達成感

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     毎年年度末は忙しい。それで4/1になると一気に潮が引いて正月のような気分になるのが例年のところ、今年はさらに多忙になった。俺の場合、忙しいとダイレクトに収入に反映されるので、ありがたい話といえばそう。というか、ラッシュ時を抱える鉄道のように、繁忙期ありきでようやく成り立つ家計なのだが。
     それはそれとして、やたらと忙しくて疲労困憊したのに、達成感がちっともないのが問題だ。仕事なんてそんなもの、とはいうものの、勘違いでも達成感がないと、自己嫌悪とか自虐とか孤独とか余計なことが頭をちらほらする。こういうのが積み重なって閾値を超えると、そりゃあ病むよなあと、ちょっと身近に感じてぞっとする夜もあったりなんたり。

     それで4月に入って大学への出勤回数自体は減ったので、出かけることにした。大量に抱えた在宅仕事を自宅で処理するのに全然集中できないから、いっそ外でやるかという主旨である。電車に乗って、適当に遠出して戻ってくる。行きと帰りでルートが違うとなおよし。この日は天王寺から近鉄で橿原神宮〜京都と乗り継いだ。ひたすら車内で作業をしつつ乗り継ぐだけで観光をするわけではない。こういう気軽な遠出が電車でできるのは、都市部ならではだ。田舎だと、電車は終点もしくは隣県に向かって真っすぐ進むだけしか路線がないし、本数が少ないから下手をすると帰ってこれなくなる。

     車内の吊り広告を見ると、東寺で夜桜ライトアップというのをやっているらしい。作業のためといいつつ、実のところカメラは持ち歩るいている。なぜと言われれば「いざというときのため」というしかないが、おあつらえ向きのお知らせといえる。18:30かららしいが、大体その時刻に最寄り駅につきそうなので、せっかくだしと足を運ぶことにした。東寺はそのまま「東寺」という駅があるくらいだから、アクセスがよろしい。

     予想通りではあったが、すでに開門待ちの行列だった。花鳥風月にかける日本人のこの熱量は何なのだろうと思いつつ、俺も並んでいる。やがて次々と人が現れ、振り返ると優越感を感じる並び位置になるのにそう時間はかからなかった。

     境内は広いので入ってしまえば楽である。ただし、霧雨みたいだった雨が強くなってきた。こういうタフな状況でシャッターを切るのは、マゾヒズム的仕事ダンディズム、つまり自己満足には十分だ。ただし、あえての言い方だが、所詮は桜である。写真の腕に覚えありというわけでもなく、ま、大したことのない、フツーの夜桜の写真を、戦場カメラマンじゃあるまいし、ずぶ濡れで撮っている。我に返ると、何をしているんだろうと急速に冷めてくる。濡れて寒いから冷めたのかもしれないが。

     この構図は、忙しくてむなしくなる構図と似ているのだが、特段病みそうな気配はない(風邪はひきそうなくらい湿ったけど)。遊びだから。それともうっすら達成感を覚えたからか。いや、遊びだから達成感を得やすかっただけだ。こういうダンディズムだけで仕事をしているとやがて限界がくる。じゃあ何が要るのかというと、答えは実にシンプルなところに行きついてしまう。角が立つから書かないが、かねがね思っていることである。いいやそれはお前が思い上がっているだけだ、ということにすれば収支は合うが、話の全てが縮小縮小になる。こうして今の社会が回っているんだろう。そう、これは個人の話ではなく、社会正義の訴えなのだな。


    盤石の強者、脆弱の強者

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       前回準優勝で、今回優勝候補といわれ全勝で決勝に進んだプエルトリコと、ようやく本気を出したアメリカの注目の決勝。全員金髪にして結束力を見せるプエルトリコは、さながら帝国軍に挑む同盟軍のようであったが、結果は帝国のボロ勝ちだった。結局、アメリカが本気で人選するとあっさり優勝してしまうというあたり、大会にとっては実にマイナスといえる。早速、前回とは違うことを言い出している偽主催者であるが、アメリカが今後、「ね、わかったでしょ。後はみんなで好きにやってね」とばかりに、またもやお茶を濁した陣容に逆戻りしないことを祈るばかりだ。

       実のところ、名簿上は最強布陣だったのはドミニカだったと思うが、こちらもアメリカに負けてしまった。カストロが死んで弱体化したキューバの代わりに、ドミニカ、プエルトリコ、ベネズエラのどこかを日本側のブロックに入れないと、ア・リーグ東地区のようになりそうだ。

       アメリカはストローマンが出来すぎだった。野球はピッチャーの出来がよすぎると、攻撃側はやることがなくなる。昨季は9勝だったか。大投手というわけでもないが、こういう3番手4番手の投手の方が、レギュラーシーズンと関係のない試合では、エース級よりガツガツと積極的になるのかもしれない。ま、メジャーで最もゴロを打たせる投手なので、その実績通りといえばそう。

       イチローのおかげで日本で最も知られているのはスタントンのような気がするが、この人は驚異的なパワーの割には大事なところであんまり打つ印象がない。やっぱりあんまり活躍していなかった。

       プエルトリコの主砲ベルトランはヤンキースに在籍したことがあるが、ヤンキースを辞めた選手は禁止されていた髭を伸ばし出す傾向がある。彼の場合は薄毛のせいか頭は禿頭にしていたので、伸ばした髭のお陰で金髪結束に漏れずに済んでいた。日本の実況は、ベルトランとベルトレー(ドミニカ)の区別がついていなかったが(あとジャイアンツにはベルトという選手もいる)、それくらい日本以外のチームには興味がないくせに、「千賀の投球をメジャーが絶賛」とか、自分褒めのときだけ外国を引き合いに出すのは、「日本には四季がある」と自慢したいときだけ普段気にもかけない雪国を引っ張り出すあさましい心象に通じる。と同時に、メジャーとの比較級でしか「俺たちナンバーワン」を語れないという点、「日本辺境論」そのものであるとも思う。日本はよかったが反省点もいくつかあった、で充分じゃないか。

       さて被ゴロ製造機ストローマンの前にコレアもモリーナも沈黙していたそのころ、関西では郷土の工大福井が熱闘甲子園であった。そして同じくそのころ東京の国会では、米国銀河帝国軍同様、圧倒的勢力を誇る与党(とその予備軍)が大阪の変なおっさんを悪手悪手の連続で攻めあぐねていた。気色の悪い差別感・教育観の持ち主を軸とした利権の(だか何だかよくわからないがとにかく関係者がことごとく向山以下の大根芝居の見本市を繰り広げる)構図がただでさえうんざりさせられるというに、この奇人を悪役にすることで逃げ切りを図りたい側の、このおじさんがマトモに見えてしまう「へたくそか」感。

       確かに、この国会中継に注目させないために、国民注目の工大福井の試合に日程をぶつけてきたのは賢明な判断といえよう。あれ?雨で日程がズレて元は明徳だったの? それをいうなら早実だろう。(明徳は、再び連続敬遠をするのかとひっそり書かれていたが、必殺技はなかなか出さないものさ)


      改革が必要なのは教育じゃなくて走塁

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         日本と韓国しか本気じゃなかった世界大会も、どこが勝つかわからなくなってきてようやく見ごたえが出てきた。日本が負けたのは残念だが、大会的にはこれでいい。まるで主催者のような物言いだが、WBCが始まる前から、各国の仮想代表チームをノートに書き付けて、ベネズエラが意外と最強じゃないかと思っていたオタクにつき、まるで主催者のような物言いをするのである。日本だって連続優勝して、ついでにメジャー組が出られず、ついでに大谷も離脱でこの大会にちょっと倦んでいたはず。韓国はファンも選手も倦んだままなのがたたっていいとこなく負けたのだと思う。日本は選手の意外な頑張りで注目を引き戻した印象だ。かつての世界最強キューバの弱さは寂しいものだったが、カストロが死んだせいだろう。

         ノートの前で夢想していたころ、プエルトリコはキャッチャーだらけな一方、内野の層が薄いという選手層に著しい偏りがあったと記憶しているが、現在はリンドー、コレア、すばっしこい好守だけ、と思わせておいて長打もあるカリブの菊池ことバイエスと、オールスター級の内野手が現れ、すっかりたくましくなった。同時に相変わらずキャッチャー文化は健在で、モリーナがチームを率いる。古田によるとアカデミーの生徒250人中50人が捕手志望というから、将来的にも捕手の国のようだ。なにげにコーチ陣も、デルガド、バイエガ、ゴンザレスとかつてのスター選手が多く、まさに夢想していたころの代表チームである。彼らと対戦した野茂が始球式に現れたが、腹が出過ぎてトルネードできなくなったせいか、200勝投手とは思えない大暴投だった。75歳にして甲子園で見事なストライクを放った王さんを見習ってほしいものだ。

         さてようやく本気になって選手をそろえたアメリカとの大一番だった。さっそく1番のキンズラーが日本の野球ファンの前にお目見えした。注目してほしいのは当然、ズボンのはき方である。先発のマスクをかぶったのはポージーで、こちらも注目。メジャーナンバーワンの、なで肩捕手である。これで強打者。盗塁阻止もまあまあ高い。

         アレナドはMLBきっての強打者と紹介されていたが、ろくに活躍できていなかった。所属するロッキーズは本拠地が高地にあるため球が飛びやすい年がら年中ドームラン状態の球場であるから、下山すると心もとないのである(偏見)。

         ピッチャーは先発の大物どころは招集されなかったが、ミラーがいる。身長2mの鈴木啓示。余計わかりにくいが、とにかく去年のポストシーズンでは、最終戦以外どのチームの誰も打てなかったから、ある意味現在メジャー最強の投手だ。このミラーの投入が遅れて、まんまと菊池に一発を浴びた。監督のリーランドは1700勝の名将だが、ポストシーズンではまあまあ負けているので一発勝負には弱いといえる。ただし1度だけワールドシリーズを制したときは、スターを買いあさったマーリンズ時代なのでオールスターを率いるのは得意ともいえる。どちらにせよ40代のころから外見が変わっておらず、昔から爺さんみたいな風体だった米球界の笠智衆。威厳はあるが動きはひょこひょこ可愛らしい。

         日本もミラーはやはり崩せなかった。ついでにメジャー屈指の変な投げ方投手ニーシェクが日本と筒香に衝撃を与えていた。一方の菅野、千賀も堂々の投球であった。菅野といえば、すっかり「完」なのが先月以来の日本列島で、粘っこい取材には頭が下がるが、彼の独壇場というのはそれはそれでどうなんだというところもありつつ。その中で別の菅野の活躍は、俺の中で勝手に中和されたのであった。

         拮抗した試合は、メジャー得意のゴロでも突っ込んでくる走塁で決した。注目すべきは松田の守備ではなく三塁ゴロでも構わず走った走者で、こういうhigh-stakeなプレーがメジャーの特徴で、ファンからすると楽しいので日本も真似してほしいと思っていたが、まさにこれで負けたので日本プロ野球の喫緊の課題としておこう。


        久々の観劇

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           久々に舞台を見た。本当に久々だ。劇団ブログという出発点なので、せめて観劇の話くらいはもう少し増やしたいところである。
           知人のしろっきーさんが出演した「曖昧な犬」という、タイトルからしてザ芝居という印象。自分が作れそうにない類の作品だと興味をかきたてられる。会場である北加賀屋の造船所跡地も、できてからずいぶんとたつが訪れたのは初めてだった。使い勝手は知らないが、見た感じはいい小屋だ。

           3人が出ずっぱりで、全力で体を動かしながら、ずーっと喋っている内容だった。なぜかここにいて、なぜかここから出られなくて、ところでお前は誰やねん、という不条理劇で、明確な物語があるわけではないので、散文詩のような台詞が延々と続く。もしかしたら、背景に強烈な物語があるのかもしれないが、そういう隠喩めいた作品の場合、これまでわかった(気付いた)ためしがない。

           こういう作品は若いころは苦手だったが、自分で舞台と、舞台以外の作品を色々作ってみたせいで、今は割と興味がある。舞台だからこそ、というような部分を余計に求めるようになるからだ。「舞台だからこそ」というのは多くの舞台人が口にすることだが、わからずに理屈だけぶっている人か、説明はできないが実現できてしまう人かのどちらかしかいないような気がする。俺は無論前者さ。まあ、出ている役者が手練れだったというのが一番大きいのかもしれないが。

           息が切れるほど動きながら話し続けるのは、ダンスやサーカス同様、鍛錬しないとできない技である。スポーツも歌もけん玉もみな同じだが、見る人が感動するのは技そのものだが、なぜ感動するのかといえば、自分にはまねできない鍛錬の部分があるからだ。ただし舞台の場合は、ダンスやスポーツと違って、自由律俳句のようなつかみどころのなさがあるので、わかりにくい。しろっきーさんの案内メールには、脚を怪我してどうのこうのと書いてあったが、もしかして俺と同じく、俊敏な動きをしようとして筋がプチンと音を立てたのだろうかと、全力でダッシュを繰り返す様子を見て、だいぶ不安になった。

           スクエアのパターンが切り替わる照明は恰好いいなあと思った。映像は思ったほどの効果を挙げられていない印象だった。以上備忘録。


          Yへ。

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             人づてに、高校時代のクラスメートが病没したと聞いた。彼とは卒業以来、付き合いは途絶えていた上、これまでにも同世代の人間の訃報はいくつかあったから、驚きはあってもさして珍しくもないニュースのひとつ、だと思ったが、報に接して想像以上に気分が重くなった。「重い」という表現が合っているのかもしっくりこないが、とにかく2時間ほど仕事が手につかなくなって、煙草ばっかり吸っていた。死亡事故の報道のように、死の恐怖を身近に感じたわけでもなく、大事な人間を失った喪失感というのでもなく(なにせ20年以上会っていない)、これは何なのだろうと不思議な気分にさえなった。

             知人からの要領を得ないメールが断続的に語ったところを総合すると、余命宣告されていたらしいから、詳細不明ながらその手の病気なのだろう。妻子がいて、その妻によれば残りの日々を泰然とすごしていたのだそう。で、彼女が、夫の過去について(例えば高校時代のエピソード)知りたいと、フェイスブックか何かで募っているのだという。そういえば、何かそんなドキュメンタリーがあったような。いずれにせよ、ちょっとした短編小説のような話だ。

             俺がまず思い出したのは、実にくだらないエピソードだったが、思うところあって、それを知人に返信した。故人のエピソードというのは、当たり前の話、家族にとっては大事なものだ。もうこれ以上、思い出を紡ぐことはできないが、知らなかった過去のことに広げることはできる。俺の話が妻氏に届いたのかどうか知らないが、仮に届いたとして、「彼らしい」にしろ「彼の意外な一面」にしろ、何がしかの意味くらい持つだろう。

             加えて「他人が語っている」という点にも意味があると思う。人は単体ではなく、他人から見た像の複合でできている(他人からそれぞれ違って見えるというだけでなく、自分自身の側も相手によって違っている)。その人について、家族がどこかの誰かから話を聞くというのは、単に聞いたことがないから知らない話なのではなく、そうしなけば聞けない話になる。仮に友人が家族に見せる顔を見たいと思っても、家族にしか見せないので自分が見れない。家族と自分が同席しても、自分がそこにいるのだから、厳密には見れない。こういう話になるとすぐ量子力学みたいな話だ、と例えたくなるのだが、量子力学についてはもちろんよくわかっていない。

             もっと単純な話、人が語るということは、確かに彼はこの世界で生きていた(いる)のだということを再確認させられる。すでに書いたような理屈で、存在が奥行を持って感じられるというか。

             色々と振り返っているうちに、つくづくけったいないいやつだったなあという気がしてきた。先のエピソードとは別に、こんなこともあった。

             球技大会でクラスの男子をチーム分けしているときだ。雪国なので冬はバスケとバレーの屋内球技2択になる。バスケ部とバレー部の人間を優先的に配置し、あとは運動神経のいいのが上位チーム、鈍くさいのがBチームないしはCチームになる。俺自身は「運動神経悪い芸人」ほどの犲体廊瓩呂覆い里世、どちらもフツーにヘタクソだ。それでクラスの「運動神経悪い芸人」並みの男子たちとバレーのCチームを構成した。足を引っ張るより、この方が自分にとっても若干オイシイという世間知を身につけた17の昼だった。メンバー5人。バレーなのであと1人必要だが、こんなモテないチームに入りたがる男子はいない。

             それで、どうする?と微妙な空気になる中、彼が屈託なく「俺が行く」と言った。彼はスポーツ万能なので、むしろ上位チームで活躍してもらわなければ困る側。みんな当然「は?」となる。俺も「なんで?」と戸惑うと、「だって面白そうじゃん」(←方言が希薄な話し方だったと記憶)と言った。で、彼を中心にポンコツたちが役割を与えられ、がんばれベアーズ的にチームが動き出した。お陰でいつも陰鬱な顔をしていたマッチャマ君も結構楽しそうにしていた。戦績はちっとも記憶にないが、俺の中では強豪に割と善戦したことになっている(おそらく偽史)。

             こんな話も、赤の他人にとってはどうってことない十把一絡げだろう。それでも価値を覚える人間がいて、その中には妻氏のように俺が全く出会ったことのない人もたくさんいる。そしてこういう話をより多くの人と共有できるのが、フィクションを作る醍醐味でもある。そのうち彼も拙作に登場するだろう。



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