【やっつけ映画評】マンチェスター・バイ・ザ・シー

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     とても地味な作品だ。若いころに見ていたら、あまりピンとこなかったと思う。地味な作品を楽しむ素養は、30前後くらいのときには備えていたような記憶があるし、地味な作品に憧れて目指した時期もあった。でもおそらく、この映画は理解できなかったんじゃないかなあ。いくつかのシーンでぐっときてしまいながら、同時に「ぐっとこれること」に己の年齢を感じていた。

     

     年を取ったからわかることがあるし、もう失ってしまった感覚もあろうし、人生はその繰り返しだと思うが、ある感覚を失うこと(例えば、新作マンガとか新譜のレコードとかをチェックしないといてもたってもいられなくなっていたこととか、テレビに出ている見目麗しい女優等を見て心拍数が上昇することとか)が必ずしも不幸ではないように、「わかること」が増えることが必ずしもいいことではないのではなかろうかと、そんなことを思いながら見ていた。

     

     一番ぐっときたのは、二度目の酒場の乱闘シーンだった。自分から手を出した結果、周囲からぼこぼこにされるので自業自得な上、手を出したきっかけも、肩がぶつかっただけで、まったくもってしょうもない。お前はギザギザハートの子守歌かと呆れ返っても仕方のないシーンにも思う。だけど、共感してしまった。なんでだろうと考えて、「人生にはもう取返しのつかないことがある」ということを俺もいくつか垣間見てしまったからだと思った。

     

     時系列が行ったり来たりする構成だ。主人公のリーは、現在では無口で愛想がなく、むしろ積極的に他人に心を閉ざしている。翳りのある男前なので、要所要所でモテるのだが、ただ面倒くさそうにするだけだ(序盤の酒場で隣の肉感的な女性があやまってビールをかけてくるシーンは、いかにも何かが始まりそうで何も始まらない)。一方で過去のリーは、ステレオタイプなアメリカ人風味で、面倒なくらいよく喋る。

     

     中盤あたりで、その変化の原因がなぜか、過去にあったリーの過ちが明らかにされる。こういうやたらめったらな不幸を持ち出してくるのは、危険な手法だ。まるでメロドラマのようになってしまい、白けてしまうからだ。なのに地味な映画という印象を受ける。やり方がうまいのだろう。それは例えば、リーの人格に変化が見えること以外は、何の前触れもなくこの不幸が訪れる脚本構成であったり、少ない台詞の中で、ちょっとしたしぐさや表情で当人のキャラや互いの関係性を表現する演技力や演出であったり、ということだと思うが、結果、このリーが背負ったむやみやたらな不幸も、「時と場合によっては誰でも起こりうること」として表現できていると思う。

     


    新水俣で親身にマターを考えた(友人もいると尚よし)

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       取材という名の観光、というよりは社会科見学その2。今日は仕事前に、新幹線に乗った。20分超で新水俣に到着、下車した。
      九州新幹線は、既存の駅とつながらない「新〇〇」という駅だらけだ。何もないところに新駅を作っているから、予想通り駅前には国道があるのみ。コンビニがあるところがさすが新幹線というところか。駅舎の立派さと周辺の殺風景さは、まるで中国の新駅である。バスが来る前の間、客のいない土産物屋を見物していると、饅頭がばら売りしていたので、かるかん饅頭を一ついただいた。美味い。


       雪が舞う中、ようやくバスが現れ、山村のようなところを走り抜けると、水俣市街が現れた。ひなびた街なのだろうが、駅しかないようなところにしばらくいたので、やけにアーバンな印象を受けた。バスの窓ガラスが全部スモークなので、写真を撮る気が起こらないのが残念。

       

       やがて海が見え、バスは「エコパーク」という広大な埋め立て地へと進んでいく。道の駅があり、グラウンドがあり、貨物の荷上場のようなところがあり、とにかく広い。これの何がどう「エコ」なのかというのがミソである。

       エコパークをずんずん進んだところでバスを降りた。ここにあるのが、水俣病資料館である。入場無料。広さは西南戦争資料館と同じくらいか。パネル展示がメインで、この公害病の発覚から検証、認定に至る歴史を解説している。ある1つのテーマについて詳しく知るとき毎度思うことであるが、教科書程度の認識には、実際の紆余曲折や費やした時間の長さが欠落していることを痛感させられる。格闘した人がおり、別の理屈に依拠して牾米瓩靴真佑おり、さぼった人がおり、そうしていくつもの思惑がぶつかりあってすれ違って、ありえたかもしれない分岐点を正解もしくは不正解の側に通過して、今のこの結果があるのである。水俣病に限らず、同じような格好で翻弄され尊厳を毀損された人々は歴史の中にたくさんいて、水俣病について詳しくなくても、そういう悔しさを想像できる程度には己も勉強してきたのだろう。患者の人々の顔写真を並べたパネルにぐっときてしまった。

       

       ところで水俣病といえば、ユージン・スミスが有名で、ちょうど生誕百周年でもあるが、館内には展示がない。権利関係のことか、事情は知らない。一番有名な写真(社会の教科書にも載っていた入浴のやつ)は、互いの遺族の話し合いで非公開にしたらしい。過去に展覧会で見たことがある。一番印象に残っていたのは、さして有名ではない「怨」の旗が翻っている写真だったが、その旗を展示で見れたのはちょっと興奮した。ちなみにユージン・スミスは重ね焼きとかトリミングとか、作り込みを写真に積極的に適用したことで知られる。そうすると「水俣の真実」みたいな部分と、どう折り合いがつくのか、最初に聞いたときは、ちょっと困惑してしまったものだった。その点で「客観報道」などと、受け売りレベルでスカしたようなことを言う立場には強烈なカウンターとなっていて、とても魅力的な写真家だと思う。

       外に出ると海が見える。チッソが排出した汚泥を処理するために埋め立てたのがこの公園で、かつてはここが水俣湾であり、だから名前が「エコ」ということのようだ。ぱっと見、各地によくある(大阪にもある)失敗した臨海開発夢の跡、みたいな場所に見えるこのむやみな広大さが、ある意味最も強烈な狹玄┃瓩世隼廚辰拭3い鮓下ろすと、荒天の影響で波がしらが立っていて、まるで日本海のようで怖い。

       

       1時間に1本もないバスに乗り、熊本に戻った。昼食は太平燕。昨夜は有名店でラーメンを食うも、やはり麺が受け付けず気持ち悪くなってしまったが、こちらは春雨なので存分楽しめた。

       

       そうして仕事に向かい教壇に立った。昭和史の新興財閥が出てくる辺りで、「そのひとつがチッソの前身日窒コンツェルンです」と余談を披露したが、ちっそも何の反応もなかった。耳タコだから聞き流された、ということにしておく。


      病み上がり出張

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         出張で九州。天気予報が「荒れる」と警告しているので遅延に怯えながら乗車したが、早速「電線に飛来物が」とのアナウンス。ただし1時間以上前の話だったので数分程度の遅延ですんだ。

         

         しかし、寒い。予報では関西より格段に気温が低いと出ていて、案の定雪もちらついている。でも積雪がないのはなにより。というのも、これからレンタカーに乗るからである。会社に頼んで早めの列車にしてもらい、先に取材という名の観光をする魂胆である。
         向かった先は西南戦争資料館。まんまと大河に乗っかったお上りさんになってしまった。おそらく西南戦争は48、49話くらいの扱いになるだろうから、ずいぶん先取りしてしまっているが。

         

         ここはホームページの案内も車で来ることを前提にしているほどアクセスはよろしくない。熊本市内から小一時間ほど北上すると、田園地帯が現れ、やがてナビは山道へといざなう。どうやらここが有名な田原坂付近らしい。ところが、借りた車に搭載されているこの案内係は「目的地」の片鱗も伺えない辺りで「目的地周辺です、案内を終了しますブチッ」とガイドを放り投げてしまった。ナビってこんなんだっけ?
         そうしてまんまと道を間違えたらしい。田原坂の「三の坂」「二の坂」と下るうち、絶対反対方向だったと確信したが、何せ道が狭いし退避スペースもないしで進むしかない。結局「一の坂」を下ったところにある駐車場のような場所でようやく引き返すことができた。

         それにしてもなかなかの急坂である(わかりにくい写真しか撮れなかった)。沿道には竹が生えているので気にならないが、道路の下は急崖で、ガードレールもない。対向車が来ると結構怖い。いや、対向車はほとんど来ないようなところだが、全体的にどこかしら怖いというか何というか、とにかく独特の雰囲気がある。ここで激戦があったという知識による後付け作用でそう感じるのか。それとも、激戦の残滓は百年そこらでは消えないのか。しかし、なんでこんな狭いところに進軍したんだ、というのは現代人の発想で、たどり着いた資料館の説明によると、当時、付近では最も道幅が広いルートだったとか。

         

         話が前後したが、坂を戻り、反対方向へ行くと、広い駐車場にたどり着いた。この田原坂公園の一角に資料館はある。
         小ぶりな建物で、展示資料はさほど多くもないが、なかなか面白かった。薩軍寄りの説明記述をしているような箇所もありつつ、そうでもない箇所もありつつ、この揺らぎが西南戦争の特徴を表しているようにも思う。

         何せ狒蔚稔甍靴い気譴討い訶殍訛Δ割れて戦った戦争だ。「抑圧頑迷閉鎖的矛盾だらけ幕藩体制を、開明派の若者たちが打倒した」。「竜馬がゆく」だとこの爽快な図式で物語を閉じるから安心していられるが、その後はこの図式が当てはまらない。旧武士を率いて挙兵したのだから、守旧派の反動勢力と見なすこともできる。「八重の桜」で格好いい役どころだった元会津藩士の山川大蔵は、政府軍の軍人として「今こそ戊辰の恨みを」と奮闘したとか何とか、何かの本で読んだ覚えがあるが、どっちも元あんたの敵だし、何なら旧武士勢力という点で薩軍の方があんたの側だろと混乱してくる。

         

         ついでに西郷自身も、時代によって評価は二転三転しているようで、旧武士を率いて挙兵した守旧派とみなされた時期もあれば、資本主義による富の独占を嫌い、原子共産主義に近い考え方を持っていた点でもって革命家と持ち上げられた時期もあるそう。発想としてはポルポトと重なってくるから、すっかり流行らない持ち上げ方である。思想はさておいても、かならずしも太陽のような人ではないという描かれ方が昨今は主流で、「八重の桜」でも謀略家的側面が強調されていた。まあとにかく、とらえどころの難しい人であり、戦争であったということだろう。維新の志士を気取る輩が総じて胡散臭くて信用ならんのは、捉え方が「竜馬がゆく」止まりだからだ。彼らは往々にして「ぶっ壊す」の爽快さしか見てはいない。さて「西郷どん」はどうなるのだろう。今のところは青年期の実直な全力男として描かれているが、その後変わるのか変わらないのか。

         館の外には展望台のような広場があって、戦場が一望できる。館のある側に薩軍がいて、向こうの山から官軍が攻撃した。隣には慰霊碑があって、死者の名前が両軍とも刻んである。ちょうど行きの新幹線の車中で「征西従軍日誌」を読了していた。西南戦争に従軍した一巡査の日記で、まるで朝顔の観察日記がごとく、ろくに感情を交えず淡々と事実の記録をしていた我が母親の育児日記のごとく、冷静な筆致が面白い本だった(漢文書き下し調なので、慣れるまでかなり読みにくかったが)。そんなものを読んだせいで、刻まれた名前一人一人に、なんとなく体温を感じたのだった。


        滑って転んで寝正月

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          伊吹山。車窓から撮ると電線が邪魔っすなあ。

           

           年末に帰省すると駅前の広場に仮設のスケートリンクができていて、たいそうな賑わいである。受験を控えた姪に、「先にスベっておくか」と冗談半分で持ちかけると「行く」との返答。「やったことがないので」という理由である。彼女は兄の娘らしく全体的に保守的なのだが、兄と違ってたまに予想外にチャレンジ精神旺盛なところを見せる。そういうわけで連れて行くことにした。


           義姉が「あんた滑れるの?」と聞いてきて、「わからない」と答えた。実のところ、脳裏には、学生時代に何度か訪れ「見た目の印象より簡単だな」と思った記憶がよみがえっていたのだが、慎重を期して誤魔化した格好である。この判断で正解だった。
          実際リンクに立ってみると、あれは記憶の美化/捏造だったのかというくらい滑り方がよくわからなかった。派手にすっころんだし。そのうち疲労で脚が動かなくなった。右足を踏み出して滑ろうとしても左脚がついてこないので、コンパス状態でくるくるその場で回ってしまう。

           

           一方の姪は、「怖い」となかなか外周の手すりを離そうとせず、そのくせ根気強くカメの速度で周回していた。その根性は大したものだ。

           

           そうして正月を迎えると、胃腸がおかしくなってついでに熱を出し、医学的に寝正月だった。スケートで転んだことは無論、関係なかろう。正月は油断すると寝込む、という自身の学習を、加齢が追い越している印象である。

           

           姪は熱心に勉強していた。第1志望校の判定は現在のところ芳しくないらしい。足を引っ張っているのが国語という。いわゆるすべり止めで受ける私立校の過去問を見せてもらうと、確かに簡単ではなさそうだった。何より、60分でやる分量とは思えないボリュームで、現代文は本文自体がかなり長い。難易度はともかく、長い文章とそれにまつわるたくさんの設問を、短い時間で解くことそれ自体にどれくらいの意味があるのか、ちょっと考えてしまった。

           

           試験なので制限時間の設定は必然だし、限られた時間の中で要領よく正解を導くという作業も重要だろう。でも現代文の場合、大意をつかむことよりは、細かい読解を要求していて、設問もそうなっている。その一方で、要領よくやらないと終わらない時間設定では、文章を読むときに、ざざっと読む、つまり「大意をつかむ」に寄ってしまうのではないかと思うのである。

           

           こんなことを考えるのも、人工知能の先生が提唱しているリーディングスキルテストの話を読んで、間に受けてしまっているからで、確かに「読めない」学生をしばしば相手にしている立場からすると、あの先生の言っていることは当を得ていると感じる。要は、「それ」が指しているのは何か、とか、そんなレベルのことが読み取れるかどうかで、文意をつかめるかどうかが分かれる。中高の国語の試験は大事な点をきちっと押さえているといえよう。

           

           これは「読めている」と思っている人も当てはまる部分があって、何より自分自身、教える立場になってみて、結構色々すっ飛ばして雰囲気で文章をつかんでいたと自覚させられた。文章は読むより書くのが難しいと思っている人も多いと思うが、そもそもちゃんと読めてないから書くのもうまくできないということではないかとも思う。

           

           だから、普段の読書でそんなことしねえだろ、っていうくらい細かい読解を、時間をかけてやる方が、試験としても何かと有益ではないかと思ったと、そういう話である。熱が出ているときに考えることではない。


          新春

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             本年もどうぞよろしく。

             食べ方はこちら。

             



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