チラシの打ち合わせ2つ

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      淀川河川敷で写真撮影をしている一団を見かける。劇団なのだろうかバンドなのだろうか、判断しかねる人数だったが、なぜそこで?という背景を選んでいる上、出来上がりが不安になるポーズを各自とっている。

     いやいやそんな人様に構っている暇ではない。我らの次回公演チラシの製作も追い込みだ。というわけで同日夜、東三国のマクドで打ち合わせ。写真の加工の具合をデザイナーの黒瀬が持参したいくつかの案から選び出す。
     できるなら本町あたりのスターバックスでやりたいクリエイチブな作業である。こっちは単に「これがイイねえ」と言ってるだけなんだが。出来上がりを見ていただければ理由がわかるが、今回のチラシは情報過多。なんせA3二つ折の予定なんで、黒瀬も苦心しておるのだ。

     それが終わって今度は某所公民館へ。これまたチラシの打ち合わせ。ややこしい話だが、俺がデザインを頼まれた別劇団のチラシの打ち合わせ。よその劇団のチラシを私が作るというわけだ。じゃあお前が自劇団のチラシ作れよという話。何だか子会社同士で金を行き来させる粉飾決算のような構図だが、他は削ってもチラシには金かけましょうという考えと、チラシを削って他に予算をという考えのそれぞれの結果である。平たく言えば俺は大してスキルがない。なので金を取らない。そういうことだ。

     今時はアドビ社のおかげで学生劇団のチラシなんかでも、すげーなーと感心させられる凝ったデザインのものが珍しくないんだけど、裏面は我らが学生のころと大して変わりない作りだったりする。チラシが締まるかどうかは文字情報の並べ方だったりするんだが、気付かない人は学生に限らず相変わらず多いでんな。難しいんですけどね。私も毎度悩まされます。


    「甲子園が割れた日」

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        その行き帰りの電車の中で、「甲子園が割れた日」というスポーツノンフィクションを読了してしまう。松井秀喜の5打席連続敬遠を取材した本だ。

       中村計という筆者はこのとき浪人中なためテレビなど見てなく、試合を見逃したと前文に書いていたが、このころ俺は高3。勉強もせずテレビかじりつき、同じ高3とは思えない、同じ北陸出身でややシンパシーを感じる強面の高校球児に釘付けだった。

       で、結果は周知の通り、明徳義塾が5連続敬遠という思い切った作戦に出て、松井は一度もバットを振ることなく敗れた。ぼんやりと俺は、よく年配の人間が嬉しそうに口にする「長嶋は昔、ナニソレしたことがある」的な伝説の一つに、これは将来数えられることになるんだろうなと考えていた。そしてまさしくそうなった。この本はそんな伝説の関係者を丁寧に取材していて非常に面白かった。

       俺の場合は、当の試合を一所懸命見ていたのでここに登場する人物を記憶しているから懐かしさもかなり手伝ってはいると思うが、面白さはそれだけではない。5連続敬遠という極端な作戦はいいのか悪いのかという二元論から出ることができたという点が最も面白かった。

       ここから話は逸れる。

       「明徳の馬渕監督の野球感」と、「星陵・山下監督の高校野球感」と筆者は表現するが、山下監督のそれは高校野球は教育の延長という考え方なのだろう。
       それはそれとして、多くのスポーツが大人になっても「教育」でやっている性格が濃いのが日本の競技会では足かせになっているんじゃないか。世界陸上の取材現場にいた知り合いと先日会ったが、陸連に「人に見られてナンボという感覚が完全に欠如してる」と呆れていた。負けたということとは別の部分でイライラさせられた選手が散見したのもそういうことなのだろう。唯一マラソンが健闘したのが、陸上では珍しい人気競技であったことと無縁ではない。

       筆者が書くように、この本を持って、連続敬遠の話は完全に過去のものになったと思う。けれどもプロないしはプロに準ずるレベルスポーツとはどうあるべきかという基本的なスタンスが、まだまだ日本では未消化のままだと、この本を読んでぼんやりと再確認させられた。


      出張と付録

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          学生相手の仕事のため、急遽岡山に出張に行くことになる。スーツだらけの朝の新大阪駅に滑り込んできたのぞみを見てつい口走ってしまった。おお!500系や格好ええ〜。多少周囲にも聞こえたと思うが、事実を言っただけなので恥じることはない。

         異常に側面が湾曲したボディに、削りたて鉛筆のような先頭車両。なぜか銀色。俺は別に鉄ちゃんではないのだが、この車両のデザインはかなりすばらしいと思う。何がいいって、無駄なんだよなあ。フランスの新幹線(?)と最高速度を競り合うために投入したんだけど、コストがかかりすぎるので、同じ性能でもっと安価で済むペリカン型の700系が開発されたと聞いている。
         速いんだけどコストがかかると今では絶滅した直列6気筒エンジンと同じ、ギラギラしたところが男子のハートをくすぐるのよね。

         仕事が昼過ぎには終わったので、新幹線代がタダだったのをいいことに、そのまま海を渡って高松に向かう。瀬戸大橋を走るマリンライナーという電車だが、これは名前の割りにはなんてことない普通電車の車両である。島と船だらけの海に西日が差して、そんな上空を電車が走る。考えてみるとかなり特異な車窓よりの風景だ。

         高松駅前はやけにバブリーな再開発が施されている。数年前に一通り工事が終わったのだが、既に大阪南港と同じ臭いがぷんぷんする。そういう俺は何をしにきたかというと、久々になじみの店に顔を出すというだけで、気分はやしきたかじんである。

         かつてここに住んでいたころ、さんざん金を落とした飲み屋「カンクン」に顔を出すと、やけに久々な割には昨日もここにいたような錯覚を覚える。実家かよ。
         何人かの常連客の消息を尋ねると、数人が金がらみで姿を消していた。暴威のダウンタウンシャッフルという歌を思い出す。
         香川大生が自作のCDを置いていく。300円だというし、一応似たような身分なので買う。結構な出来栄えで、これもパソコンの力か、よくわからない。
         この日、客足はゼロに近い。地方格差というやつか。そろそろ電車が、と言ってまるで梅田から自宅に帰るように店を去る。再び来るのはいつだろう。とにかく贅沢な息抜きだった。

        次回作へ向けて

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            日々がガヤガヤとしてきた。12月公演に向けてあれこれが本格的に始まってきた、そんな感じだ。そういえば毎度毎度こうだったな、と思い出すような感覚に囚われる。役者の顔合わせに、チラシデザインの打ち合わせ、ウエブ宣伝の打ち合わせ、などなど。
           チラシもウエブも、担当者の仕事がやけに早いのに、どうも俺の頭がついていっていない。多分、過去最大級の難産な台本を抱えているからだろう。

           連休中、再び北陸路を北上していた。映画の一部撮り直しのためである。カメラを抱えてウロウロしていると、一所懸命カメラを回している一群を見かける。幼稚園の運動会だ。子供が元気に走り回ってる様にちょいと心が緩むのだが、よくよく考えると、彼ら父兄の中にはかなりの確率で俺の同級生が混じっているのではなかろうか。

           映画などという一見大層なもののためにカメラを抱えてウロウロしている私と、親ばかという強力なエンジンを積んで他人には何の価値もない記録を収めるのに情熱を燃やす彼らとを比べて、比べる方が阿呆なのだという結論をわざわざ導く羽目になる。

           慌しく大阪に戻って台本の書き直し。推敲に推敲を重ねて、先日の役者顔合わせに持ち込んだ台本は、読み合わせてみてかなり問題があることが判明していた。そんな自分に失望するんだけど、とにかく書き直さねばと、自分でも驚くほどの集中力でもって更なる書き直しをする。

           月曜祝日の夜、頭の中が完全なる糖分不足になっているのを実感しながら本を持ち込んだ。どうやら(ようやく)上手い具合に滑り出したようである。若干気分よく駅前の焼き鳥屋でビールを飲んだ。芝居の話も久々にしたような気がする。とはいえまだまだ台本は未完成。頭のいいやつしかわからん、そういわせないための作業が続く。

          盆のこと

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             10日。仕事を終わらせて新大阪からサンダーバードに飛び乗る。正確にはサンダーバードに間に合う普通電車に飛び乗った。出張かよという帰省であるが、それというのも兄家族が盆休みをずらして既に帰省していて、この日帰らないと家族がみんな揃わないからで、会社を辞めて以来、最低この程度の親孝行はしようとうっすら肝に銘じている。

             自由席に何とか座れる。ただし喫煙車だ。煙い。のだが、窓から夕陽が射し込み、もうもうとした煙がチンダル現象を起こしてて何だか綺麗だ。というわけで僕もタバコを吸う。兄さんに電車の着時間をメールで伝えると、「誰か向かえに行くわ」という返事。誰が僕のためにビールを我慢してくれるんだろう。「何ならバスで帰るけど」と返信しようと思うが、家族に向かっていい大人になるのはやめる。日中、猛暑の中で配達していたのですぐ寝込む。

             電車が福井に着く。いつの間にかメールが来ていて、「タクシーで帰って来い」。飲酒を我慢しないのはもちろん、僕自身も最短で帰宅せよというビールと一家団欒への執念はなかなか凄いものがある。ちなみにバスはまだ走っているし、バス停から家まで徒歩1分だ。

             命令どおりタクに乗り込む。「里帰りけの」と早速福井弁で話しかけてきた。「今どこ住んでなるの。東京けの」などと会話を交わしていると、「帰ってくるのは盆と正月くらいか」「ええまあ」。…。そこで会話が途切れる。多分高校3年の娘がいて、東京の大学行きたいと言ってるのだと推量する。

             帰宅するなり、姪っ子が部屋の一番隅に逃げてそっぽを向いてしまう。毎度のことだ。「どーしたんやー、さっきまであんなにはしゃいでたのに」と父、母、ジジ、ババ総出でこの幼き姪っ子に“無茶振り”を見舞うのだが、姪は余計向きになって知らんふりを決め込む。

             今のうちは笑い話だが、そのうち思春期にもなれば本格的に嫌われるかもしれない。というわけで最近実行しているのが絵本作戦である。モノに頼って気を引くのは親戚のオッサンの常套手段だが、いかんせん女子となると何がいいのかわからない。なので絵本。選ぶときも自分が楽しいし。

             ただしそこは正確がねじくれた僕なので、なるべく親が買わないようなものを選んで「エリート教育絵本」と勝手に名づけている。具体的には「意味がさっぱりわからない絵本」。ウエルメイドな物語なんざ親に任しとけ。叔父の与える絵本はハイレベルだぜ。というわけで既に母(義姉)は警戒ムードであるが、今回は有名どころで先ごろ亡くなった長新太の絵本をあげた。意味不明な内容の最右翼な作家のような気もするが、義姉も喜んだ。名が売れてるということは素晴らしい。

             夕食は刺身がてんこ盛りだったが、いつも思うのは煮物などという地味な食い物がが一番旨いということだ。
             さんざん飲んで、風呂入って寝ようとしたら、兄さんが自転車をこぎに出かけていった。太らないために毎晩この独自ブートキャンプやってるのだった。

             11日。毎年帰省すると、やっぱこっちは涼しいなあと感じるのだが、暑い。何もする気がせず、姪っ子とお絵かきをする。昼飯を食って兄家族は去る。
             夕方から高校時代のクラブの友人の集まり。特に女子組が皆母になっているので、子供を預けて外出する口実が欲しいのだろう、ひところよりやけに召集率が高くなっているような気がする。早めに出かけて福井駅前をぶらぶらする。今年上半期に自主映画のロケをしたせいか、町の景色を割りと好意的に見ることができる。仕事で東京にいる大阪の友人が帰省すると「やっぱ大阪はええなあ」とストレートに言うのだが、そういう感覚は僕にはない。といっても何もかも嫌いというわけではない。なかなか複雑なのだが、説明すると長くなるのでやめる。

             会場は、ビールがやけに背の高い細長いグラスで出てくる頑張って小洒落たフレンチ風飲み屋だった。個人的には魚が旨い汚い飲み屋がいいのだが、こういうのはママさん組が決めるので仕方がない。

             女子の一人は、母親になってからすっかり体のラインが逞しくなって、母は強しを地で行く体型をしている。ガッカリする、という話ではなくむしろ逆で、街でつい振り返ってしまう綺麗な女子とはまた別次元の、ルネサンス的、太陽燦燦健康エロスを僕は毎度感じている。一言褒めたいと思うのだが、何を言っても高度な嫌味にしか聞こえなさそうなのでまだ実現していない。

             遅れて、男子のショウちゃんが現れる。教師にしてソフトボール部の顧問なため、甲子園球児ばりの日焼けをしている。話の流れでショウちゃんは仕事の愚痴をこぼしだす。愚痴といっても教育かくあるべし的な前向きな愚痴なので聞いていて面白い。当然ヤンキー先生批判になる。僕もあの人のいうことは教師の言うべきことではないと思う。そういう難しい話になる。歳を取ったなと思うし、悪くはないなと思う。ただし誰も僕に舞台とか映画の話を聞いてくれないので、もしや「触れてはいけない話題」にされているのだろうかとやや不安になる。

            「よっしゃ今夜は飲むぞ」というノリに一瞬なっていたものの、いざ9時を過ぎると「明日が」「子供が」ということで散会になる。明日も子供もない僕は、藤子F不二雄の短編「リアルオバQ」のオバQのような気分になる。

             というわけで、会社員時代の先輩で、現在福井に赴任しているTさんに電話する。当然のようにまだ会社にいたので、お邪魔する。多少顔の知った若い人もいて、しばし談笑した後、ノドグロを食いに福井の小さな夜の街へ繰り出す。ノドグロとは日本海で一番旨い魚である。「今日は一本釣りしたひってえ(凄く)いいのが入ってるよ!高いけど」と大将。Tさんは多少の躊躇の後、注文する。ごっつぉさんです。Tさんは間もなく鳥取に転勤になる。大将は「出雲の国かあ」と、福島や福岡と間違われること数限りない福井県民が一番してはいけない間違いを犯す。ノドグロ最高。

             12日。墓参り。母方の婆さんの墓だけは欠かさず行っている。行かないと呪われそうなそれくらい強烈な人だったとも言える。福井市の端っこの霊園。青と緑がまぶしい。アブラゼミの大合唱に混じって、ツクツクボウシの声も聞こえる。既に花が生けてあって、これは先日兄さん家族が参ったときのものらしい。兄さんは特に婆さんに可愛がられていて、今だったら虐待とか言われかねないくらいの教育を施されていたから、多分僕より数段祖先を敬う心が強い。

             霊園の近くには、湧き水スポットがある。一昔前は近所の人間しか知らない場所だったのが、すっかり有名になって、母親の希望で覗きに行くと、駐車場まで出来ていた。車は二台しか停まってないのに、混んでるからやめようなどと母親が言い出すのでたしなめて汲みに行く。別に水が欲しいわけでなく、いらん慎み深さ?が嫌いなのだ。泉の周りは厳かな雰囲気で、何より涼しいのがいい。じょうごとひしゃくが置いてあって、別に金を取るわけでもない。

             13日。年金パソコンと勝手に読んでいる親の強力なパソコンを使って作業をする。なにせイラストレーターがワード並みの速さで立ち上がるもんだから、楽でしょうがない。劇団の印刷物を作ったり、次回公演の脚本を書いたりするが、「お茶が入った」「飯が出来た」と横槍が入るし、何より暑くてちっともはかどらない。というわけで母親とスーパーに買い物に。多少はあったものの、もっと地元ならではのオモロイ商品がないものかとスーパー好きの僕は思う。

             14日。夜に再びTさんと飲みに行く。すっかり友人のいない僕には帰省するたびの貴重な友人だったので寂しい限り。どうでもいいバーに行って話し込む。

             15日。甲子園の仙台育英×智弁学園戦を見ていたら、お決まりの黙祷タイムがある。目を瞑るが、親父から「立て」と怒られ起立する。薄目で親父をチラ見すると、とても神妙な顔をしていた。甲子園球場も静まりかえる。といっても、興味はすぐ仙台育英の佐藤投手が投げる155キロの速球に切り替わる。

             そんなとき、急に母親が茶色い革の渋い渋いトランクを出してきた。「(戦死した)お爺さんの遺品、見るか?」。唐突過ぎる。

             私の母方の祖父は戦死している(正確には行方不明)。その祖父が戦地からよこした手紙なんかがこの渋いトランクに収められてるというのだ。祖母が死んだとき、遺品整理で見つかったものを長女たる私の母親が受け取ったとか。母親自身も未だ中身をちゃんと見たことがないらしい。ちなみに祖母が死んだのは20年以上前である。タイムカプセルの2乗。なぜ2007年のこの日、母親が白日の下にさらしてきたのか不明だが、強いて合理的な説明をするとすれば、「そういう気分になった」ということなのだろう。文豪の生原稿なんかがいきなり見つかるのもこれと大差ないのかもしれない。

             中からは祖父や、祖父の家に居候していた山口さんという人の戦地からの手紙、写真、その他モノを捨てられない人がしばしば訳もなく取って置くよくわからない書類なんかがワッサーと出てきた。「こんなしっかりした字を書く人やったんやねえ」と母親は言う。手紙はかなり分量があり、検閲があったので大したことは書いてないだろうが、何が書いてあるかは興味が惹かれるところだ。しかし問題は、達筆過ぎて読めん!とりあえず、今日のところは痛い日差しが射し込む縁側で、アブラゼミの声をBGMに、すっかり酸化した手紙と対面できたことだけ、感じ入っておくとしよう。


             さていい加減、することもないし、仕事もはかどらないしで、大阪に戻ることにする。電車に乗る前に墓参りに行く。高校時代の友人の墓だ。十年ほどまえに死んだ。毎度帰省のたびに墓参りに行っていたのだが、おととしだったか、山の崩落という豪快なトラブルで霊園が立ち入り禁止になっていた。どうやらその制限が解除されたということで、久々に訪れた。いつもショウちゃんの運転で行っていたので親父の運転で行くとどこにあるのかわからなくなる。多少迷って霊園をグルグルしたがどうにか見つかった。昔の親父だったら、イラチ全開で相当不機嫌になっているところだろうが、ノンビリ待っていた。崩落のせいで木がなくなって、見晴らしがやけによくなっていた。どうにも複雑な景色だ。

             駅に着くと、サンダーバードではなく、旧式の雷鳥がやってきて、だからかどうか、車内はガラガラで助かった。
            電車代をけちって京都で降りる。ためしに京都にいる会社員時代の先輩のKさんに電話すると暇なので茶でも飲むかという話になる。この人も転勤で京都を離れる。伊勢丹でマールブランシュのケーキと、それを眺める京都美人を交互に凝視しながら待つことしばし、Kさんが現れ、2人で京都タワーに上る。こういうときでもないと登らないという名所にありがちな訪問理由だ。ビアガーデンの広告を見て、昼下がりから飲む気分が高まるが、まだ空いてない。しょうがないので最上階のラウンジに行く。ミナミの帝王あたりに出てきそうな古臭い豪華な店内。なかなか面白いスポットである。たまにはオススメ。


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