すれば、社会全体を説明していることにもつながってしまい、「世の中はそんなに単純じゃないやろ」と安っぽく思われてしまいかねないといえる。

       とはいえ世の中には本作を見て消化不良だったもいるのだろう。キューブの盛り上げ要素となったトリックの部分に注視した人は、一体これが何なのかはやっぱり気になるというものである。

       だから2ではその説明を試みた。これが結局大失敗となったわけである。
       2も基本的な構造は同じ。立方体の謎の施設に連れてこられた複数の男女。わけのわからない事態に混乱しながら脱出方法を探る。同じように危険な部屋もあり、登場人物同士の内ゲバが起こるのも同じ。ただし今回は四次元立方体ということで、時間軸の概念が加わる。なので別の時間軸を生きるもう一人の自分が現れたり、目の前でそのもう一人の自分が死んだりミイラになっていたりする。時間の流れが早い部屋やスローな部屋もあり、アイデアとしてはなかなか面白い。登場人物にもそれぞれ謎めいた背景があり、ストーリーはかなり入り組んでいる。

       しかし逆にこのためトリックストーリーが先行して、登場人物の行動の必然性がトリック以上にはあまりない。代表的なのが人喰いに走る人物で、この人何でそうなっちゃったのか唐突でよくわからない。単に空腹だったから?

       2の場合は、こうやってトリックストーリーに終始しているだけに、これが何なのかを説明する必要に迫られたとも言える。

       さてそこまで謎が謎を読んだこの施設は一体何やねん。これを説明しないと収拾がつかない。デビッド・リンチじゃあるまいし、ってわけで説明を求められ、脚本家の思惑はどうであれ、実に苦し紛れに陰謀説で片付いてしまった。

       陰謀論、二文字でいうと「組織」というこの便利な存在は、ほぼ間違いなく物語を陳腐にする。どんなに強大な組織がいようと、それで全て支配できるほど世の中は狭く、単純ではないからだ。
       物語における謎、トリックストーリーは、果たして主役になれるのだろうか。なかなか難しい命題であるが、とにかく2は作らぬに越したことはないらしい。

      「CUBE」1997年 カナダ
      監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ 出演者:モーリス・ディーン・ウィント 、ニコール デボアー 、D ヒューレット

      「CUBE2 HYPERCUBE」2002年 アメリカ
      監督:アンドレイ・セクラ 出演者:ケリー・マチェット 、ジェラント・ウェイ・デイビス


      【映画評】ビフォアサンセット

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          映画で続編を作るのは難しい。更なる金もうけをあてこんで作ってみたはいいが、二匹目のドジョウはいない。

         せいぜいが最初っから二作目を作ることを想定していたスターウォーズにしろ、ロードオブザリングにしろ、いわゆる超大作がなんとかこの呪縛から逃れてはいるのだろうが、それにしたってスターウォーズは2(エピソード5)までは見れても後は酷いもんである。「to be continued」とラストで大胆にも予告したバックトゥザフューチャーシリーズも、結局やらない方が名作になれただろうとは思う。そういえば同じ名前のJ-ROCKバンドは一体どこへ行ったのやら。余談だが、バックトゥ〜は2が一番儲かって、3が一番儲からなかったらしい。分かりやすい話だ。

         続編のパターンはいくつかある。まず、主人公が新しい任務や事件に出会うというアクション映画で多いパターンだ。007のように、うまいこと再生産システムが確立できればいいのだが、ランボーにしろ、ダイハードにしろ、大抵は話がインフレ現象を起こして終いに阿呆くさくなる事態に陥る。

         もう1つが設定は同じで、主人公が替わるパターン。「キューブ2」が典型的で、前作と同じ舞台を用意しつつも、前作より面白い謎や仕掛けを用意しないといけないので、大抵は話が破綻する。

         そしてまさしくその後を描くパターン。物語には終わりがあるという公理を覆す行為なので、語るだけヤボだったという事態に陥りやすい。負け犬球団を脱して栄光を掴んだインディアンズの選手たちはどうなったの?というのは知りたいことではあるだろうが、やっぱり知る必要はなかったという結果になっている。

         さて本作品は、「恋人までの距離(ディスタンス)」という恥かしい邦題の映画の続編である。元々の題は、「ビフォア・サンライズ」で、今度は「ビフォア・サンセット」という分かりやすいタイトルだ。配給会社が勉強したのか、あるいはアメリカの配給会社から釘を刺されたのか、今回は恥かしい邦題はつかなかった。

         この作品はパターンで言えば3番目に相当する。前作で、言ってしまえば行きずりの恋に落ちた男女はラストで再会を約束して終わる。果たして二人は再会したのかどうなのか、とても気になるところではあるが、それは視聴者の心の中で、と浜村純風にまとめておくのが作り手ないしは受け手としては妥当な選択だろう。1年後二人は再会しましたメデタシ、でも、実は2人は会えませんでしたガーン、にしろ、どっちにしろ白ける可能性はかなり大であるから、相当挑戦的な映画であるといっていい。結論というか評価を先に書いてしまえば、そこらへんをなかなか見事にクリアした佳作である。

         舞台は「あれから9年後」というもうちょっとで渡辺美里の歌になりそうな設定だ。丁度前作が作られたのは9年前なのでそれに合わせたという意味もあるのだろう。

         男も女もそれぞれそれなりに歳を食って、パリで再会する。男はあと二時間もしないうちに飛行機に乗らないといけない。その限られた時間、2人はパリの街を歩きながら延々喋り続け、特に何事も起こることなく終わる。前作と同じパターンなのだが、それでもラストでクライマックスのあった、もう1つ言えば、日の出までの話だけど、日が昇ってからの話もちょっとはあった前作に比べ、「飛行機なくなるわよ」「知ってる」という会話で唐突にエンドロールになり、日没にすら至らない今作は何も起こらないこと甚だしい。私はなかなか楽しんだが、それでも「終わりかよ」と口に出してしまった。なので戸惑った人も多かったのでは?という疑問があり、「佳作」と評した。

         では少なくとも私は何が面白かったのかといえば、「恋愛とは傍から見れば平坦だけど、当人たちにとってはドラマチックだ」という前作で見事に描いたことを、再びうまいこと提示してきたからだ。
         男は言う。「僕は銃や暴力とも無縁で、国際陰謀やヘリの墜落も無縁だ、ありふれた人生だが主観ではとてもドラマチックだ」。まさしく小欄で以前述べたようなことをズバリ言い当てたような台詞で、大抵の人には当てはまる人生観だろう。誰にでも当てはまることだからこそ共感も呼べるというわけだ。

         勿論、旅先で誰かと恋に落ちた経験のある人は、まあ旅っていうのはそういうもんだから、そんなに珍しくはないかもしれないけど、その相手と9年たって再会するなんてことはあんまりないかもしれない。あったらあったで過去の火遊びが蘇ってくるだけで迷惑だという人もいるだろう。それでも、昔の恋を忘れられないというのは大抵誰でもそうだろうし、過ぎ去ったはずの昔話化していた恋が、再び何らかのリアリティを持って心を支配してきたという人もいるだろう。男はこの9年間、未練を消化できずにいて、女はとっくに過ぎ去ったはずの話が、実は自分も傷ついていたことを知る。そして男は「君と会えてよかった」とばかりにこの街を去り、女は相変わらずここで生活していく。何だか自分の人生にもかするようなかすらないような。そんな些細なドラマと共感がとても心地いい作品なのだ。

         9年たって生まれたこの続編。逆に言えば、9年かかってようやく続きが出来たということなのだろう。監督もインタビューで「直後の話を描くつもりはなかった」というようなことを述べているが、やはり物語の「その後すぐ」を作るのは、相当に無理がある作業なのかもしれない。問題は9年前の話を誰が覚えているんだということだと指摘できなくもないが、人生なんて割かしあっという間である。外タレバンドなんぞは普通にそういうことをやっていて、プロディジーは昨年6年ぶりに、ストーンズは8年ぶりに新譜を出した。15年たっても何も出ないガンズアンドローゼズはとっくに狼少年化しているが、それでも出せばそれなりに売れるだろう。10年たたないうちに忘れ去られるようでは、最初っから続編なぞ不要なのである。

        「ビフォア・サンセット BEFORE SUNSET」2004年アメリカ
        監督:リチャード・リンクレイター
        出演:イーサン・ホーク 、ジュリー・デルピー


        【映画評】恋人までの距離(ディスタンス)

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           「邦題で損をしている映画」といわれている。原題は直訳すれば「日の出前」。なんだか島崎藤村みたいで内容を誤解される恐れがあるから、別の題をつけるという選択肢が仮に正しいとしても、あまりにダサいタイトルである。原題をそのままカタカナ表記にする今の手法もどうかと思うが、「こんなのが今の世の中ウケますよ」という猿知恵は、時代の経過とともにあっさり色あせる。ビデオ屋で借りるとき、凄く恥かしかった。

           ドラマチックな恋がした〜いという女性は少なくないのだろうが、それほどみなさんが普段しているのはクスリともしない恋愛ばかりなのだろうか。そりゃ死んだと思った男が記憶喪失になって現れたり、愛の告白をしようと男がダンプに突っ込んだり、なーんて経験をしている人はまずいないだろうが、それなりに話のネタになるくらいの恋くらい、健全な男女であれば誰しもしているのだ。

           特に意識したことなかった異性がある日急に素敵に見えたという、1993年に局地的にヒットした歌の歌詞のような場合もあるだろうし、初対面の異性と不思議なくらい意気投合したということもあるだろう。こいつ俺のこと好きなんちゃうか、と思わせるフトした仕草にドキリとしたり、いざ告白しようとするときの緊張感も(結果OKであれば)それなりにドラマチックで楽しい。要は恋愛というのは、それ自体がそもそもドラマに富んだ行為なのだ。

           それに気付かず、つい記憶喪失の青年との再会を夢見てしまうのは、当人に妄想壁があるということを除けば、彼女たち(もしくはちょっとイタい彼氏たち)が願望の拠り所としているラブストーリーが基本的に色んなことが起こりすぎだからである。好きになった、だけでは話がもたないから、三角関係四角関係は当たり前、誰か死ぬのも当たり前、場合によってはタイムスリップも宇宙人もアリてな具合である。こういう陳腐な展開の何に憧れるんでしょうかね。個人的には歳のせいか、こういう構図の何が面白いのかよくわからなくなってきた。

           本作は、そういう余計な話が一切ないという点で、異色の恋愛モノといえる。旅先のウィーンで出会う男女、という設定がちょっと「冷静と情熱の間」チックで寒いといえなくもないが、その他はいたってシンプルである。

           旅の男が、同じ列車に乗り合わせた女をナンパし、ウィーンで途中下車して昼過ぎから夜明けまで過ごす、それだけの話だ。別にそこで昔の恋人がバッタリ出てきて話がヤヤコシクなったりとか、2人が大喧嘩して別行動に出たところでロシアマフィアの人さらいが彼女を拉致し、なんてこともない。ただ2人が、たまに地元の変な人と出会いながら、会話を続けて、そのうち互いに惹かれあっていく、というそれだけのストーリーである。これが実に面白い。恋愛はそれ自体、勝手にドラマであるということをうまくすくいあげた作品なのである。特にハラハラすることもないから、ゆったり腰掛けジャスミン茶でもすすりながら、男女の心の機微をうふふとしっぽり味わえるというわけだ。

           男はナンパをした方だから、彼女に気があるのは自明だ。とはいえどこまで本気なのかはよくわからない。女はナンパに乗った時点で脈アリとみても良さそうなのだが、序盤で唐突に「キスしたい?」と聞いてくるあたり、からかってるのかどうかよくわからない。2人は互いに距離を測りかねているのか人生についての話を延々と続け、口説き文句は特に出てこないので、好きなのかどうかもはっきりしなくなってくるのだが、大抵惚れあう男女の始まりはこんなもんだと思い出させる。

           しかし期限は迫ってくる。始発の時刻には、彼はアメリカに、彼女はフランスにそれぞれ帰る予定なのだ。このまま夜を終わりたくない。当然のごとく互いに盛り上がり…、キャーってなもんである。ラストは「まあそりゃそうだわな」と、理屈で見えにくくなっていた必然の選択肢を取るからなかなか清々しい。

           多少胸をかきむしられる部分がないではないが、涙が溢れて止まらないということもない。いってしまえば地味なラブストーリーだが、ここまで面白いのはなぜだろう。答えは既に書いた。恋愛というのはそもそもがそれなりにドラマチックだと思い出させてくれるからであり、それを成功させている、微妙な役者の息遣いや、細部まで作りこんだ演出であろう。目立った話のない話は面白い。それに気付くと見る映画の幅もぐっと広がるよ。ということで、私も新しいコヒを見つけにウィーンにでも旅立つとします。

          「恋人までの距離(ディスタンス) BEFORE SUNRISE」1995年 アメリカ
          監督:リチャード・リンクレイター
          出演:イーサン・ホーク 、ジュリー・デルピー 、エルニ・マンゴールド


          【映画評】ショコラ

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              俺が小学校高学年のころ、「キン肉マン」が最も人気のあるマンガの一つだった。しかし俺の母親はこのマンガを嫌悪していた。理由はよく知らない。生理的に好かなかったのだと思う。なので母親に遠慮して俺は暫くキン肉マンを読まずにいた。くそ真面目な子供だったのである。

             単純に一人でやせ我慢しているだけならいいのだが、感情がねじれて「こんなマンガはくだらない」と読んでもないのにクラスメイトに吹聴していた。結果、流行に抗し切れなくなったとき、俺は母親からもクラスメイトからも隠れて読む羽目になった。で、読んでみたら面白い。「禁断」のマンガだったから余計面白かった。ひょっとしたら「得をした」ともいえなくもないが、要するにクソ真面目は余計な回り道をするものなのである。――蛇足だが、大人になって読み直してみたら、巷間言われてるほどの面白さはもはや感じなくなっていた。

             もっといい例が呉智英の本にあった。とあるモノ書きが、小人プロレスを観戦した。周りの客はゲラゲラ笑っているのに、このモノ書きは笑うことができない。あからさまに差別的な見世物に、彼の人権意識あるいは道徳、良識ががストップをかけるのである。結局彼は何かの調子で笑うようになり、「笑われるショーに生きる小人を認めるべきだ」と結論付けるのだが、金払って見てるんだから笑えばえーやん、という至極単純な答えに辿り着くまでこれまた余計な遠回りをしたというわけである。ゴチエイ曰く、人間は人権イデオロギーとは整合関係にはありはしない。うまいことを言う。

             ショコラに登場する村長も、余計な回り道をする。厳格な戒律が支配するフランスの片田舎に、ある日旅の母娘がやってきてチョコレート店を開く。丁度村は断食の期間にあたるため、これが厳格が服を着て歩いているような村長の神経を逆撫でする。村長にとってさしずめチョコは悪魔の誘惑である。頑なな「良識」でもって村長は、あの手この手でチョコ屋を妨害するのだが、奮闘も虚しく村民が一人また一人と悪魔の虜になっていく。ヤケクソでチョコ屋に不法侵入する村長だが、何かの拍子に口に入ったチョコは、これが至極単純に甘くて美味しかった。キン肉マンと同じように、もしかすると得をしたといえなくもないのだが、クソ真面目が余計な遠回りをさせたというわけである。チョコの甘さに気付いたときの、村長の曰く言い難いやるせない表情と嗚咽が、良識という檻の強固さを感じさせてやまなかった。名演技である。ジョニー・デップの相変わらずの悪っぽい魅力にだけ目を奪われず、この村長を見て欲しいと書き留めておく。

             しかしここまで述べておいて何なのだが、戒律よりも個人の素直な欲求に従うことをよしとするこの映画が示した物語も、一方では危なげであることも我々は知っている。猿の惑星の猿たちは、欲望のままに生きて、ついには絶滅してしまった人間たちの轍は踏むまいと、人間が生きた記録が残る場所を「禁断の地」と名づけて封印し、戒律でもって猿たちを統治した。もしそこにチョコ屋が現れたら猿たちはどうするのだろう。ちなみに仏教の4本柱、円、戒、律、密の中で、浄土真宗の開祖・親鸞が最も詳しく学んだのが戒、すなわち戒律である。浄土真宗は俗世間ではなんでもアリと見られていることが多い。結局親鸞は戒律と欲望の合間をどう埋めることに成功したのか?残念ながらそこまで勉強家ではないから、あとは読者に委ねる。


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