左手右手の会議

0

     例年この時期のドラフト会議のテレビ中継がすっかり楽しみになってしまい今年も録画して見た。野球選手の将来がかかった非常に重大な「会議」で、今年のように注目の選手がいると外野の我々もその選手がどこに行くのか気になるという点でも十分にニュースバリューはある。のであるが、外形的にはおっさんがくじ引きしているだけである。これは「会議」なのか?という点からして何だかおもしろいわけだが、感じたことが大きく2つあった。

     

     前にも書いたが、どの球団が誰を指名したのかという根本の情報以外に実況することもあまりないので、右手で取ったとか左でだとか、どうでもいいことをさも重大事のことのように言うのもすっかり楽しみになってしまっている。「お!今年は左で行きました!」と実況が声を張ることからもわかるように、手元にはそういうことを記した資料があるのだろう。意味がないものも継続すると意味が出てくる(現に「また言うてる」と見ている俺が笑っている)。新しい価値の想像という広告屋の得意な手法である。中身はちっともないという点も含め。マルセル・デュシャンの問いかけに対し、後世の人間は「便器」以上のものを探し出すことにいそしむことを選択したといえよう。と、結論づけてから思い返してみると、自分がくじ引きを引くときに、利き手以外で引いたことがない。今度機会があれば左で引いてみようと思う。

     

     清宮を引き当てたのは日ハムで、くじを引いたのは初参戦の木田だった。その新参者が「強者揃いの中で見事!」と実況が興奮していたのだが、くじに「強者」なんてものがあるのか。文脈としては、周りはそれぞれ過去に競合に勝った経験があるから人が居並んでいたから、ということだが、「この方も過去に誰それを引き当てた経験があります」と、過去にさかのぼればそりゃ各自あるでしょうよ。真相は、いつも困ったような顔に見える木田の外見にくじ運が想像しにくいからではないかと邪推している。一方で、ぎょろ目が爛々としたソフトバンクの工藤監督はいかにもくじに強そうで、実際過去2年は見事勝利している。やっぱりこういうやんちゃくれみたいな人はツキもあるんだなあと妙に納得させられてしまうところがあるのが、今年は3回も外していた。こうして帳尻が合うんだな。確率論の正しさを思い知らされた。

     

     「大きく2つ」と書いたが、以上が1つめの話で、2つめは解説者についてだ。槇原と、早稲田の元監督という人が実況アナウンサーに同席していたのは、プロ代表とアマ代表という人選だろう。槇原はテレビ慣れしているが、早稲田の人はそうでもないから、「こうなったらもう12球団清宮(指名)でもいい」など何の問いかけにもなっていないことを口走っており、ほとんどテレビと会話している一般視聴者のごとくだった。アマの立場として指名を待つ側の話を語ればいいと思うのだが、気の利かない実況アナがほったらかしで、ちょっとかわいそうに思った。アナウンサー(もしくは制作サイド)も所詮くじの行く末にしか興味がないんだろう。その元監督氏が、「早稲田に来てほしかった」とボソっと言ったのだけが印象的だった。

     

     蛇足だが、阪神ファンはやはりうるさい。金本が2回外して「また〜?!」と悲鳴を上げていたが、それは酷というものだろう。去年の指名の時点で「え〜?」と言われたのよりはマシだろうが、しかし、くじ運が大きく左右する行為だからその時々で局面が変わることだとはいえ、長距離砲を二度外して3度目は投手に鞍替えというのも素人目にはどういう方針なんだろうとは思ってしまう。それで翌日の報道を見ると、「広島は現在の戦力や年次を踏まえて何年も先を見据えて指名選手を選んでいる(から清宮を指名しなかった)」というネットの記事が出ていて、むしろ他の球団は考えてないのかよと思った。

     

     さて海の向こうでは北米2ヵ国だけでワールドを名乗る中華思想世界大会が幕を開けている。第1戦は息詰まる投手戦の中、ターナーの本塁打でドジャースが勝利。第2戦も似たような展開でドジャースが勝つと思わせて、抑えのジャンセンが同点弾を浴びて延長になり、引き離しては追いつくの盛り上がる展開で最終的に7−6でアストロズが勝った。得点のほとんどが本塁打という、ひと昔前の巨人対巨人のような試合であった。土壇場で貴重な同点弾を放ったアストロズのゴンザレスは、以前にダルビッシュが完全試合まであとアウト1つになったときにヒットを打ってご破算にしたことがある。アルトゥーベ、コレアの陰に隠れてあんまり目立たないが、このミスター土俵際には要警戒である。


    縞有無寒暖対決の結果

    0

       リーグ優勝決定戦は、両リーグとも縦じま×プレーンの対決となったが、どちらも縞なしプレーンが勝利した。

       

       ア・リーグは、縦じまヤンキース対縞なしアストロズ。アストロズの昔のユニホームは横じまみたいなデザインだったので縦横対決でもある。第2戦で1塁走者アルトゥーベがヒットで一気にホームまで生還してサヨナラ勝ちした。外野手が後ろに逸らしたわけでもないので、タイミングは完全にアウトだったが、タイミングだけでは捕殺できないのだとよくわかるバックホームだった。これで一気にアストロズが畳みかけるのかと思ったが、ニューヨークに移ると途端に全員貧打になるわ投壊するわで3連敗。多分寒さのせいだろう。ヒューストンとニューヨークでは、鹿児島と函館くらい緯度が違う。実は今年は両リーグとも、寒暖対決でもある。田中はようやくカイクルに投げ勝った。
       王手をかけられヒューストンに戻ると、再びアストロズ打線が爆発。気候のせいか、それとも両軍ともに内弁慶なのか。最後は目つきが尋常でなく怖い男バードを凡打に打ち取り、アストロズがヤンキースを振り切った。田中には悪いが、今年はアストロズの年であったから、これでよい。

       

       アストロズはこれで、2005年以来のリーグ優勝であるが、前回はナ・リーグでの優勝であった。いつの間にかしれっとア・リーグに移されて、それであんまり波風も立たないのがこのチームの位置づけを表しているのだが、おかげで両リーグでの優勝チームは初。前回は、クレメンス、ペティットのヤンキース移籍組の両先発の活躍が大きかったが、今回もヤンキースから移籍したマッキャンの活躍が光った。ヤンキースを出た選手は禁止されていたヒゲを伸ばすのがお約束だが、マッキャンの場合は松平健の武田信玄を彷彿させる。

       

       ナ・リーグの寒暖対決は、4−1でドジャースが危なげなく勝利し、こちらは気温差(というかこちらもア・リーグ同様季節差のレベル)を全く感じさせなかった。カブスの連覇はついえた。
       ドジャースは、第2戦でサヨナラ本塁打を放った「青チームの赤ひげ」ターナーのフルスイングが見ものである。中村紀洋を思い出す豪快さなのだが、メジャーではバットを放り投げると報復死球を受けるので(新庄で実証済み)、ブンブン降ってもバットは投げない。書いている途中で思い出したが、中村もちょびっとだけドジャースで出場している。ちょびっとなので、あちらでもバットを投げていたかどうか記憶にない。

       

       結果、ワールドシリーズは、縞なし暖暖対決となった。100勝したチーム同士の戦いというのも、なかなか見れるものではない。アストロズが前回出場したときは、井口擁するホワイトソックスにあっさり負けたので、ダル、前田を擁するドジャースが有利か。
       アストロズは中継ぎ以降の投手陣に不安がある一方、ドジャースはK前田とKジャンセンのKKコンビが安定している。加えてドジャース打撃陣は、日替わりでヒーローが登場する点が強い。流石北米一の金満球団は層が熱いというところだが、ころころ先発選手を変えて結果を出す監督の手腕が大きいといえる。対するアストロズの監督は、割と動かざること山のごとし。

       

       以上を総合するとドジャースに分がある印象だが、かつてワールドシリーズで、「青木がいない方」が優勝したことが続いたので(青木がいるロイヤルズ対ジャイアンツでジャイアンツが勝ち、翌年青木を放出したロイヤルズが優勝した)、青木を放出したアストロズには逆呪いがあるのかもしれない。

       

       さて日本でもポストシーズンの戦いであるが、両リーグとも10ゲーム差以上つけて首位のチームが、改めて2位や3位のチームと短期決戦をする意義はどこにあるのか、掛布がテレビで疑問を呈していた。逆にシーズン最終戦で優勝チームが決定する劇的シーズンでも意味は霞むから、ゲーム差が本当に主題なのかよくわからない。
       しかしメジャーも、地区シリーズに進出した4チームのゲーム差は似たようなものである。
       具体的には、アストロズ対レッドソックスが8ゲーム差、インディアンズ対ヤンキースが11ゲーム差。アストロズ対ヤンキースは10ゲーム差。
       ナショナルズ対カブスが5ゲーム差、ドジャース対ダイヤモンドバックスが11ゲーム差、ドジャース対カブスが12ゲーム差である(今年は特にぶっちぎり度合いが激しいので毎年こんなに離れているわけではない)。

       

       ただしメジャーの場合、1リーグが3地区に分かれ、同地区カードが多めに設定されているため、同じリーグとはいえ地区ごとに戦う相手はそれぞれ偏りがある。単純比較はできない。東地区1位のチームが、西地区2位のチームより勝利数が少ないなんてこともある。こういう複雑な事情によって、百何十試合も戦ったくせに短期決戦で勝者が決まる不条理さをウヤムヤにしているともいえる。まあチーム数が多いというのが一番の要因なのだろうが。
       というわけで、クライマックスシリーズの存在意義を云々し出すと、メジャーのポストシーズンの意味も怪しくなってくるところはあるのだが、より面白くするためにと何年かごとに仕組みをいじっている向こうさんの姿勢は参考にしてよいと思う。野球に限らず、一度決まると疑問があってもやり続けるというのは本邦の悪弊の一つであるから、せめて議論くらいはやってしかるべきではと思う。


      地区シリーズまとめ、とカズオとカート

      0

         リーグ優勝決定戦に進むチームが決まった。
         ナ・リーグは、本命ドジャースが3連勝であっさり通過、といっていいのか、まあまあDバックスに粘られた。エース・カーショウの今後の出来やいかに。昨年先発のくせにクローザーより短いイニングしか投げさせてもらえなかった前田は中継ぎで安定した投球。ダルビッシュは好投したものの頭に死球を投げてしまった。

         

         ナショナルズ対カブスは、シーソーゲームで最終戦までもつれ込み、どっちが勝つかさっぱりわからない拮抗した戦いとなった。半分ほどは、まるで四球を出すために登板するエドワーズJrを筆頭にカブスの中継ぎ陣が不安定なせい。上原不在が響いている。おかげで先発のレスターがリリーフ登板することになって、少年野球より下手くそな牽制を披露する羽目になった。それでアウトを取っているから奇蹟。

         最終戦は、どこからでも本塁打が出るナショナルズが打ちまくっているのに、振り逃げ、押し出し死球、ゲッツー崩れ、相手のエラー等々ひたすらセコイ得点を重ねてカブスが勝ったからこれまたうっすら奇蹟。カブスの連覇はありえるかもしれない。ナショナルズはまたも地区シリーズで敗退したが、東地区を勝ち抜くのにポストシーズンを勝てないアトランタ・ブレーブスの伝統を着々と引き継いでしまっている。「何かをやりそうな男」対決はこれで実現しなくなったが、ワースは打球を後ろに逸らしたくらいしか何かをやっていなかった。長髪ヒゲまではワースと同じなのになぜか全体的にチャラい印象の主砲ハーパーも不発。逆転での敗退に落胆した監督の声が消え入りそうだったので、御高齢なこともあり、健康の心配をしてしまった。

         

         ア・リーグは、アストロズが危なげなくレッドソックスを下した。アルトゥーベは「小柄」がどうでもよくなる打棒爆発の活躍。コレア、スプリンガー、打つべき人間がきっちり打っている。盤石で優勝候補最右翼といえそう。レッドソックスは、ファレル監督が解任された。長い歴史の中で地区連覇したのは初のことらしいのだが、地区シリーズでまた負けたのでクビということか。監督交代でバレンタイン時代のようにまた迷走するかもしれない。


         もう一個の山では、インディアンズとヤンキースが最終戦までもつれ込んで、インディアンズはいいとこなく敗れた。22連勝したくせに地区2位のチームに負けやがって、と思ったが、3戦目で先発してチームを救った田中将は24連勝(色々含めると30連勝)の上手をいく男だった。昨年ポストシーズン中にドローンで遊んで怪我をして登板できなくなったことをいまだ引き合いに出されるバウアーが今年は初戦で好投し、2戦目は大差をひっくり返す強さを見せたくせに、あとの試合はBクラスチームのように静かだった。クルーバー、ミラーが打たれるとインディアンズは勝ち目がない。呪いが顔を出すまでもない敗退であった。

         

         というわけで、ナ・リーグはドジャース対カブス、ア・リーグはアストロズ対ヤンキース。30年近く優勝できてない古豪と、108年ぶりから一転連覇がかかる奇天烈集団、勢いづく重量打線と、番狂わせの常勝チーム(矛盾)、といったところ。優勝回数は突出しているヤンキースは、どうせそのうちまた勝つし、あまり面白いチームでもないので(バードの尋常ではない目つきの怖さは必見)、個人的にはおよびでない。ワールドシリーズがドジャース対ヤンキースだと、日本人投手対決という見出しが立つが、あくまで一要素でしかないトピックがすべてのごとく日本の報道が騒ぐのが目に見えているので勘弁願いたい。

         

         ここでカズオ・イシグロのノーベル文学賞で、またぞろ「日本出身」問題が起こっているのでMLBに無理やり話をつなげて書いておくとする。スズキはスズキでも、カート・スズキという選手がいる。マック鈴木と違い、鈴木和人だから愛称「カート」というわけではなく、日系アメリカ人である。ミドルネームはキヨシらしい。実績はそれなりあるが、スター選手でもないので日本ではあまり知られていない。スズキなのに!と茶化している自分自身がこの選手を覚えているのはやはり「スズキ」だからというのは否定しようがない(別に「カトウ」でも「ヒライ」でも同じ)。

         同時にレンジャーズのバーネット(元ヤクルト)にも目が行くし、それ以上にアストロズのコーチをしているパウエルは中日での活躍を知っているからつい応援してしまう。コーチ、それも補佐だから何を応援するのか自分でもよくわからないが。一方で、ダイヤモンドバックス監督のロブロは一時期ヤクルトにいたそうだが、残念ながら当時を知らないので何かを思うことはない(アストロズのグリエルも同様)。といいつつロブローの語り口を見るにつけ、いい監督(というかいい人)そうなので気になる存在ではある。

         

         そして前田とダルビッシュに対して、なにがしかの親近感のようなものがないといえばウソになろうが、ドジャース投手陣でやはり一番応援したくなるのはカーショウである。投げ方が格好いいのとカーブの曲がり方がマンガみたいなのと帽子のツバが今風まっすぐではないところは見ていて面白い。ロバーツ監督は沖縄生まれらしいが、そんなことより顔が甘利明に似ている方が気になるし、それ以上にやはり、現役時代にレッドソックスの呪いを解く最大のキーポイントとなった9回2アウトからの盗塁を決めたことが印象としては一番大きい。
         要するに、出身で贔屓する感情をことさら否定するのも不自然ではあると思うが、そんなことよりはるかに気になることがいっぱいあるということで、生まれが長崎だなんだと騒ぐよりちゃんと本を読めと、言うまでもない話をぐだぐだ書いてしまった。

        あの長寿連載マンガの秘密に迫る!というような深夜番組でたまたま紹介されていたズバリの一コマ


        映画の感想:アウトレイジ三部作

        0

           新作の公開が迫っているからだろう。テレビでやっていた「アウトレイジ」の1と2を見た。1は以前に見たことがあったが、あえて続きを見たいとも思わず、2は今回初めて見た。簡単な感想を先に書いておくと、1はストーリーのためにわざわざ話をややこしくしている印象を受けてしまい、そのせいか、簡単に殺し過ぎやろと白けてしまったと記憶している。

           

           2作目(正確には「ビヨンド」)は、1より娯楽性の面でうまく作られているのだろう、俺自身はヤクザ映画が好きではないのだが、ついつい引き込まれてしまった。大物俳優だろうと誰だろうと、さっさと不細工に死んでしまうところは、これは権威を獲得した監督だけが許される作り方だ。え?この人もう死ぬの?という意外性はなかなか出せるものではない。高橋克典なんか台詞が一つもなかった(のに映えるから、やはり主役をやる俳優というのは大したものだ)。どんどん死ぬ=続編のたびに俳優が入れ替わるため、全体を通じて強面俳優見本市なところがある。個人的に、出てほしい強面は誰だろうと想像してみたが、真っ先に思い浮かんだのが春風亭昇太だったのは完全に「おんな城主直虎」の影響だ。

           

           普通だったら感想はこれで終わってしまうところだが、時節柄、妙にタイムリーに感じてしまったので続きを書いておこうと思う。ここから先は遠慮なくネタバレだ。

           


          【やっつけ映画評】The NET 網に囚われた男

          0

             南北分断を舞台作品のような身の丈サイズにまとめたよくできた作品だった。監督は、ぬるい南北の描き方をした「レッド・ファミリー」をプロデュースした人だが、本作はあちらとはうってかわって訴えかけるものが迫ってきた。政局の話で吹っ飛ぶことそれ自体が象徴しているような、狂気の沙汰のミサイル騒ぎにあった日本にとっては、恰好の教材ではないかと思う。


             船の故障で韓国側の海域に流されてしまった北朝鮮の漁師ナム・チョルが、スパイの疑いで韓国側に拘束され尋問される。取調官は「アカ」に憎悪を抱く暴力男で、警護役の青年は、その違法な取調べを非難する。「宇宙人王さん」を彷彿とさせる構造に、「善良な漁師と思わせといて実はスパイでした」といったチンケなサスペンスだったらどうしようかと思ったが、まったくそういう話ではなくて安堵した。

             

             チョルがスパイであれば大事だが、そうでなければ次に待つ手続きは「転向」、つまり亡命である。善良な同胞を狂気の国に戻すわけにはいかない。そういう理屈だ。韓国側に渡ってしまったこと自体が罪に問われるかもしれないと考えると、送還するのは人道的な点からも問題があることになる。だがチョルにとって大切なのは家族と平穏に暮らしていたこれまでの生活である。ソウルの豊かさにも、自由を保障する西欧型民主国家にもさして興味がない。

             

             国民が餓死しているのに軍事開発と政敵粛清に明け暮れる世襲の独裁国家と、国民主権の憲法を戴く民主国家、どちらがまともなのかは考えるまでもないが、後者が正しいからといって、望んでもいない人間に家族を捨てても亡命しろと強要するのは、これはこれでイデオロギーの暴力だから、国家主席にマンセーと言うのと構造的にはあまり変わらない。ただし、チョルが今後も祖国で家族と平穏に暮らせる保障がない分、当人の意志を曲げてでも亡命を、と考える「部長」や「室長」の立場に全く合理性がないわけではない。チョルの立場を最大限尊重しようとする警護の青年は、最も正しく見える立場ながら、同時にお人よしであり、無責任だと非難することも可能だろう。


             チョルの言葉を借りれば、この「もどかしさ」が本作の推進力である。取調官は人格的にも仕事へのスタンスも相当問題があると言わざるを得ないが、一応チョルは交戦中の国からやってきた人間であるし、疑わしくなければないほど余計に疑わしいという矛盾を抱えたのがスパイという存在である以上、彼の疑心暗鬼に全く合理性がないわけではない。加えて、結局スパイかそうでないのかよくわからない脇役も登場する。本作は、このような疑わしさの要素をいくつか散りばめながら、それでもシロかクロかのサスペンスに話の本筋をブレさせていない点で見事である。

             

             こんな国家間のややこしい話を、コンパクトにまとめられているのは、チョルの人物造形が大きい。
             チョルは、実直で目鼻も利くなかなか魅力的な人間である。いたってマトモであるという描き方自体が、本作を成立させている重要な要素だ。一人のマトモな男であるからこそ、警護の青年はシンパシーを抱いたのだろうし、取調官はスパイだと疑いを深めたのだろう。「狂気の独裁国家に洗脳されたロボット」というようなステレオタイプだと彼らの態度もまた違ってきた可能性があるし、そもそも作品として成立しない。

             

             政府がいかにおかしな状態であっても、市井の人間の現状はまた別の話である。チョル自身は、抑圧国家の面倒な部分を適当に避けながら地味に地道に暮らしている。おそらく南北の対立にも特段興味がない。日々の暮らしに精一杯で、政治には無関心。どこにでもいる普通の人である。その彼を「洗脳されている」と思い込む韓国側の人間は、色眼鏡で見ているという点である意味彼ら自身が狎脳瓩気譴討い襦2K修兵萃幹韻砲靴討眤崚戮違うだけで構図は同じだ。チョルが警護の青年だけに心を開くのは、この若者だけがチョルを対等な一人の人間と見ているからで、こんなことが特別になるほど、半島の分断は悲劇だということだ。
            (以下ネタバレ)
             

            続きを読む >>


            calendar

            S M T W T F S
               1234
            567891011
            12131415161718
            19202122232425
            2627282930  
            << November 2017 >>

            selected entries

            categories

            archives

            recent comment

            • お国自慢
              森下
            • お国自慢
              N.Matsuura
            • 「続く」の続き
              KJ
            • 【映画評】キューブ、キューブ2
              森下
            • 【映画評】キューブ、キューブ2
              名無し
            • W杯与太話4.精神力ということについて
              森下
            • W杯与太話4.精神力ということについて
            • 俺ら河内スタジオ入り
              森下
            • 俺ら河内スタジオ入り
              田中新垣悟
            • 本の宣伝

            recent trackback

            recommend

            links

            profile

            search this site.

            others

            mobile

            qrcode

            powered

            無料ブログ作成サービス JUGEM