【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(16)Hands Clean

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     一通りの仕事を終えたら、頭がくらくらして気分が悪い。これは熱中症だと思った。気温は日本と比べてそう高いわけではないが、いかにも赤道近くの低緯度地域。日差しがキツい。それで水分を補給しつつ、クーラーで涼むのだけど、段々体調がおかしくなってくる。現地仕事の通訳を担当した女性陣とランチにいくことになったが、今度は胃が痛くなってきた。
    手羽元が埋まったドライカレーのようなメニューだった。本来なら美味そうなご飯料理だが、食べれたのは少しだけ。場の空気も遠慮気味になり、申し訳ない限り。

     

     ところでこの料理は、深さのある円形の器に盛られている。こちらの感覚からすると、炒飯と同じくスプーンを突っ込んで食べるだけなのだが、現地の人はそういう食べ方はしない。大皿に一旦載せてから食べる。取り皿ではなく、お盆のような大きな皿に豪快に移すのである。その方が手を使う場合は食べやすいということか。とにかく不思議な作法だ。

     

     「めぐり逢わせのお弁当」でも同じような場面がある。ヒロインたる主婦が作った弁当が、配達業者のミスで赤の他人に届く筋立てだが、この弁当は、金属製の小さな重箱を5〜6段重ねた構造で、1段に1つおかずが入っている。分解して並べれば、料理の入った器が並ぶ格好になるが、そのような食べ方はしない。社員食堂に備え付けた大皿を一枚持ってきて、その上に一品ずつ並べてから手をつける。この弁当を間違って受け取った男性が、四角四面の堅物という設定なので、このようなひと手間をわざわざ挟むのかと思って見ていたのだが、どうもそうではなく、インドではこれが普通の方法らしい。

    地面にある黄色い物体が車と人。縮尺がおかしい。写真には収まりきらない膨大な風車が回っている。これで原発もあるから欲張りだ。

     

     食べ終わって(俺はかなり残したが)、せっかくなのでと近くの景勝地に案内された。インド南端のカンニャークマリ。逆三角形の頂点に位置するコモリン岬がある。車を降りるとまず目につくのは、ガンジー記念堂だ。彼の遺灰はこの岬から海にまかれたという。元気がないので全く見る気が起こならない。軒を並べる商店で、女性陣がマンゴーを買って一切れ手渡してくれたが、若い瓜のようで青臭かった。こちらでは熟していないマンゴーを食べる習慣があるそうだ。

     ベンガル湾とインド洋とアラビア海の3つが交わる場所というのがこの岬の触れ込みである。三方に海が広がっている景色は見事だ。東の沖200mほどのところの小島にはヴィヴェカーナンダ記念堂がある。高名な宗教家が瞑想したありがたい場所らしいが、高波が岩礁に打ち付ける様子にアルカトラズ刑務所にしか見えない。記念堂の隣には巨大な像があるが、例によって修復中である。あれは何だと聞くと、「〇〇(聞き取れず)ですやん」と、自由の女神を指して「あれ何?」と聞いているような、わかりきった質問に対するぞんざいな返答だった。後で調べたら、ティルヴァルヴァルというタミルの詩人の像とのこと。インドの自由の女神との異名もあるそうで、なるほど道理でというほかない。

     

    オレンジの旗が、海の境界を示している。
     


    【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(15)Photograph

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      通学時間帯で、登校中の少年少女が多い。

       

      カラフルな家だらけ。

       

      休憩で立ち寄った、日本でいうドライブイン。手前のトンガリ帽子はドーサという南インドのナン的なもの。パリパリのクレープといったところで、後日食べたが美味かった。このように盛り付ける作法で、中身は空。

       

      木も山も馴染みがない。

       

      川はほとんど「地獄の黙示録」

      どうやって乗車したんだろう。

       

      最初の目的地。

       

      教会内部。現れた係の人は、カラマーゾフの父のような恐ろし気な風体の男性だった。

       

      原色が軒を連ねる。

       

      地元の人によると密漁らしい。

       

      そんなこんなで仕事の成果(写真)。正方形にトリミングしやがって、と一丁前の文句が出るほど汗だくでお勤めしましたよ。本当は美浜みたいな写真を撮りたかったけど、諸々邪魔して角度的に無理だった。

       


      【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(14)Whiskey in the jar

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         ホテルの近くを散策したが、商店は多いものの恰好の飲み屋は見当たらない。食堂はあるが満腹なのでパブ的なところを探したわけだ。インドは宗教的事情で酒を飲まない人が多く、州によっては禁酒法なところもある。ただしこの南インドは、キリスト教の人も多い(かのサビエルも一瞬ゴアを訪れている)から、デリーとは少々事情が異なる。一軒「Beer & Wine」と看板を掲げた店があったが、入口が暗くボロい雑居ビルの奥にあり、外からは全く見えないから怖くて入れなかった。

        市内のキリスト教聖堂

         

         諦めてホテルのラウンジで一杯ひっかけることにした。歩き疲れたので甘く爽やかなものが飲みたくなった。南国らしく、カウンターの奥にはこれみよがしに果物が山盛りに置いてある。あれを絞ってウォッカか何か入れてカクテルにしたら美味しそう。それで、フレッシュフルーツジュースでカクテルを作ってくれとバーテンに注文したら「は?」という顔をされた。「こいつマジか?」という様子。英語の問題ではなさそう。

         

         昔、知人が奄美大島の居酒屋で「れんと(焼酎の銘柄)水割り」と注文したら、店主が困惑したままグラスに「れんと」を入れて、水道水をジャーっと注いで出してきたという話を思い出した。現地の人にとって「れんと水割り」は「ビール水割り」くらい初耳の注文だったと推測される。

         

         客と店という関係上、分かり合えないまま頼まれたものを一応は出してくる。この一方通行なやり取りはいわば異文化直流であり、今この場の俺とバーテンも、異文化直流をしている。

         

         ところでバーカウンターで酒となると、煙草がセットになりそうなところ、こちらでは屋内はいずこも禁煙である。一応ホテル自体に喫煙コーナーはあるが、煙草が吸える飲食店はない。こういう事情なので、日本においては「禁煙(ないしは分煙)が世界最低レベルだから」と厚労省が飲食店での禁煙を法律で定めようとしている。ところがここにはトリックがあって、日本の場合、割と全体的に厳しい一面がある。市街地の路上は禁煙条例があり、そのエリア外でも路上喫煙ははばかられる空気があり、マンションは禁煙のところもあるし、そうでなくてもベランダに出れば隣から苦情が来ることもある。「全体でみると世界でもかなり厳しい方」という指摘をネットで読んだことがある。真偽はさておき、少なくともインドの場合、屋内の喫煙は禁止だが、路上等屋外では完全にフリーで、日本より格段にユルい。これまた宗教上の理由で喫煙者が少ない、とガイドブックには書いてあるが、路上で煙草をふかしている人間は少なからず見かける。メリハリがハッキリしていて、この点日本よりははるかに楽チンである。ま、「煙草の煙より自動車の排ガスの方がよほど害だ」という嫌煙家へのよくある反論も、インドの場合は日本より遥かにリアルという面もあるのだが。

        ATM。怖い。

         

         翌朝、俺はトイレでビロウな音を立てていた。来るべきものが来たらしい。ただ、ことを済ませると収まった。中国でも同様の軽い下痢に見舞われたが大事には至らなかった。想定の範囲内というやつだ。朝食ビュッフェは、香辛料以外のものを食べ(一応あった)、特に問題なく出発した、と思っていた。

         運転手のアンブさんは、昨日の大野治長とは違い、いかにも優秀な偉丈夫だった。ただし運転はインディアンスタイルで、一般道で二重追い越し(追い越しをかけている車をさらに抜こうとする)は怖い。カーブで追い越しをかけようとして、陰から対向車がぬっと現れるともっと怖い。思わず「わ!」と息をのむと、大袈裟だなあとばかりに笑われる。「日本はもっとゆっくりなんだってな」とこちらの交通事情を知っている様子で、何かにつけて、経験豊かな感じが顔を覗かせる。

         

         インドでは、悪徳タクシーがよく使う手口として「道路が封鎖されている」と嘘をついて違うところに連れて行くとガイドブックでは紹介されているが、実際に道路の封鎖は珍しいことではないらしい。この日も幹線道路が一部陥没か何かで封鎖になって、山道を迂回することになった。沿道には、日本でいうところの山村の家々が並んでいるのだが、ピンクだの黄だの緑だの、とにかくどれも派手である。人々は、デリーと違って、優しい顔つきが多く、カメラを向けると笑ってくれる人懐こさもある。黒い肌もつやつやしていて印象的だ。大量のヤシとあわせて、いかにもイメージ通りの南国で、気分は弛緩してくるが、運転が気を引き締めてくれる。

        道中、だいたいこんな感じの街と山道が交互に繰り返す。

         

         D氏に電話があり、相手はこの先落ち合う人のよう。「道路事情が少し悪いので、もしかして遅れるかもしれません」。余計なことをいうものだから、アンブさんが余計にアクセルを踏み込むこととなった。


        模範盆

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          当家の墓ではない。

           

           姪が中3で受験を控える身となっている。こうなると親としては急に信心深くなるようで、「ご先祖様にお願いせねば」と、親族の墓を訪ね歩くことになった。それでなぜか俺が姪を連れて行くことになった。
           

           父方祖父母の墓は、父親の実家の裏手の山にある。今は伯母が一人だが、盆なので親戚が来ていた。うち1人は従兄の娘で、前に会ったのは高校生のときだったか、もう大学生になっていたか、とにかくずいぶん月日がたっている。年を聞いたら25と言われてのけぞった。まあ、俺が四十を超えているのも、伯母にすればのけぞることだろうが。

           

           年を取ると親戚に会うのが平気になる。若いころは何を話せばいいのかわからず、ときに結構苦痛を感じることもあったが、最近はすっかり気楽なもんである。要は何も考えなくなってアホになってきているということかもしれない。思春期真っただ中の姪は、まずどういう顔つきをしていいかから悩んで苦しそうである。25になったという従兄の娘氏も、屈託なくよく喋ってくれる。理学部の博士課程にいるという。昔、兄が大学に入ったときは、別の親戚の伯父さんが「末は博士か大臣かやな」と純度100%の昭和な喜び方をしていたが、結局兄は博士にも大臣にもなっておらず、ただの清く正しい会社員である。そこへいくと、彼女は本当に博士の道が開けている。ただし理屈上はというだけで、研究職は席が少ないから厳しいのは周知の通り。しかし、特に理系の場合は海外も視野に入るだろう。と無責任な外野は「海外行こうぜ海外」と煽るのである。

           

           この親戚に限らず、わが一族は算数理科が得意な人間が多い。その中にあって俺は文系分野の仕事を選んでいるが、高校時代は理系クラスに所属していた。さかのぼると、目の前の墓に眠る祖父に行き当たる。姪にとっては曽祖父に当たるが、大抵の人間にとって曽祖父は記号にしかすぎず実態を伴って想像するのは難しいものだ。「数学が得意な人やったんやで」と吹き込むも、姪は「ふーん」と相槌を打つのみである。姪も算数が得意なようだが、反面国語や社会は嫌いな様子。俺にとっては残念なことだ。問題集を見て、日本史の問題を振ると迷惑そうな顔をする。それでもこういう場であるからお節介叔父は歴史講談を続ける。

           

           ちょうど昨日見た姪の塾の宿題は、満洲事変の辺りだった。満洲国の建国後、当地には五族協和の実験場たる建国大学が創立された。「虹色のトロツキー」「五色の虹」の世界であるが、こんなことは中学の日本史には(高校でも)登場しない。試験に通れば学費無料で通えるとあって、全国の貧しくかつ優秀な若人が海を渡った。そして目の前のこの祖父も、学問を志し、この大学への入学を希望したのだが、家の事情で受験もかなわず、その上なまじお役所で働くものだから、大卒の人間を相手にずいぶん嫌な思いもしたらしい。

           

           こんな話をすると、さすがに姪の中でも多少は曽祖父のイメージに血肉が通い出したのか、いくつか質問してきたが、俺も祖父の死後に父親から聞いた話だからロクに補足できることもなく「とにかく挑戦できなかった祖父は悔しかったのだから、挑戦権のあるお前は大いに努力するように」と体よく激励につなげて取り繕ったのであった。

           

           翌日、今度は一人で早世した友人の墓参りである。これまで全くそんな機会はなかったのだが、今年は初めてご家族とバッティングした。正確には、俺が先に着いてお参りを済ませたら、見覚えのある壮年の男性率いる家族連れが現れたという流れである。うっかり線香を忘れたのにロウソクはあったので、まあいいやとロウソクだけ灯して花を添えて帰るつもりが、見たことのある家族連れが、今しがた参ったばかりの墓石の前で足を止める。線香はないのにロウソクだけついているから父上が「???」と困惑の表情を浮かべているのが遠目にも見えた。

           やってしまった。

           知らない顔をして去ろうかとも考えたが、こういうのは後で気持ち悪くなる。挨拶に向かったが、「いやあ生来ガサツもので、えへへうふふ」と実に不細工な醜態をさらした。姪に偉そうに説教しても、己の外交辞令は少しも成長しない蝉時雨。


          【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(13)Good Vibrations

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             正確にはスマホによる配車サービスだ。代表は日本でも話題になったUberだ。日本の場合、現状白タク扱いになるので試験導入にとどまり、そうこうしているうちに社員のセクハラパワハラ違法行為と当人のセクハラパワハラ等々でトップが辞任し会社の存続自体が危ぶまれてしまっている。インドではこのUberに対抗して、国内企業も同様の事業を始めている。D氏が手配したのは、OLAという現地資本の配車サービスである。

             

             このサービスのメリットは、インドの場合、トラブル防止になるところだ。スマホで手配する時点で行先を指定し、それに応じた料金が電子決済される。運転手と金銭をやり取りすることはない。このため、ガイドブックにたくさん載っている「勝手に指定した目的地と関係のないところに連れて行く」「料金をふっかけてくる」といったトラブルが避けられる。通信手段の発達の歴史は、常に「面と向かった人間的なやり取りを失わせる」という批判にさらされてきたものだが、温かみのないドライさが解決することもあるということだ。

             

             近場にいるドライバーが手配されるので、到着も早い。現れたタタの小型車は、海辺に向かって快調に走り出した。雑多な活気に満ちた市街地を抜け、整備中の幹線道路を飛ばし、何となく海辺に近付いた雰囲気が漂う曲がりくねった道を右へ左へ。そうして車は停車し、運転手が振り向いた。
             「で、目的地はここからどう行くんですか?」
             振り向いた顔が大野治長こと今井朋彦に結構似ているが、そのような親近感とは裏腹に、彼のこの反応は全くついていけない。
            改めて説明すると、このサービスは、配車を依頼した時点で目的地がドライバーに伝わっている。彼のスマートフォンには、こちらが依頼した行先がナビ付きの地図上に表示されている。つまり我々に道を尋ねる必要性はない。加えて我々は「ホテルから出てきたいかにも外国人風の外見」=「いかにも旅行者」だ。道を尋ねる相手として最も不適当でもある。

             

             というような理路は彼にとってはどうでもいい。道がわかんなくなったからとりあえず聞いた、というだけに違いない。いわばインドお約束一丁毎度に過ぎないのだが、意表を突かれているのも事実だからやっぱり困惑させられる。
             「ナビに表示されてるでしょ?」
             「もうちょっと先ですか?それとも行き過ぎた?」
             「だからナビに表示されてるでしょ。使い方わかりますか?」
             「店の名前は?」
             「それもナビに表示されてるでしょ?」
             「この先?それとも戻る?」
             「こっちは初めて来たんだから知らないよ」
             「店の名前は?」
             「だから! あなたは地図に従いなさい!」
             かみ合わない会話に、D氏の口から日本の英会話教育があまり想定していなさそうな英文が飛び出した。その語彙力(?)もむなしく、運転手は窓を開けて、今度はその辺の通行人に道を聞く。一応運転手は「ナビを見ろ」と言われた後、スマホの画面を触りはするのだが、全然見ようとはしない。その覚束ない様子は、使い方(ないしは見方)を心得ていないのではないかと思えてくる。

             

             タミル語のやり取りに、住民たちは首を振る。店の名前もわかっていないのに、どうやって道を聞いているのだろう。見かねたD氏がスマホで検索して目的の店の名前を確かめる。画面ごと運転手に見せたが、彼が住民たちに聞いたのは「シーフードレストランはどこにあるかわかるか?」(タミル語だが「シーフードレストラン」だけ英語だった)。なぜ業態で尋ねる。なぜ店名を言わない。

             

             絶望的になった約15分後、我々は目的の店の近くに到着していた。どうやって? それこそ「考えても仕方がない」。とにかく着いた。「いやあ、ちょっと間違っちゃって……」と言い訳している運転手にも、一応は気まずさがあったのだろうか。「面倒くせえ中国人客だ」くらいに思われているフシもあるが。

             車止めの先に、海岸沿いの遊歩道がある。この道の奥に目指すレストランがあるようだ。夕焼けにヤシの木。ステレオタイプ通りのロマンチックな南国の海辺――。なのだが、波がやけに高くて怖い。我が故郷の海岸同様、激しく打ち付けしぶきが散っている。20代の放浪中、この海岸で泳いだというT氏はどうやってこんなところで楽しめたのだろう。後で聞いたら「この季節はとてもじゃないけど無理ですよ」と地元民のような口調で苦笑された。秋になると静かになるらしい。

             

             だが本当の地元民は、こんな高波でも平気で釣り糸を垂れているから怖ろしい。いや、日本でも荒れ狂う磯で釣りに興じて死ぬ人がいるから、万国共通か。思い返してみれば俺とD氏もその昔、台風接近中の防波堤で釣り竿を構えて逃げ帰ったことがある。そんな思い出話をしながら、オープンテラスの洒落た店に到着した。いかにも「野郎同士で来るような店ではない」のだが、今時は多様性の時代であるからどうだってよろしい。

             リゾートらしく、他の客は白人系ばかりだった。暗がりにロウソクをともしたムード満点の雰囲気が、我々にはまったく無用なのが悲しいところだ。高波のせいで、椅子もテーブルもうっすら潮にまみれている。例によって英文がたくさん並んでわけのわからないメニューを早々に諦め、優秀そうな店員におすすめを聞いた。魚は何がよいか。その若人は「今日はスナッパーかマヒマヒがおいしいですよ」と言う。

             

             魚の名前は英語だと、マヒマヒのような普段縁のない魚の方が逆にわかる(マヒマヒ=シイラは日本でも地域によっては食べる)。スナッパーとは何だ。ついブラックバスのようないかにもまずそうな淡水魚をイメージしてしまったが、何のことはない、タイのことだった。当然、スパイスまみれで焼いて出てくるが、ふわっとした白身が実に美味。その他、野菜のスープ(要するにカレー)などいただいた。

             外に出ると、オートリキシャの運転手が呼び込んでくる。ホテルまで〇ルピー(忘れた)でいいよ、という。おそらく吹っ掛けているのだろうが、十分安いので交渉妥結、インド名物の三輪車に乗り込んだ。屋根はあるが窓はない。風が気持ちいいのは郊外の空いた道路を飛ばしているからで、デリーだと排ガス交じりの熱風まみれになる。あと振動がまあまあきついので、降りたときにちょっとだけ腰にきていた。



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