本の感想:自転車泥棒

0

     読み後わってしばらく、何かをする気が失せ切ってしまった。これ自体はごくたまあること。問題は、読み終えたのがちょうど仕事の合間にできた空き時間だったことだ。待ち構える次の仕事に全くもってやる気が持てなくなってしまったというのもあるし、2時間の空き時間の前半の1時間目くらいで読了したので、残り1時間を放心して過ごす羽目になったのがなにより困った。

     

     終わりが近づいてくるとにわかに読み終えるのが惜しくなるタイプの読書は、いつ読み終えるかの自己管理が重要だ。万難を排した状況でゆったりと最終頁を迎えるべきである。なので俺がこの合間時間にやるべきことは、読書ではなくて雑務の処理、ということは重々わかっている程度の人生経験はあるはずなのだが、我慢できなかったのだった。だって、面白くもなんともない雑務と、続きが気になる本が両方手元にあったらさ。

     

     おかげで雑務の処理もできなくなったので、とりあえずは頭の中身を吐き出そうと本稿を書き始めた。仕事の観点からみれば、さらなるサボリの上乗せである。それで世評はどうなのだろうと携帯で検索したら、本書刊行からほどなくして訳者の人が亡くなっていると今更知り、読後の放心とは別種の衝撃にまたやられてしまった。テレビドラマで衝撃の結末を迎えている場面で、著名人の訃報が速報で流れるのと同じ状況。完全に途方に暮れる。


     コアな読書家か同業者でもない限り、訳者にはそんなに意識がいかないものだと思うが、本作の天野氏の場合、まず訳者あとがきが妙に印象的で、この人おもろいな…と、経歴を見たら、「あの本もこの人の訳だったのか」といった作品が並んでいて、言われてみれば訳が見事だったな、と後付けで思い始めていたところだった(俺の場合はもちろん「読みやすい」くらいしか、その技量は汲み取れない)。さらにご高齢ならまだしも、俺の兄と同年齢、つまりは「早すぎる死」でもあるから余計にびっくりである。

     

     それでネット上にあったこの天野氏の追悼記事を、にわかもにわかで沸き上がった哀悼とともに読んでいたら、この記事の筆者が「台湾関連に興味を持つと必定出くわす」でお馴染みの野嶋剛氏であった。またもや。

     

     説明順が逆になった。台湾の作家による作品だ。台湾が舞台でかつ戦前の台湾が出てくるようだ、という程度の興味で手に取った。いかにもおもしろそうな雰囲気を醸し出している装丁も多いに手伝い、半分以上はいわゆる「ジャケ買い」の類である。内容もよくわからないまま読み始めたのだけど、自転車泥棒は登場せず泥棒される登場人物ばかり出てくる。表紙のイラストからつい子供が主人公の話かと想像していたが、そういうわけでもない。帯には「消えた自転車の行方を追っていつしか戦時下のジャングルへ」旨あるが、この文面自体、まるでラリったうわごとのようで、さっぱり意味がわからない。なのでファンタジックな冒険譚なのかとも思ったが、まったくそうではない。しかし読んでみると、これは確かに「消えた自転車の行方を追っていつしか戦時下のジャングルへ」だった。実に自由自在な内容だと思う。

     

     


    【やっつけ映画評】新聞記者

    0

       「日本映画でもこんなのが作れるのか」と話題の作品。確かに「前川」に「伊藤」に「国家戦略特区&大学」にと、現政権を巡るあれやこれやを全部ぶっこんでやがる。最もきわどいのは、「都銀の疑惑を巡る自死」で、実際「都銀」を巡る疑惑を追いかけた記者が複数人「自殺」している。

       だけど実際のところは、これで「全部」ではないよね。というか、現政権の場合は疑惑云々もさりながら、先般のG20の体たらくも案の定なように、本業の政治における異次元の節度緩和が酷過ぎて、疑惑の類も霞むほど。というわけで「全部ぶっこんだ」ではなく、論点を絞った内容といえてしまい、困ったものだ。


       韓国映画のような暗く重い映像と、日本映画得意の淡々ぶつ切り展開が合わさっている。ついでに主演の2人も韓国と日本。女性記者の方は、ヒロイン風味がひとつもなく、ただ性別が女性なだけといった風に描かれている点がホントっぽくて好感が持てる。一方の内閣情報調査室職員は、松坂桃李の善良で甘い雰囲気があまりホントっぽくないのであるが、まあ「フィクションですよ」を担保しているとはいえそう。超余談だが、この内閣情報調査室は、「いだてん」でリリー・フランキーが演じている緒方竹虎が原型を作ったのだそう。田中哲司の役は、リリー・フランキーだと余計怖かったかもね。

       

       個人的には、「日本の黒い夏 冤罪」で軽薄な下っ端記者を演じていた北村有起哉が、本作では主人公・吉岡記者の上司を重々しく演じていて、出世したのうというか老けたのうというか。かつての俺の同期だった人々も、現在似たようなポジションに就いているのが多いので感慨深いものがある。同世代の俳優だろうから余計に真に迫るものが、と思って検索したら、生年月日がほとんど同じだった。ペネロペ・クルス以来の親近感が急に湧く。ペネロペ同様、直に会う機会があっても一個だけは話題に困らずに済むな。


       序盤は割と退屈だ。内調松坂こと杉原の汚れ仕事の方は面白いが、吉岡記者はテレビ見てTwitterしているだけ。あと付箋に英単語を書きつけ貼り付けを繰り返しているが、TOEICの勉強でもしてるのか?という意味不明な作業である。既に述べた淡々ぶつ切り演出が相まって、疲れていると眠りに落ちてしまいそう。だが後半は見事に疾走していき楽しめた。そうして賛否の分かれそうなラストになるが、これは後で書く。


       まず吉岡記者や杉原が見ているテレビ番組に前川喜平や望月記者が出ている点についてだ。
       序盤に前川をモデルにしていると思しきショボい狃絞広瓩描かれているのだが、その横で本物が登場している(実際にあった討論番組の映像が劇中のテレビに流れている)。前川2人いるじゃんというのが少々可笑しいのであるが、このテレビを見ている主人公の吉岡記者も、必然画面の中の望月記者と重なる。「原案」に思い切りクレジットしてあるので嫌でも同一視する(ただし彼女を有名にした官房長官記者会見のシーンはない)。この演出には、現実のトレースの生臭さを和らげる効果があると思う。どういうことか。

       本作では「東都新聞」「毎朝新聞」といった新聞社が登場する。フィクションではお約束の陳腐さが漂う名前であるが、脇役のライバル社を読売だ朝日だと実在名にすると、嘘臭さがいくばくか回避できる。これと似たような手法、といっても余計わかりにくいか。とにかく現実をモデルにした嘘モノと、モデルにしたそのものを併存させると嘘臭さが少し和らぐという理屈である。

       

       だけどそれだけが目的ならあんなに何度も登場させる必然性はない。結果、生臭さの中和というより生臭い党派性を感じ取る人の方が出てきそうとはいえる。そもそも「本人登場」の瑣末なことより、実際の出来事を思い切りなぞることに疑問を持つ人は(現政権に批判的な人にも)一定数いると思う。本作が絶賛されたとして、その評価は実際の出来事を扱った政権批判によって何割か嵩上げされているのであって、純粋に映画としてどうなんよという批判である。トランプが報道を「フェイク」と安易に否定することに危機感を覚えたスピルバーグが、ニクソンといういわば歴史上の政権を題材にしたのは、おそらくその方がすんなり受け入れられると判断したからだ。


       だがアメリカと異なり、本作でモデルになっている数々の疑惑は、大手メディアではちっとも報道されないか報道されてもちょびっとであることがしばしば(本作でもちらっとそういうシーンがある)。その危機的状況を踏まえると、問題は本作にあるのではないよね。だからこれくらいやっても丁度だと思う。本作が矛先を向けているのは現政権それ自体よりは、むしろ「いや〜どうなんだろうねえあの映画は」と事情通のしたり顔で苦笑しているあんたがただ、ということである。


       さて音楽映画のクライマックスが演奏シーンなら、新聞記者モノのクライマックスは稼働する輪転機である。本作もそのお約束は踏襲している。改めて見ると、もの凄い装置だ。印刷屋で働いた経験がある身からすると、より一層、信じられない高性能なんである。そこから吐き出される記事は、別にスクープじゃなくても常に上質の者であってほしいと願うばかりであるが、本作ではこの輪転機が稼働して大団円とはならない。問題のラストについてである。

       


      陶器と投球

      0

         

         というわけで、中之島香雪美術館「中国のやきもの」展に。
         タイトル通り、中国ど真ん中の展示。こう並べられると、やはり白地に青の絵付けの皿が普通のものに見えてしまうからいい加減なものである第二章。


         陶磁器は、自分が普段使いしているところを想像して欲しくなるものを好んで見ているだけなので、自身の生活とは縁遠いカメや壺の類はあまり興味がわかない。なので、この器欲しいな…、と眺めているだけに終わるわけだが、今回は1点だけ、水差しみたいな茶道具の色がやけに綺麗でじーっと眺めていた。あまりに見入っていたからか、「綺麗よねえ」と隣で見ていたおばちゃんが話しかけてきた。


         これらこの美術館の収蔵品は朝日新聞の創業者・村山龍平のコレクションをベースにしている。展示の中には「川崎重工の創業者が持っていたけど金融恐慌で村山家に所蔵が移った壺」なるものもあって、近現代史のまつわり感が濃い。この時代の財界の人間は総じて中国陶磁器好きなので、この手の展覧会は必然戦前史に並行する。そしてこれもまた「日中関係史」が記すごとく、中国美術には詳しいけど中国についてはよく知らないという事実の現れだと思う。

         

         この村山は先日の「いだてん」に一瞬だけ登場していた。第2部の主人公・田畑を「顔がいい」と採用を決める鶴の一声を言うだけのチョイ役であったが、「第1回の甲子園大会で始球式を務める袴&麦わら帽のジジイの写真」のあの当人としてよく知られていると思う。


         この「いだてん」は半分惰性で見ていたのだけど、萩原健一が出てきたところで「見ててよかった」と思った。遺作になったからこっちが勝手に価値をかさ上げしているところはあるにせよ、何だこの恐ろしい迫力。テレビで俳優を見てかっけーと思ったのはいつ以来だろう。電話で名前を名乗って座っただけの演技なのに、どうやったらこんな存在感を出せるのだろうと考えると、必然、やっぱ無軌道ぶりが要るんじゃねえかとつい思っちゃうよね。でも違うんだな。それが正しかったら、他にもっと格好よくなる勘定になるアウト人生な人間はいくらでもいる。じゃあ何だと言われると、わかるかよ。

         

         半分惰性と書いたが、実のところ最近は割と面白く見ていた。序盤がキツく感じてしまったのは、展開が複雑だとか戦国じゃないとか、模範解答いっちょ上がりな芸能記事の陳腐な分析とは全く別の理由で、単に主人公の金栗四三が好きになれなかったからだ。気が回らないかなり幼稚な人のくせに周りからそれで許されているところが、自分のダメな部分(もしくは会社員時代の同期のK)を思い出してイライラさせられたのだった。

         

         それが女学校に赴任することになってからは面白く見た。スポーツを通じて女子学生を変えていくところは、「コッホ先生と僕らの革命」を彷彿とさせる。そういえばあの映画でも、当時のドイツには「スポーツ」はなく、精神修養的な体操だけがあったとしていて、「いだてん」の肋木教官と同じ情景が描かれている。貴族の息子がサッカーというお下品な競技に興じていくさまや、その父親が激怒して主人公である教師を妨害してくるのも同じ展開だった。


         スポーツはルールさえ理解すれば、どこの国の人間だろうと同じ舞台で戦えるという点で元来グローバルな存在である。勝つためにはローカルを捨てないといけないこともしばしばで、日本式泳法にこだわっていた連中が五輪で惨敗してあっさりクロールに宗旨替えする場面はその一例だ。そして単に競技についてだけでなく、社会の価値観を揺るがすこともある。

         異形の化物扱いされて自己を否定されてきた人見絹江がその才能を開花させていくくだりは、日本人がメダルを取ることとは別次元の意義があり、この辺りのドラマは胸が熱くなる。演じている役者も狼のような鋭い雰囲気を出していてかなり格好いい。ショーケン以外にもいたな。格好いいのが。


         というような、もしかすると啓蒙思想よりも「平等」の理解に役立ちそうな側面があるはずのものが、「体育会系」=上下関係という構図に飲み込まれていったところを見ると、ローカルの価値観侮りがたしである。「美」は普遍的なもののようでいて、明朝の焼物がオスマン帝国に渡ると宝石があしらわれるみたいなものか。

         美術の場合は別に好き好きの話だし、面白がればいいだけのことだろうが、こちらスポーツの場合は、結果生み出されていることが暴行だったりパワハラだったりするからなあ。

         このドラマは日本のスポーツの発展に尽力した人々の物語ではあるものの、だからといって日本の日本のとそこばかり着目するのはスポーツの本義みたいなところからズレてくるのだろう。その点、オリンピック憲章は大事なこと書いてるよね。


        器から宝石を取るこ(トルコ)とはできない

        0

           「トルコの至宝」という電車の中吊りを見ていた。ヴィルヘルム2世のドイツ帝国と滅亡が同期に当たるオスマン帝国の秘宝的なものの展覧会である。中吊り広告には、大量の宝石をあしらった金細工の写真がどーんと配置してある。

           この手の宝飾品はちっとも興味が湧かない。以前インドの国立博物館に行ったとき、これと似たような宝石まみれの金細工が大量に展示してあるのを見た。そこの部屋だけ武装した警備員がいて、そりゃまあルパンが来るとすればここだよなという金勘定の話としてはわかるのだが、あまり面白いとは思わなかった。宝石自体に関心が薄いからだろう。


           しかし、聞くところによるとスレイマン1世の刀が展示してあるらしい。ただの記号に反応するのはまったくもって幼稚であるが、仕事の都合で京都に行く機会も手伝い、まんまと来てしまった。

           書店の中公新書の棚で、割と長らく表紙をこっち向きに並べてプッシュしている「オスマン帝国」は、買ったはいいがまだ読んでいない。そういうわけで知識もそこそこだが、鑑賞上はあまり関係がなかった。

           

           スレイマン1世の剣は、柳葉包丁くらいのサイズに、大量の金細工をあしらっている。ほほう、これかと眺めたが、よくよく考えると、俺は刀剣類もそれほど好きではなかった。歴史博物館の類にある刀の展示を面白いと思ったことがあまりない。


           女性が多いのは宝石類の人気からだろうか。ポスターに使われている巨大エメラルドをあしらった装飾品は、実物を見ると割と惹きつけられた。そういえば、子供のころ、エメラルドだけは好きだったなと思い出した。百科事典的にとにかく名称を記憶するのが好きな子供というのは珍しくないと思うが、俺もその例にもれず、わけもなく動物の名前や星の名前を覚えたものだ。その一環で、誕生石っちゅうのを覚えたわけだが、なぜかエメラルドだけ気に入った覚えがある。

           なんでだろうと思い返すと、名前がクイーン・エメラルダスみたいで格好いいのと、緑が好きだったからだろう。緑の服を好んだ記憶は全くないが、これまた百科事典的に覚えた世界の国旗の中でイタリア国旗が好きだった覚えはある(緑が格好いい)。

           

           イスラム圏といえば、テキスタイル系も有名であるが、こちらも熱心に見つめている女性が多い。宝飾品と違ってこちらは割と好きな方だが、台湾原住民の刺繍を見たときほどは盛り上がらなかった。流れるような繊細なデザインが多いからか。あとはセデック・バレのせいだな。トルコの歴史にもう少し詳しくなると反応も変わるのかもしれない。

           

           これらの宝物の中で、結局反応してしまうのが陶磁器というのは、完全に友人の学芸員Kの影響である。
           明から仕入れた磁器だ。キラキラの宝物の中で、白地に青の絵付けをした相当に見慣れているはずの皿を見ると、ずいぶんな秘宝に見えるからいい加減なものである。ただし、オスマン帝国の人々はこれだけでは満足できなかったのか、器に宝石をちりばめるカスタマイズを施していて、ついていけない発展を遂げている。

           ここは是非、要らんやろそれ、という純血主義は捨てて、越境する文化のダイナミズムを感じるべきところであるが、うーん、要らんやろそれ、とついつい。


          本の感想:通史(と痛飲)

          0

             

             

             ストレートなタイトルと700ページ近い大部にびびっと反応してしまい、結構値が張るが買ってしまった。いつかは読まないといけないのだろうかと思っていた佐藤賢一氏の「カペー朝」「ヴァロア朝」「ブルボン朝」の新書シリーズが、この一冊で済むのだからお買い得。

             各国通史は、新書の類でいくつかは読んだことはあるが、やはり現地の人間が書いたものにはなかなか勝てんはね、と読みながら思った。といっても記述はあっさりしたもので、機械的にサクサク話は進んでいく。扱うテーマの長大さとページ数の関係からいえば簡素な記述にならざるを得ないわけだけど、それでも無性に面白い。

             高校世界史では大して習わない合間の国王(例えば頻出度Aクラスのルイ14世、16世に対して影の薄い15世など)含め、連続的に王朝をずーっと記述しているので、点で知っている歴史が線としてつながっていくのが快感なのだな。これもひとえに概略を知っているからで、高校の授業と、たまに手に取るピンポイントの歴史の新書類に感謝せんといかん。こういう連続性の中で、ジャンヌ・ダルクのような超有名人が出てくると、その特異さが際立って伝わってきて結構感動する。

             

             日本史とは異なり、よその国と地続きで、かつ中国のような圧倒的強者がいない点も面白い。そもそも始まりが、今のフランスの地にフランスとして始まるわけではない。塵が集まり、やがて太陽系の各惑星になりましたみたいな話に近い。フランス国王なる存在が生まれた後も、王家の親戚がイギリスあたりと結託して反旗を翻したり、そうかと思えば金を払って土地を譲り受けたり、犢餠線瓩諒兪がカオスで「今ヨーロッパのどこまでがフランス?」というのはさっぱりわからない。土地勘があればもう少しマシなはずだが、島国の人間には感覚的についていけない点は間違いなくあるよね。

             

             という話のつながりで、父親の喜寿祝を名目にして実質自分も飲む高級洋酒のお買い物。
             以前に紹介したブランデー「カルロス1世」のXOを店で見かけ、予算ともうまくマッチしたので購入した。たまたま立ち寄った新地のディスカウントチェーンで見つけた。さすが場所柄か、扱っている酒の種類がかなり多い。というか、新地のクラブより遥かに美味い高級酒が、同額ないしはずっと安い価格で(相場知らん)買えるやんとつい思ってしまうのは、ここのクラブに全く縁のない人生を送っている人間の発想。

             

             カルロス1世は「フランス史」ではフラソンワ1世のライバルとして登場する。男前で社交的でただし短絡的なフラソンワに対し、美男子でもなく明るくもなく、ただし政治家としてはこっちが上手だろうなというカルロス。さあてそのお味は、というと、まずこの箱の開け方がなかなかわからずまごついてしまった。まさかの磁石でくっついて閉じております。高級ブランデーはしばしばやり過ぎなくらい瓶のデザインに凝るものだが、箱からして凝り過ぎだ。

             


             仕切り直し。実家の棚の奥にしまっているブランデーグラスをわざわざ出して、トットットットという音を聞いて、さて舐める。おフランスと違ってハードな味わい(XOだから当然まろやかな口当たりだが)。色も暗いし、確かにこれはカルロス1世だ。

             

             本の話に戻る。通史ついでにこちらは二国間通史。「袁世凱」が面白かったので、同じく岡本教授の本をと手に取った。「袁世凱」とは異なり、学術色の薄い版元のカラーに合わせた講談調(?)の文章で、器用な人だと感心した。大学の先生で文章のスタイルを使い分けられる人はそんなにいないはず。

             

             日本の歴史において、中国について詳しく知っていた時代なんかまずない、という事実を、時代を追って詳らかにしていく内容なのだけど、元、明あたりの、商業を視点とした歴史の説明が面白かった。特に明は、長い割にはよく知らない王朝だしで、キーワードしか知らないことが多少はつながった印象。

             

             新書ついでに、通史でも何でもないピンポイントの歴史についての話題の新書も読了。ひたすら日本軍兵士の死のパターンとその背景が綴られていく強烈な内容。新書にしても短めの分量のはずだが、なんどかキツくなって間を空けざるを得なかった。
             兵士の置かれた劣悪な環境もキツいが、最もしんどかったのは自殺に追い込むほどいじめをするアホの上官と、それを解決する気もない上層部の残念な実態の部分。兵士の過酷な現場に比べて、やすやすと想像がつくから余計にキツいんだろう。今の社会状況が後押しする部分もあるしで。


             著者があとがきでも触れているように、リアリストを気取って簡単に戦争を口にする真正「お花畑」に対する強烈なアンチテーゼとなっているわけだけど、こんだけしんどい話だと、そりゃあ当人たちが鬼籍入りするにつれ、なかったことにするマインドは働くわなあとも思った。
             

             

            『フランス史』講談社選書メチエ2019
            ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニー
            監修:鹿島茂、訳:楠瀬正浩


            『日中関係史 「政冷経熱」の千五百年』 PHP新書2015
            岡本隆司

             

            『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』中公新書2017
            吉田裕



            calendar

            S M T W T F S
                123
            45678910
            11121314151617
            18192021222324
            25262728293031
            << August 2019 >>

            selected entries

            categories

            archives

            recent comment

            • お国自慢
              森下
            • お国自慢
              N.Matsuura
            • 「続く」の続き
              KJ
            • 【映画評】キューブ、キューブ2
              森下
            • 【映画評】キューブ、キューブ2
              名無し
            • W杯与太話4.精神力ということについて
              森下
            • W杯与太話4.精神力ということについて
            • 俺ら河内スタジオ入り
              森下
            • 俺ら河内スタジオ入り
              田中新垣悟
            • 本の宣伝

            recent trackback

            recommend

            links

            profile

            search this site.

            others

            mobile

            qrcode

            powered

            無料ブログ作成サービス JUGEM