審査員

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     また一気にまとめての掲載です。どうもこういうクセがあって。劇団の向井からは「ホームページというのは一個ずつ更新するものです」と苦言を呈されているんだけど、許されよ。

     急に頼まれて、本日はアクトリーグで審査員をしてまいりました。
     アクトリーグというのは、即興演劇のチーム対抗戦って言えばよいのかしら。与えられたテーマに基づいて、1チーム5人の役者たちが即興で芝居を作り、その出来を競う。プロスポーツを意識してる企画なんでしょう、1年を通じて何回か試合をして総合点数で優勝を決める、というようななかなかユニークな試みです。
     僕はこれまでなーんにもかかわりがなかったんだけど、どういう経緯か声がかかったというわけ。 しかし人様から審査を受けた経験といえばせいぜいクレジットカードの契約くらいという不肖・ワタクシが、人様の審査をするというのはええのかしらという疑問がムクムクと湧いてくる。他の審査員たちは小劇場でエバっとる人間ちゃうか?そういう人々から「お前誰やねん」みたいな目で見られたらどないしよ、「出演者の谷屋君のマイミクです」とか嘘をついて何なら小さい笑いでも取っておこうか、などなどと考えつつ、僕に頼んでくるくらいだから観客採点のようなノリなんだろうと予想もする。

     さて会場に早めにつくと、担当の人に客席の最前列に案内されて「甘口でも辛口でも思うがままに採点してください」とリラックスした説明を受けやや安堵する一方、パネルディスカッションのパネラーのような席に座りたかったなあと矛盾した寂しさも覚える。

     で、いざ試合が始まると、やっぱり真剣に採点しようとしますから、終わった後にはテスト終わりのような「頭使ったなあ」という疲れに襲われました。審査の感想については、アクトリーグのHPで僕のインタビュー映像が載るらしいので、没にならなければそちら参照のこと。想定内の質問を受けたのに、事前に用意していた答え(薄らギャグ)をド忘れして言いよどんでいる姿が見られることを祈りつつ。 ところで僕の審査結果と全体の審査結果は結構違うところもありまして、我らが劇団ころがる石がなぜマニア受け街道驀進中なのかよくわかりました。

    久し

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       長らく休んでました。ちょっと秘湯めぐりを、しておりませんで。何と言うか「書く」という行為からしばし離れてみようかと、そしてさっさと限界が来たと。そんな具合です。当然反動でやけに意欲は旺盛。一気呵成にアップしました。適当にお付き合いくださいませ。

       本日、目覚めると雪。それも結構な牡丹雪。土着語でドカ雪です。生まれ育ちというのは悲しいかな一生付いて回るもので、こういう本気の雪を見ると精神の平安が訪れる自分がおりまして、一曲歌が出来ました。
       日本を福井にしてしまえ! 街に雪を降らせろ、俺はいつでも寒さにこだわるぜ〜。

       日本をインドにしてしまうのは何だか楽しいムードがありますが、福井だと単に田舎になるだけなので、「してしまえ」の部分で一緒にハモってくれる人は、ガソリンの暫定税率維持を訴えてる人くらいなんじゃないかというところがあまり景気のいい替歌ではありません。
       
       さて本日は、劇団ころがる石の会議。会議といっても2人が健康上の理由(主に寒さによる)で欠席なため、はなから中身はなさそうというのは見え見えでありましたが、やっぱり四天王会議(C魁クロマティ高校)を地で行く、主にパウエル問題を中心とした高尚な雑談で終わりました。今のところお知らせできるようなことは特にございません。

       お隣劇団のONE WAY TRIPが今月下旬の公演をもって長期活動停止なんてな発表をしておるようなグローバル経済の世ですから、ホールを押さえては公演、の単なる繰り返しという活動からちょっと目先をかえてみようと考えてるわけです。かといって代案なんかまだなーんもないんですけどね。とりあえずここ最近はバンドをしてーなと必殺鼻歌作曲で曲を作ってます。

       会議が終わって、そのまま観劇へ。普段、知り合いが出てるからといっても大して見に行かない不義理な僕ですが、ノリと気分が重なって行ってまいりました。ラストで飛行機を出してきた勇気に僕は素直に敬服します。

       ところでこの日見に行った舞台も多分その範疇に入ると思うんですが、小劇場にはエンタメと呼ばれるジャンルがどうもあるようでして、この言葉が僕は前から疑問です。エンターテイメントの略なんだろうけどエンターテイメントじゃない芝居なんて(出来不出来はともかく)あるのか?という国語学者の重箱隅つつきのようなところから始まり、観劇後某かの不満批判がある場合「まあエンタメだから」という話で終わっちゃうとか、やってる方も「エンタメなので」というのが台本や演出上の某かのごまかしを正当化する理屈になってるんじゃねえかという憶測もありーので、疑問というか好きじゃない言葉です。

       まあ何事でもジャンル分けのラベル名っていうのは往々にしてそれを構成する要件に摩り替わるという主従関係の逆転がおきやすいものではあるんでしょうけど。 ころがり始めるのはまだ若干先のことになりそうですが、久々の「運動部屋」を掲示板ジャックのごとく怒涛に更新してやった。ではどうぞ。

      【映画評】カミュなんて知らない

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         初めて自分が見た映画の監督に話を聞けるという機会に恵まれた、私にとってはちょっとした記念的な作品だ。とはいうものの、作品自体は消化不良で、特にお薦めもしない。

         大学生のいわゆる青春群像劇というような話だ。監督が大学で映画の講義を持ったときの体験がベースになっているらしい。大学の授業の一環で学生たちが映画を撮る、その製作過程で演出を巡る意見の衝突とか恋愛トラブルとか色々あって…、という今時の若者の青春、という話だけには終わらない。

         というのも撮る映画の題材が、実際にあった高校生による殺人事件を題材にしているからである。
         「人を殺してみたかった」という理由で婆さんを殺害した当時高校生の男は、ここに登場する大学生と同世代に当たる。そういう設定であるから、どこか重たいものが作品自体に付きまとう。
         「ブラックエンペラー」「十九歳の地図」など若者を描くことに一定の造詣の深さを体現してきた柳町光男監督作品なだけに当然何かを期待する。なのにその描き方、扱い方には、疑問符が付きまとってしょうがない。

         混乱を呼ぶラストの演出法自体を問題にしているわけではない。

         この作品のラスト、学生たちは田舎の民家を借り、殺害シーンを撮影する。学生劇団から呼んできたという設定の「池田」演じる高校生の犯人が、婆さんをかなづちで殴り、包丁で刺す、かなり生々しい場面だ。このシーンが混乱を呼んでいるのが、その池田が役に入り過ぎたのか、本当に婆さん役の女優を殺しているようにも見える展開になるからだ。

         もしそうだとしたらちょっとイタダケナイ陳腐な展開。「うわーキッツイなー」と見ていたら、やっぱり演技だよこれ、と思わされるシーンがあり、しかしやっぱり本当に殺してるようにも見えるシーンがあり、どっちやねんと客の混乱が頂点に達したところで、学生たちが血糊を雑巾がけして後片付けしている場面にエンドロールが重なって終わる。

         血糊を掃除してるからやっぱ演技やったんや、と素直に安心できないのは、破綻した演出に原因がある。
         監督役の「カット!」の声がかかり、そのシーンの撮影が終わったはずなのに池田はスタッフの見ていないところで殺す演技を続けている。
         或いはカットが変わった際、その場所に本来いるべきスタッフの姿がなぜかなく、なのでそこは“撮影現場”ではなく“殺人現場”にしか見えないような錯覚を受ける。
         これらの絵を真っ正直に捉えれば、どう考えても「全部演技でした」では説明がつかない。なので観客は混乱したまま「結局あれなんだったんだ?」と映画館を後にすることになる。

         勿論監督が混乱を呼ぶためあえて破綻させているのである。完璧な整合性を求める本格推理ファンのような潔癖な人であれば到底受け入れられない演出であろう。
         監督が語ったところを意訳すれば、本来の監督である柳町が撮っている場面なのか、或いは学生監督が撮っている設定の場面なのか、つまり劇なのか劇中劇なのか、客が見ている映像が一体どちらなのか、わざと境界線を破綻させることで、映画としての1つの面白さ、ギミックを提示したということだ。「信用できない語り手」の亜種とでも言えばいいのだろうか。

         それ自体はそういうものだと丸ごと飲み込んで楽しめばいい。好きか嫌いかという意見は別にして、映画が常に整合性を持ってカットをつなげなければならないというルールはない。勿論そういう逸脱は大いに危険な賭けであるから、面白いと受け止めていいんじゃないかと少なくとも思わせる監督の技量はたいしたものだといえるだろう。

         とはいえそういうカラクリのみでこの場面が撮られたとしたのなら、一体「少年による殺人」という、今の日本社会が病理と捉えているテーマは一体どこへ行ってしまうのであろう。
         混乱を呼ぶ確信犯的演出と、少年による殺人という人々が何かを期待するタイムリーなテーマは果たして結びつくのか、結びつくならそこで提示したいことは何なのか。監督の回答は「作品が全てだよ」にとどまった。

         そもそもこの作品には呑み込みにくい部分が多い。学生の映画製作を指導する教授の「イイ歳こいて」と諌めたくなる虚しい横恋慕や、登場人物にモテまくりの松川が結局監督を降板する尻すぼみな悲劇、その悲劇の原因と見られる吉川ひなの演じる情念の濃すぎる女の松川突き落とし疑惑、どれもストーリー上、何にも収斂しない、必要なのかどうかもよくわからないエピソードに溢れている。
         一方「殺害のとき少年は興奮していたのか冷静だったのか」という演出を巡る学生同士の激論が結局どうなったのか特に語られないなど、犯人と同世代の彼らが、理解し難い動機で殺人を犯した少年の心理とどう重なり合うのか突っ込んだ部分は示されない。

         殺人を犯した動機を怠惰な学生生活に求めるとか、すぐに分かりやすい理由をつけたがる今の報道を見れば、人間の理解しにくい部分に拙速に説明を施すことの安っぽさはすぐに気付かされる。それに比べればこの映画ははるかにマトモだろう。
         とはいえ、卑屈な(皮肉な)言い方をすれば、凡人には到底理解しづらい描き方でもって、何かを示したのか示さなかったのかもよくわからない作品を撮ることに、僕は特段意味を見出せないでいる。

        「カミュなんて知らない」2005日本
        監督:柳町光男
        出演:柏原収史、吉川ひなの、前田愛、中泉英雄、黒木メイサ

        【補遺】
        とある学生から「でも学生の日常はリアルに描けてますよ」と言われた。後日、仕事で京都の有名私大に行くと、確かにこの映画の世界を見ているような感覚に襲われた。そういう意味ではなかなか大した映画だと思う。
        何で僕が監督と話す機会があったかというと、監督の講演会とその後の飲み会に参加したからだ。飲み会での監督との会話の中に、いくつかかなりイラっとくることがあり、なので本文はかなり冷静に書いたつもりだが、多少キツい内容になっているのはそんな事情があったことを、もう何年も前の話だし、付記しておく。
        ただ、監督の講演はかなり役立った。見るも無残な「13年後」から「曇天カフェ」に大いにレベルアップできたのはこの講演を聴いたことが大きい。ただし監督は「デジタルなんて映画じゃない」って言ってたけど(笑)

        【やっつけ映画評】シアトリカル

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            唐十郎率いる唐組の2007年上演作品が出来るまでを追いかけたドキュメンタリーである。何よりラストが見事だった。ドキュメンタリーのくせに(?)ミステリばりのどんでん返しがあるとでも言おうか。
           なるほどなあと溜飲を下げる人も多い一方で、「だまされた!」と怒り出す人も中にはいるかもしれない。

           なるほどなあというのは、主役が舞台人だからこその終わり方という捉え方だ。「なるほど唐さんは骨の髄まで舞台の人だ」。ファンはそう思うんじゃなかろうか。特段ファンでない僕もそう思った。

           怒り出すというのは、つまるところ「やらせやないか!」ということだ。本当だと思ってたらヤラセだったというのは単純に腹が立つ。

           とはいえ、もっと深読みしてみれば(監督が意図したかどうかはわからないが)結果的にこのラストは、「ドキュメンタリーとはそういうもんなんだよ」という大いなる挑発になっていると思う。

           ドキュメンタリーは「あるがままの事実を映し出すべきもの」ではなく、監督の主観で作るべきものである。僕のひねくれ意見でも何でもなく、ほとんど定義に近い事実だ。

           これは別に「所詮この世は嘘だらけ」という思春期的な厭世観ではない。
           まず「主観にしかなり得ない」という引き算的な話が一つ。撮影ならば何にカメラを向けるか、編集ならばどこを残してどれを没にするか。全部主観だ。

           もう一つは主観だからこそ面白いというスタンスだ。

           ドキュメンタリーの取材対象は白黒判断が付きにくいものである場合がほとんどだ。「ゴミはゴミ箱に」みたいな判りきった話だったらそもそもカメラを持ち出すまでもない。判断がつかない話を戸惑いながら取材する、その監督の戸惑いが画面に現れると、見ている方は余計戸惑っているから画面の向こうに共感を覚えて、「面白い」と感じることができる。
           こういう作り手の思考回路を極力無機質化して公平中立にばかり目が行くから新聞やNHKニュースは面白くないと言われてしまう。

           ただし物事にはバランスがあるから、あんまり作り手が顔を前に出しすぎると、見てる方は「お前ちょっとは引っ込めよ」と鬱陶しくなったり、選挙演説のような独善性を感じて白けてしまったりしてしまう。なので取材対象からちょっと距離を置いたり、反対意見の人を登場させたり、いわゆる客観性というのを盛り込む。客観的であるというのは別にルールではなくて、主観を面白いと思ってもらうためのツールだ。

           多少長くなったが、ドキュメンタリーに対する僕のざっくりとした理解はこういうところだ。じゃあ主観とやらせはどこに線引きがあるかというと、わかりきったことのような気もするし、考え出すとキリがない話のような気もする。

           話を本作に戻すと、唐という人は、舞台にいないときに素の人間なのか、それでもフィクションを生きているのかよくわからない人のようだ。
           劇団員と楽しく酒を飲んで馬鹿話をしてリラックスしてるかと思いきや、しまいには芝居の話になり、とうとう次回作の稽古が始まってしまう。いきなり走り出したかと思うとシャワー室に飛びこみ服をきたまま湯を浴びだす。劇団員が慌てて止めるも「お前らもやれ!」と無理矢理巻き込み「これが役者だ!」とガハハハ笑い出す。
           ON・OFFの区別がないというか、もっと単純に言えば奇人変人だ。なのでカリスマ性があるのだろうが、こういう人と向き合っても、一体何がホントなのかわからなくなるに違いない。

           そういう監督の主観をまんまぶつける方法論として、ああいうドンデンな終わり方は非常に面白くてわかりやすいと感服させられた。

           しかしそうなると、あそこでシャワーを浴びてたのも、監督にいきなりブチ切れして大喧嘩が始まったのも、全部作りだったの?という混乱とちょっとした寂しさが訪れる。そこはもう仕方がない。付き合う相手(唐)が悪かった、というよりほかないだろう。

           話は脱線して以下蛇足。内容が内容だったので、映画館では芝居仲間にばったり出くわした。鑑賞後話をしていると「一般の人が見てわかるのかしら」といっちょ前な疑問を抱き、「あれが芝居人の日常だと思われたら困るワ」(劇団員は芝居してるか酒飲んでるかで、ある意味とてもお気楽に見える)と政治家のような文句も言っていた。

           何の分野にしろ広い意味で「取材を受けた側」に含まれる人は、大抵こう思うもんだが、大丈夫。大方の内容は一般の人に通じるから、「自分は当事者なので倍楽しめる」とプラスに考えれば済む話だし、誤解への危惧というのも、誤解の可能性は半分は本当だから自分を律していけばよいと、それだけの話である。

           で僕はというと、唐が演出しているシーンで、僕も割と似たようなこと言ってるなあとちょっと得意気になったり、金がないといいつつやはり劇団としては金もマンパワーも全然あるところに「やっぱりああじゃないとなあ」と思い知らされたりした。
           少なくとも、台本を大事にするところ(若干気持ち悪いくらいみんな大事にしている)と台詞をさっさと覚えてるところは見習って、役者に檄を飛ばそうかと。ま、玄関の整頓にやたら時間をかけるシーンなど、個人的にはちっとも共感できないところもあったが。

          「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」2008年日本
          監督:大島新


          【映画評】ホテル・ルワンダ

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             ホテルナントカというタイトルだと、過ぎ去った青春ないしはちょっと癒されるお洒落なイイ話みたいな香りがしてくるが、この作品の場合、まさしくアフリカのルワンダという国のホテルが舞台になっているという、「猿の惑星」と同じ文法構造のダイレクトな意味のタイトルに過ぎず、いくら見てもちっとも青春も癒しもない。癒しがないどころか、タイトルと同じストレートさで人がいっぱい死ぬんで、むしろ見るのにとてもエネルギーを消費した。
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