数珠を買う

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     昔々、親が買ってくれた数珠をどこかにやってしまって久しい。急に必要になって適当に量販店で買った安物も行方不明のまま。信心深くないどころかずぼらこの上ない。その後何度も必要なときがあったが、実家にあるやつを借りる等でテキトーにやり過ごしてきていた。


     しかし盆を前に、さすがにアカンやろという気がにわかにしてきて、手ごろなものを買おうと思い立った。多分、体の細胞がすっかり入れ替わって軽く別人になったのだろう。検索すると梅田周辺よりも京都の方が店が多そうだった。イメージ通り。仏教勢力がそれだけ強かった名残りだろうか。商人は今宮戎に代表されるようにどちらかいうと神社好きだし。

     

     数珠を手首につける趣味もないので自分で買うのは初めてだ。暑すぎるせいか予想よりも人が少ない四条通を歩き、お、あそこだと敷居をまたいで店の奥にいる主人に「数珠下さい」と話しかける。
     「えーっと、どんなやつ」
     「高くないやつで」
     「略式?」
     と早速話が噛み合わない当方の無知ぶり。ついでに略式の意味もよくわからず、「ですね」と頷いている。「略式ならこの辺」と、店主が示す先には、千円以下のもあれば、3千円程度のものもある。ガラスケースに入っているのはゼロが1個多いやつだろうから最初から見ない。
     「宗派の違いって何かあるんすか」
     「宗派の違いがないから略式」

     

     横浜国立大学って私立ですか?っていうくらい阿呆な質問をしてしまったようだ。店主は「宗派の違いでいうとこっちなんですけど」と別の方を指し「何宗?」と聞いてくる。「浄土真宗です」と答える俺は、浄土真宗などちっとも信仰しておらず、単にイエがそうだからという日本社会そのままの立ち位置に過ぎない。世界史で、カトリックとルター派が対立したとき、個人ではなく領邦単位で信仰の自由を認めるアウグスブルクの和議というのが出てくるが、案外合理的なのかもしれないという気がしてきた。


     「浄土真宗の場合はちょっとややこしくてね」と、宗派別の数珠を取り出し、これがそうなんだけど女性用しかない。なので男性は必然的に略式になる、とのことだった。そういえば母親だけこういう玉が小さくて輪っかがやたらとデカいのを使ってたな……。
     というわけで晴れて略式を物色することに。値段の違いは何なのか尋ねると、房の素材が絹かレーヨンか、が一つ。「ほら、手触りが違うでしょ」と言われて「なるほど」と頷くけどイマイチわからない。化学の力! 「あと間に石が入ってます」。そういや数珠は山手線の東京駅と新宿駅に該当する場所に素材の違う色のついた玉が入ってたな。


     不信人者には安物で全く構わないのだが、せっかくこんな店に来て勉強して「じゃあこの最安値のやつで」はないだろう。なので絹&石の方を購入した。「今すぐ使いますか?」と聞かれ、盆に慌てて間に合わせに来た客と思われたようだがそれも当然といったところ。

     

     いやあいい加減、自分でそれなりちゃんとしたのを買わないといけないと思いましてえへへうふうと何の言い訳かよくわからないことを言ったら、「値段よりもちゃんと使うかどうかでっしゃろ」と御説御尤も。なんだか久々に買い物らしい買い物をした気分だった。


    【やっつけ映画評】ニッポン国VS泉南石綿村

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       少し前に、裁判所の採用試験を受ける学生の面接練習を受け持った。裁判官ではなく事務職員の試験。日程的に受験可能なので一応、という人もいれば、第一志望な人もいる。なのに全員判で押したように同じようなことを言うから、おいおいちょっと待ちなさいと、まあそんな仕事をしてきたわけだが、その「同じような話」のうちのひとつが、困った人が最後に来るのが裁判所だ(から私は困った人のために働きたく云々)ということだった。

       おそらくパンフレットや説明会でそういう話を知ったのだろう。まさしく裁判所とはそのような場所であるから別に間違ったことを言っているわけではない。のだけれども、現実の姿としては、さてどうなんだろう。

       

       大阪・泉南のアスベスト被害者の国賠訴訟をテーマにしたドキュメンタリーだ。国は危険性を知っていたのに適切な対応を取らなかったと、石綿工場の元労働者や家族、近隣住民らが訴えた日々を撮影している。3時間もあるから長えなあと思ってみていたが、訴訟は8年もかかったから3時間ぐらいでガタガタいうなよという話である。日本では2005年にクボタの工場における被害が大々的に報道されて有名になったが、アメリカではその30年前にとっくに問題が顕在化していて、スティーブ・マックイーンも死んでいる。その上国も50〜60年代には危険性を把握していたらしい。


       監督は原告の一人一人と会って話を聞いていくが、その傍ら、どんどん死んでいく。急に静止画になって「〇年〇月〇日、死去」と字幕が出てくるからまるで「仁義なき戦い」だが、「仁義」よりたくさん死んでいく。こんな撮影していたら、そのうちメンタルやられて寝込むんじゃないかと思いつつ、亡くなる人のほとんどが俺の母親より長生きだったから、なんだかなーとこぼしたくなる自分もいる。不謹慎なボヤキだが、この監督自体、不謹慎でお馴染みの、である。

       

       本作でも婆様の入浴シーンを撮るし、亡くなった原告の死に顔を撮るし、「出たな全身ドキュメンタリー作家」といった様相に膝を打つ。つい笑ってしまったのは、夫を亡くした女性が「大変真面目でいい人だった」としんみり回想しているところで、「酒もバクチもやらず?」と監督が聞き、「いえ、やってましたよ。競馬、競輪、パチンコ」と女性があっけらかんと答えるところ。あんたそれ言わせたんちゃうのん?とつい穿ってしまった。


       この地で石綿産業に従事していた人の多くは在日コリアンで、狷本だった畛代に仕事を求めてやってきた歴史がある。監督はその歴史にも関心を抱いたようだが、話はあまり広がらない。この映画は淡々とこの調子のまま裁判の過程をたどるだけなのだろうかと思ったところで、一人の男が奥崎健三ほどではないにせよ、なかなかのアグレッシブな行動に出る。

       

       


      映画の感想:search/サーチ

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         映画館で見るよりもパソコン画面で見た方がより楽しいという珍しい作品だった。全編パソコン画面上だけで構成されている異色サスペンス、という売り文句がどういう意味なのかよく理解できなかったのは、自分のPCの使い方がいかにアンシャンレジームなのかという証。20代の監督による作品だそうで、なるほどこれがデジタル世代の感性か!と思ってしまいそうになるが、スマホの普及で今時の学生はPCに不慣れなのも珍しくないから時代はすでに次のステージに移っているのだった。


         伏線をしっかり貼って見事に回収している非常に出来のいいサスペンスで、「パソコン画面」の枠内で収めている割にはプロット自体にことさらデジタル感があるわけではない(モデルに気づくシーンはいかにもインターネット的で面白いが)。宣伝用の惹句は「手がかりは24億8千万人のSNSの中にある」で、いかにもSNS社会の病理!みたいな印象を抱いてしまうが、全然そんな内容ではなかった。これもまた時代の流れ、デジタルの浸透度合いといったところか。


         高校生の娘が行方知れずとなり、手がかりを求めて父親が娘のSNS等々を調べていくと、父の知らない娘の姿が明らかになってきて…、といったストーリーだ。いざいなくなってみると、娘について知っていることがほとんどないことを痛感させられていく様子が、同世代のおっさんからするとなかなかにツラいものがある。

         この父親は愛妻家で、割とマイホームパパでもあると察せられるから、世間基準では全然ましな父親だと思うが、それだけに余計。父親が娘の期待を思い切りハズすことを言うシーンなんか、ぎゃーって言いそうになった。この辺りの家族の描き方がしっかりとしている点が作品に厚みを持たせている。そしてそれが真相部分にもしっかりと関連しているため、本作は傑作たりえている。以下ネタバレ。

         

         


        【やっつけ映画評】パッドマン 5億人の女性を救った男

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           文学部の出のくせに、理系学部の大学生相手に授業をしたことがある。1回生が相手なので俺でもどうにかなった(と思う)。その中で、学生自身に何がしかの科学的検証を、自分で方法を考えてやるよう課題を出した。「ためしてガッテン」あたりでやっているようなことと似たような行為をイメージしてもらえばいい。

           すると、多くの学生にとってはまず、何を検証するのかのテーマを見つけるのが難しいわけだが、さらに難しいのは、どうやって検証すればいいのかの方法を考えることだった。

           

           差し障りがあるのでたとえで説明すると、「飲酒運転の危険性を確かめるため酒を飲んで運転する」といったようなそのものズバリの方法が試せない場合にどうすればいいのかというようなことだ。

           この場合、別に運転しなくても酒に酔った状態で何らかの認知検査や運動検査をすれば一定程度証明できる。こんな程度なら言われなくても最初からわかると思うかもしれないが、フリーハンドで考えようとするとかなり難しい。その上、酔った状態で四則演算テストのようなことをして「ほら、しらふより正答率が低いでしょ」という結果になったとしても、それが運転とどう関連するのかとなると途端に怪しくなる。科学的方法とはなんぞやを問う、我ながらなかなか面白い課題だと思ったものだ。

           

           パッド=生理用品を作るインド人の物語だ。冒頭、「事実に基づくが脚色してます」といったような但し書きが示される通り、特に中盤以降わらしべ長者的な展開がとても楽しい。クライマックスの演説シーンも、一人芝居よろしくかなり長々と喋る&単調な編集で演出少な目なのにぐっと惹き込まれ、劇中の聴衆とともに拍手したくなる見事な場面だった。


           というのもこれが単なる発明物語ではなく、月経をケガレと見るインド社会の因習との戦いのドラマこそがメインテーマだからだ。簡単にいえば人をたくさん救う話で、だから有名ヒーローになぞらえたタイトルになっている。女性を抑圧する因習VS科学。だけどそれをやろうと思ったら、科学的態度とは何ぞやがまずは問われるこになるんだなと思いながら見た。

           

           工場の腕利き工員ラクシュミは相当の愛妻家で、妻が玉ねぎを切って涙を流しているのを見て玉ねぎ切りマシーンを作るくらいやさしい。その延長線上の愛情(もしくは義侠心)で新婚の妻のために安価な生理用品を作ろうと決意する。当時の(30〜40年くらい前の話かと思ったら2001年の話だったのでビックリ。それでももう20年近く前かあ…)インドには輸入物の高級品しか存在しない上、妻はじめ多くの女性が雑巾状態の布をあてがっていたため不衛生で感染症の危険性もある。その上、生理期間中は家に入れず座敷牢ならぬベランダ牢のようなところで過ごさなければならなかった。
           何もかも不合理なのでラクシュミは「妻を救うぞ」と奮起するのだが、ここでまず難関になるのが試作品がちゃんと機能するかどうかのテストだった。

           

           最初の試作品は、ロリエのCMのまさに正反対の結果となり大失敗。妻は「恥ずかしいからもうやめて」と協力してくれなくなるので、ラクシュミは町ゆく女性に「試してくれ!」と体当たりし、変質者扱いになる。序盤のこの苦闘シーンは、ラクシュミの純粋まっすぐぶりが危う過ぎて見ているのがツラい。
           ここでの彼の態度、すなわり製品テストを行うためには生理中の女性の協力が不可欠と思い込んでいるのは、飲酒運転の検証のために実際飲酒運転をするようなものだ。別に運転しなくても確認のしようがあるのと同様、他に試す方法はいくらでもあるはず。優秀な工員なら気づきそうなものだが、彼は学校を出ていないので部分に分解して足し合わせればよいという要素還元主義的な科学の基本姿勢みたいなものが発想できないのだろう。授業を受けてきたはずの学生でもそうなんだから難しいのは当たり前だと思う。

           後に大学教授から製造機を紹介されたとき、それを部分に分解して理解したり、圧縮の方法に悩むときにチャパティ的なものが凹むのを見て閃いたりするシーンは、それだけにかなり象徴的なシーンになっていると思う。

           

           


          映画の感想:この世界の片隅に

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             話題作をテレビ公開でようやく見るいつものパターン。綺麗に描かれた戦前の街並みだとか抽象画的な死のシーンだとか印象的な場面が多く、さすが日本のアニメだと思った。 

             

             日常の延長線上に戦争があったという本作の描き方は、戦争をとらえる上で重要だと思う。

             NHKの朝ドラが代表格だけど、戦時を描く場合によく批判されるのが、主人公たちの言動が戦後の価値判断に沿って描かれている点だ。大抵は戦争や戦時体制について疑問を抱いていたり反発していたりする。だけど、特に実在の人物がモデルの場合、事実は正反対だったということがある。「いだてん」でも、満洲事変後、主人公が勤務する朝日新聞が軍部の突き上げを恐れて反戦的な論調を取りやめる判断を下したシーンがあったが、現実には当時の報道機関は積極的に賛同していて、そこに保身のポーズがゼロだったとは言い切れないにしても、それがメインの理由ではなかった。


             本作の場合、現代からの視点を極力排除して当時のリアルな様子を描くことに腐心していて、事実の取材ぶりも徹底している、らしい。特に軍備関係は疎いので、あれが現実の様子だったかどうか俺には判断できないが、監督インタビューなんかを読むとそうらしい。
             俺でも知っているようなことについてもろくに説明がないので、よくわからないまま見過ごした点もたくさんあるだろう。終盤で太極旗が掲げられるシーンは奇しくもタイムリーになってしまっているが、その後主人公が言う割と重要そうな台詞の意味は、当時の半島支配の目的の一つが「米」だったという事実を知らないとよくわからない。たまたま知っていてよかった。精読のように精鑑賞する教材としては格好の作品だな。

             

             「戦時中」というとつい殺伐とした統制社会を想像してしまうが、世の中がああいう様子になったのは大戦末期のこと。現実には、今まで通りの日常生活が、いつの間にかこれまでより苦しくなっていき、いつの間にか物資が入手しにくくなっていき、いつの間にか物言えば唇寒し秋の風になっていき……、といった具合だった。

             主人公の義姉はモダンガールだったという逸話が序盤で「古きよき時代」的な調子で紹介されているが、実際には、都市部ではああやって華やかな洋装に身を包み、フォークとナイフでカツレツなんかを口にする傍らで、「国民精神総動員」といったいかにも戦時な垂れ幕が掲げられていた。相反しそうなこの2つの要素はある時期までは同居していたのである。

             

             同時代感を出そうという描き方の意義は、この時代が特異点でも何でもなく、今後もいくらでも起こり得ることだと感じれることにある。奇しくも其之二、この放送があった日、愛知県の芸術祭で、「展示が中止になったり不許可になったりした作品の展覧会」が中止になるという悪い冗談のような出来事があったが、展覧会の主旨から明らかなように、すでに「展示できなかった」という事実が日本社会に積み重なっているので特に驚く事態ではない。それこそ今の日本も「いつの間にか物言えば〜」になっているわけだ。

             

             どうしてそうなるかといえば、国民がそれに積極的に加担するか黙認するからだ。本作の主人公すずは、「いつもぼーっとしている」という設定で、「鈍感力」よろしく控え目ながらも逞しいキャラが魅力的なのだが、現状に大して特段疑問も文句もなくつましく暮らしていることで黙認ないしは消極的に加担していることになる。それが玉音放送を聞いた後の、戸惑うくらいの彼女の激昂につながっている。
             あのシーンまでは、戦争が天災のような抗えない仕方のないもののように描写されている点が本作の弱点だなあと思いながら見ていたのだけど、あの喚き散らすシーンを見て、彼女自身も初めてこれが「人間の判断でどうにか出来ることだった」と知った、もしくはうすうす感づいていて加担していたことについて明確に自覚的になったかしたのだろうと思う。

             

             くだんの展示企画では、市長が中止を求める、それも展示内容が自分の主義主張と相容れないから、というの内容の是非とは別次元で完全アウトな行為を堂々とやらかしている。それ憲法違反じゃん、という点でここが最大の問題点だが現時点で非難は弱い(「野党がだらしない」ならぬ報道がだらしない)。こういう一個一個の積み重ねなんだよなあ。現代アートはそもそも人気がないし、慰安婦と聞いて沸騰はしなくても何か面倒臭そうだから避けておこうくらいの忌避感を持っている人は多いだろうから、さして関心を持たれない案件だと思う。だけど、こういうのが積み重なってそのうち自分の守備範囲も浸食してくる。そしてそれは天災でも何でもない。と、本作は教えているのである。


             

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