【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(8)The Queen Is Dead

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     インドは歴史上、全体を統一するような巨大王朝が出来たり、バラバラになったりを繰り返してきた。中国と似ているが、インドの場合は巨大王朝が安定政権を築いた期間はそれほど長くない。

     よそからやってきた人間が王朝を築くのも中国と似ているが、ムガル帝国も同じく、いわばヨソモノが作った王朝だ。ムガルという名前が「モンゴル」のなまったものらしいが、現在のアフガニスタンあたりから来た人々である。モンゴル帝国の後継を称するティムール帝国、の後継を称するから「モンゴル」になる。ティムールという人は、当人のカリスマ性だけで西アジアに巨大帝国を作り上げた世界史上たまに現れる化け物であるが、必然死んだあとは崩壊した。ムガル帝国は何代かにわたって版図を広げる常識的な発展を遂げた王朝だが、最大版図を誇ってすぐに没落するから、ゆっくりとしたティムール帝国のようなもので、その点まさしく後継といえる。

     

     タージマハルを作ったのは、5代目皇帝のシャー・ジャハーンだ。ペルシャ帝国の支配者を意味する「シャー」と、モンゴル帝国の支配者を意味する「ハーン」を併せ持っているから、こいつは最強ではないかと高校生のころ教科書を見て思ったものだった。
     実際、死んだ妻のためにこんな巨大で豪華な建物を作れるくらいだから、相当の権力を持っていたに違いない。普通、巨大な墓は自分が死んだ後のために生前作るものだが、嫁さん用に彼女が死んだ後作ったというから常識はずれな廟といえよう。シャー・ジャハーンは、自分用に黒いタージマハルを作るつもりだったが果たせず、政治対立で自分を幽閉した息子に、死後、この廟に無理やり葬られた。マスオさん的夫居候状態の霊廟である。


     インドといえばヒンドゥー教だが、このムガル帝国は西アジアからやってきただけあって、イスラム教の王朝でもあった。このため、ドーム屋根に尖塔にと、モスク風の建築様式となっている。といっても巡礼者の厳粛な雰囲気は特になく、多くの観光客がめいめい勝手にはしゃいでいる。

     お約束は、遠近を利用して玉ねぎ頭の先端をつまむ写真を撮ることのようだ。インド国内外から訪れた多用な人々が、あちらこちらで「シャー」ならぬ「シェー」のようなポーズをしている。ピサでお約束の、斜塔を支えるパフォーマンスに比べて面白味は少ないが、イギリスが植民支配したときに、屋根の頭頂部を飾っていた金箔をそれこそホンマにつまんで奪って行ったというから、図らずしも反帝国主義のパフォーマンスとなっている。

     踊る阿呆に見る阿呆、我々もオッサン同士、同じことをしてはしゃいでいるうちに、再び雨脚が強まってきた。間の悪いことに、7月のこの時期、北インドは雨季だ。先ほどはすぐ通り過ぎたので、木の下に逃げ込み、そのうちやむだろうと高をくくっていたら、どんどん豪雨になってきた。暑いので濡れること自体は大した問題ではないが、カメラをぶら下げているので気が気ではない。遠くに建物が見える。あそこに逃げ込もう。そう決断して、俺たちはダッシュした。

     

     そこはいくつかの絵画や文書を展示した小さな博物館だった。結構な人数が避難していたので、満員の熱気で軽くむせ返っている。タオルを出して頭や体をふくと、すぐさま搾れるくらいにベタベタになった。あのまま居残れば、確実に服の上からの入浴になっていた。
     せっかくだから展示物を鑑賞しようとしたが、体が濡れているし、蒸し暑いし、混み合っているしで、まったく頭に入らない。あきらめて、空調の冷たい風が当たる場所を探して、そこでボケーっと待つことにした。

     

     その場所は、入り口のすぐ近くで、外を窺うと相変わらず雨は激しいままだ。次々観光客が避難してくる。そのうち、入り口にいた係員がドアを閉めた。雨が吹き込むのを防ぐためか、空調を効かせるためか。
     どちらも違った。間もなく、遅れてまたやってきた観光客たちがドアをノックすると、係員は太い閂をガシャンとかけた。閉め出し――。
     ノックがやがてドンドンと激しくなり、子供の泣き声がする。係員は再びドアに触れた。さすがに可哀想になって迎え入れるのか。だがこれは日本人的発想だったようだ。係員は追加で南京錠をセットし、ガチャリと施錠した。閉め出しその2――。観音開きの扉は、強くノックされるたび、かすかに内側に凹む。ドンドンドン! 泣き声、「開けてくれ!(想像)」というヒンディー語の絶叫。まるで戦争だ。

     

     ドン引きしているのは我ら2人とアングロサクソン系観光客だけで、地元民たちは気にする様子もなく雑談している。扉の係も表情一つ変えない。あまりに殺伐とした雰囲気に、D氏も苦笑を通り越して大笑いしている。人口が多い国だけに、入場制限が常態化している国情なのだと推測する。そうしなければ最悪の場合、圧死してしまう。理解はできるが、係員が何の説明もなく、無言・無表情でカテナチオを決め込む様子には、人口減少社会の民としては困惑してしまった。

     

     小一時間ほどで雨が弱くなってきた。同時に人々はさっさと外へ出る。我らも小雨になったのを確認して出た。暑いので濡れて体力を奪われることはなかったが、精神的に消耗してしまった。いや弱っている場合ではない。この観光地の本体たる廟の中に入らなければならない。


    【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(7)Johnny B. Goode

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       霞みかけた本来の目的たるタージ・マハルに到着したらしい。俺たちは車を降り、運転手は駐車場で待っていると、奥へ消えて行った。
       「まずは、あそこの建物でチケットを買ってください」
       真っ赤なポロシャツを着た短躯の中年男が俺たちを役場のような建物に案内した。イルファーン・カーンだの相島一之だの連ねたばかりで早速矛盾するが、この男は林家三平(先代)に似ている。


       「外国人は1人1000ルピーで、カメラを持ち込むなら追加料金がいります。ビデオは禁止です。スマホの撮影は無料で、タバコはダメですよ。大丈夫ですか。さあ窓口はあそこですよ。チケットを買ってください。カードも使えるよ」
       ヒンディー訛りの早口でまくしてているから、ちっとも聞き取れない(これがブリティッシュだったところで俺はロクに聞き取れないが)。D氏が「というようなことを言っている」と通訳し、そして個人の感想を付け加えた。「それでこいつは誰なんだ?」

       

       外国人料金は国民より遥かに高い。カメラを持ち込む際は金をとられる。写真はいいがビデオは禁止。インドの文化財は大抵こういうルールで公開されている。スマホでも動画が撮れる時代にあっては、ちっとも実状を反映していない。そもそもなぜ動画は駄目なんだろう?

       

       なぜか無料でボトルの水がもらえる。暑いので早速飲んだが、硬水甚だしく、あまりおいしくない。
       「さあでは見学に行きますよ。私は政府公認のガイドです。2500ルピーで案内します」
       男は忙しい手つきで身分証を見せてきた。流れるような売り込みは見事といえば見事である。「これ(身分証)が本物かどうかはわからない」とD氏がすぐさま俺に解説する。俺にとっては、聞き取れない言葉であれこれまくし立てられても煩わしいだけなので公認だろうが自称公認だろうが答えは最初から決まっている。断ると2000ルピーに値下がりし、断り続けているうちに500ルピーまで値下がりした。政府公認の大幅なダンピングはインドも日本も同じようである。惜しいかな、あれの現場は尼崎ではなく豊中市だが。

       

       タージ・マハルへは、このチケット売り場から、電動カートに乗って移動するらしい。10人くらい乗れるが、到着した途端、我先にと殺到するインド人に排除されてしまい全然乗れない。こういう現象に対して「日本人は農耕民族だから温厚だ」という文化人類学風ステレオタイプ分析があるが、インドは就業人口の半分が農林水産業で国土の半分が農地。中国に次ぐ世界の農業大国なのであった。
       であるならば、清く正しい農耕民としてこの戦いに負けるわけにはいかない。俺も御先祖は百姓だ。次のカートがやってきた。俺はカンダタのごとく他人を蹴落とし座席を確保した、つもりだったが、練磨のインド人にまんまと割り込まれ、俺は尻の半分を手すりの上に座らせる箱ノリ状態になってしまった。

       

       日本なら降ろされるところだろうが、カート運転士は構いはしない。電動モーターが鈍くかすかな音を立て、タイヤが転がり始めた。俺とD氏は運転士の真後ろの列にいたのだが、カートが動き出すと、助手席にいた男がやおら振り返った。「2000ルピーでガイドするがどうだ」

       

       カートの係員だとすっかり思っていたが、この男も回し者だった。殺し屋から逃れて命からがらタクシーに乗ったら運転手も殺し屋の一味だった、というアクション映画のお約束を思い出す。曲りなりにも「公認」に説得力を持たせる小奇麗な身なりをしていた先ほどの赤ポロシャツ男と違って、目の前の回し者は身なりが相当チンピラ風味だったから余計だ。


       「ノーノー」を繰り返しているうちに着いた。両サイドに土産物店が並ぶ通りを突き当りまで行くと入口があるようだ。
       歩き出すと、また自称「ガイド」がやってくる。断ると「うちの店を見ていけ」と土産物店の呼び込みが現れ、次から次へと「ガイド」「呼び込み」「ガイド」「呼び込み」と新規業者が現れる。人を見かけで判断してしまうが、どいつもこいつもチンピラ風のだらしない恰好で「ガイドをする」に全く説得力がない。自称以外に彼らをガイドたらしめている要素はなく、しつこさ以外に彼らの武器はない。それで金を稼ぐなら「ちゃんと勉強していそうな雰囲気」くらい持っていてしかるべきだと思うが、その点、身なりを整え、身分証を用意している赤ポロ男は頭一つ抜けている。

       

       「ヘイ旦那、俺はジョニーだ」
       15、6歳くらいの男子が生意気な口調で自己紹介してきた。「ウチの店を見てってくれよ」。
       最近、英訳の言葉選びによる偏見助長が指摘されている。例えばスポーツ選手のインタビューをテレビで紹介する場合、白人だと「私は常にリラックスして試合に臨むように心がけています」という字幕になるが、黒人選手になると「俺は常にリラックスして闘うぜ」と荒っぽい言葉になる、というような無邪気なステレオタイプのことだ。なので台詞の記述には気を付けたいところだが、この少年のマセた雰囲気はこんな具合だった。まず名乗る分、周りのダメな大人より賢いし、英語名を使っているのもこちらが聞き取り、覚えやすいからだろう(実際こうして俺も覚えている)。その利発さは、是非学校で発揮してほしいところであるのだが。

       

       門でチケットを見せると、持ち物検査、身体検査がある。空港にあるような透過検査機にバッグを通過させ、体をまさぐられる(このため大抵の文化施設は男女でゲートがわかれている)。空港と比べて全然やる気がないからまだ気は楽なのだが、たまに真面目な係官がいて引っかかることもある。
       「煙草を持っているな。出しなさい」
       その「たまに」が訪れた。「煙草はダメだよ」と赤ポロ男は言っていたが、単なる喫煙禁止という意味だと思っていた。持ち込み自体が駄目らしい。イスラム教の施設だからだろうか。バッグに入れっぱなしにしていた煙草をライターを出して、後で返してくれるのかと問うとノーだという。D氏が加勢してしつこく英語で尋ねたら「預ける場所がある」と案内し出した。

       

       何のことはない、門の外にいる業者連中に預けろというだけのことだった。「俺が預かる」「いや俺が預かるよ!」と我も我もと集まってくる中にジョニーがいたので、彼に預けることにした。引き換えに、後で店で買い物をする必要がある。
       瑣末な問題が解決したところで通り雨が来てすぐ上がった。茶色い巨大な楼門の奥に、白い巨大な玉ねぎ頭が見えてくる。「おー」と声が漏れた。


      【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(6)Sunday Bloody Sunday

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         ヒンディー語が飛び交っている。ひとつもわからない。
         道路上に木の枝が並べられ、色とりどりのサリーを来た女性たちが何人も座っている。これが渋滞の原因だ。
         「座り込みだな」
         D氏によると、世界最大の民主国家たるインドでは、このようなデモンストレーションは珍しくないのだという。そして現在地は正確にはわからないが、デリーの東、ウッタル・プラデーシュ州の郊外であるのは間違いない。インドで最も人口が多い州で、この州だけで2億人近くが暮らしている。そのせいかどうか、カーストの最下層に位置する人も多い。出立のつい数日前に新大統領に就任したコヴィンドもこの州の出身で、ダリットというカースト最下層の出身者が大統領になったということでニュースになっていた。
         「そういう人が大統領になるってことは、そんだけの勢力があるってことでもあるわけよ」

         

         それにしても状況がよくわからない。対向車線も、こちらの車線と同じく木の枝の爛丱螢院璽畢瓩派鎖されていて、人だかりができているのだが、そちらからは泣き声が聞こえてくる。どうもただの示威行動ではない。
         我々は、中央分離帯に張り巡らされながらダルンダルンに緩んでほとんど意味をなさない鉄条網をまたいで反対側の車線へと移動した。人の輪の中で、1人が倒れているのが遠目からも見えた。やはり事故のようだ。近づいてみると、横たえられた人型がサリーで覆われていて、頭部の辺りのアスファルトが真っ赤に染まっているのがはっきりわかった。かなりの流血だ。頭部を強く打って亡くなったということか。周囲の何人かが大泣きを続けている。

         「参ったな…」
         D氏はボヤきながら人だかりを離れた。野次馬も集まり、結構な人数になっている。
         「こうやって人が集まると、集団心理で、何かの拍子に騒ぎになるから危ねえんだよ」
         既に見たような徒歩での高速道の横断中に、1人がはねられて死亡(ないしは重体)になり、それで日ごろから不満をため込んでいる知人か近所の貧しい人が抗議の座り込みをしている、ということなのだろうか。だとすれば、ひょんなことから怒りが相乗効果で膨張して暴発しても不思議ではない。

         

         そして俺は、さきほどから人目を感じて仕方がなかった。みんなが我ら2人を見ている。想像だが、別に警戒されたり不審がられたりしているわけではない。自分が子供のころに白人や黒人を珍し過ぎてつい凝視してしまったのと同じようなメカニズムだとは思う。何せこの群衆の中で東アジアの顔つきをしているのは我々2人だけだ。だけど・・・・・・
         「インド人て威圧感あんだよな」
         D氏がまさしく俺の思っていることを口にした。そうなのだ。インド人は総じて目つきが鋭い。大柄な人も多い。飛行機の中でウロウロ動き回るインド人を見ていたときから何となく感じていたことだった。

         

         目鼻立ちがくっきりしているというだけなら欧米系の人間もそうだが、全体的にタイガー・ジェット・シンイルファン・カーンのような目元の人が多い。相島一之と似たインドの俳優だ。弁当の映画では主役の1人で気難し屋、スラムドッグでは主人公を取り調べる警官役でやや陰湿な切れ者。ふられる役どころも相島氏と似ているから、インド人男性の中でも強面の部類なのだろうが、あちらこちらで相島氏似もしくはタイガー・ジェット・シン似にじーっと見つめられると、悪意はないと言い聞かせても、つい緊張してしまう。


         考えてみると、日本でインド人と会ったことはほとんどない。インドカレー屋は多いが、あれはほとんどネパール人が営んでいる。彼らは小柄な人が多く、顔つきも優しめだ。D氏はしばしば「お前ネパールか?」と間違われるというから、日本人寄りの外見といえる。
         顔つき体つきに威圧感があるだけでなく、気のせいかなんとなく陰りが漂う。生活苦なのか。それとも単にそう見えるだけか。少なくとも、滞在中、よく喋るうるさい人はデリーで何人も遭遇したが、陽気な人は多くはなかった。陽気かどうかはさておき、よく喋るしどこか疲れた様子というのは尼崎的ともいえる。

         我らは人だかりを離れた。ようやく警察と救急車が来た。いかにものんびりしているが、警察官は到着後ものんびりしていた。機関銃のような大袈裟な武器を携帯しているが、何をするというわけでもなく、完全に野次馬に紛れている。再び「烏合の衆」という単語が脳裏をよぎる。実際、何も進展しない。


         今度は報道の車がやってきた。群衆がわっと集まり囲む。まるで暴動のようだが、単に野次馬が口々に「俺は見た!」と言いたいだけのようだ。しまいにどこかへ行ってしまった。彼らも彼らで何をしに来たのかわからない。よくあることなのでニュース価値がないと判断したのだろうか。

         完全な膠着状態が続いたが、解除は突然だった。何がどうなったのかさっぱりわからないのだが、急に周りの人々が車に乗り込みエンジンをかけ出す。
         怖れていたことが起こった。このままでは我々も「高速道路上の危なっかしい歩行者」になってしまう。慌てて駆け足で車に戻った。思ったより距離がある。やがて自分たちの前(渋滞の順でいえば後方)の車までもがエンジンをかけ出した。「やべー」とD氏が叫ぶ。まるで干潮から満潮の切り替わりだ。じわじわ潮位が上がるのではなく、あるとき急に軽い津波のように潮が押し寄せて、さっきまで陸だったところが水没する。あれを思い出した。


         あの白色のワゴンだ。まだ渋滞が解けないうちにギリギリ戻ることが出来た。だが、肝心の運転手がいない。一人でふらふら野次馬にいったきり帰ってきていないのだった。周りの車はどんどん動き出した。D氏が路上で電話をかけて「カムバーック!」と叫び、動き出した後続車からクラクションを鳴らされている。
         「路肩、路肩!」
         俺はD氏を道路脇へ呼びつけた。あれでは轢かれてしまう。だが2人とも路肩に退避すると、道路の真ん中に駐車車両だけがポツンとしていて、これはこれでおかしな光景だ。

         

         再び渋滞が始まった。やがて周囲を再び埋めた車両が完全に停止する。助かった。俺以上にそう思ったのは運転手だろう。クジャクが飛び出してきても無表情な男が、さすがに慌てた様子で、ごまかすような照れ笑いまで浮かべていた。
         対向車線ではまだ人だかりができている。車が動き出したこと以外、何が解決したともいえない。救急車で運んでも、結局亡くなってしまえば、貧しい人はかついで帰るしかない。後日ニュース番組でそんな現状も紹介されていた。到着2日目にして早速「わしも考えた」くなること出くわしたが、実際のところは溜息吐息以外、何も出てこないから、つまり何も考えられない。

         そういえば、俺たちは何で車に乗っているんだっけ?


        【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(5)Highway to Hell

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           D氏が休日のため、本日は朝から観光。「実はまだ行ったことねーんだよな」と、王道中の王道であるタージ・マハルに行くこととなった。
           この世界遺産は、アーグラという町にある。デリーの東南150キロ足らず。大阪―福井、東京―掛川、くらい。インド基準でいえば近場である。首都から世界的な観光地までの短い距離につき、交通機関の脆弱なインドでも特急列車が走っていて、2時間程度で行ける。
           旅先で電車に乗るのが好きな「うっすら乗り鉄」の俺としては、インドの鉄道にも興味がわくのだが、普段車移動ばかりしているD氏にその発想はなく、早朝から予約していた車が迎えに来た。高速道路で片道3時間ほど。9時半か10時にはアーグラに着く見込みとなる。


           黒髪の赤木総一郎といった雰囲気の運転手とともに、日本製の家族向けワゴンという結構な車でもって出発した。遠出だからわざわざこれにしたとD氏は言う。運賃は聞かぬが仏だが、日本に比べて格安なのは間違いない。日本は交通費が高いので、会社員のように旅費が支給される立場以外は、実質「移動の自由」がないのだと、これは以前に読んだ経済学者の指摘である。
           日曜の朝なので道路は空いている。案の定、運転手はかっ飛ばす。速度超過は、単独なら別にどうってことないのだが、追い抜きをかけるときが怖い。例えば2車線の高速道で、前方に2台、先行車が桂馬の位置関係で走行しているとして、運転手はまず車間を詰めた後に、桂馬の隙間を縫って2台とも追い越そうとする。このとき、2台の位置関係が変わったり、相手がトラックやバスのような長い車両だと、ぶつかりそうに思えて尻の穴が緊縮する。
           こういう強硬姿勢は中国や韓国でも似たようなものなのだが、インドはもう一段上を行く。

           

           まず二輪。後ろに女性が乗るとき、こちらではたいてい、片側に両足を垂らす横座りが一般的だ。日本でも自転車でそのように二人乗りするケースはよく見かけるが、バイクでは、頼むから跨いでほしい。男尊女卑の風潮がいまだ強い国だけに、その風潮が女性にこのような危なっかしい乗り方を強いているのだろうか。男女同権はタンデムからだ。
           ついでに二人の間に幼子が挟まっていわゆる「3ケツ」や「4ケツ」している連中もちらほら見える。加えてしばしばノーヘル。ミートローフというアメリカの歌手に「地獄のロック・ライダー」という邦題のアルバムがあるが、この国では多くが「地獄への奔放ライダー」だ。危なっかしくて見ていられない。

           トラックも怖い。写真のように荷台に人が載っている、のはまだマシで、シリアの難民船のようにぎゅうぎゅう詰めで10人くらい載っている場合もあるし、手すりも何もないボックス型荷台の屋根の上に人が乗っている「007かお前は」なときもある。007だと、まもなくトンネルが迫ってきて「伏せないとぶつかる!」と恐怖を煽る展開になると相場が決まっているが、インド北部は世界一広大な沖積平野たるヒンドゥスターン平野が広がっているので、まったくトンネルがない。

           そしてこの国の高速道では歩行者が歩いている。路測帯に沿って歩くだけではなく、横断する人までいる。沿線住民が高速道の対岸側へ渡れるトンネル(カルバート)や歩道橋のような個所が少ないからと推測されるが、それにしても怖れ知らずにも程がある。

           

           横断してくるのは人だけではなく、動物もいる。この日は一度だけクジャクが中央分離帯から飛び出してきて運転手が急ブレーキをかけた。さすがのクジャクも慌てて羽を広げる。クジャクが飛ぶところを初めて見た。残念ながら写真はしくじった。

           というようなクレイジーさを除けば、快調である。すでに述べたがここら辺は山がなく、平べったい大地に畑と疎林が点在する日本ではお目にかかれない景色が続く。牛やヤギの大群もしばしばその平原を闊歩している。視線を近くにやると、ガードレール上に、歩くでも渡るでもない人々が腰を下ろしてボケーっとしている。
           「あの人たちは何のためにあそこにいるんですか?」
           「この国じゃあ、そういうことはイチイチ考えても仕方ねえんだ」D氏が苦笑しながらはぐらかす。
           とにかくこの国では、こんな郊外まで来ても、景色から人が消えることはない。人口13億とはそういうことなのだと納得させられる。俺の故郷など、特に休日は市街地でも人っ子一人いない「28日後」みたいな瞬間が割に容易く見られる。
           前方の車が詰まってきた。渋滞か。そして高速道なのに対向車がやってくる。
           「え?逆走してまっせ!」
           「うん。これもよくある」
           どうやら、前の渋滞が深刻そうなので、引き返す意図のようだ。しかし一般道ならともかく、高速道を逆走していったいどこで原状復帰するつもりなのだろう。ま、それこそ考えても仕方がない。インドは「考えたくなる」国のようで、「考えても仕方のない」ことがどうも多そうだ。

           

           車は完全に止まってしまった。渋滞になると人がどんどん降りてくるのは中国でもよく見かけた。直線でガラガラの高速道が急に詰まるのだから、事故だろうか。まったく動く気配がなく、運転手も降りたので我々も降りることにした。運転手がその辺の連中に聞き込みをすると、どうやら事故らしいという。彼もD氏も俺も、前方へと歩いて行った。余談だが、居並ぶ車は、現地に合弁を持つスズキ(マルチ・スズキ・インディア)が多く、その他、トヨタ、ホンダ、ヒュンダイ、そしてタタと組んで巻き返しを図るフォルクスワーゲンが少々。ベンツやレクサスのような高級セダンは滞在中ほとんど見かけることはなかった。余談ついでに、この国では日本同様、トラックをデコレートする文化があるようだ(右は別の町で見かけたデコトラ)。

           しばらく歩くと、道路に対して45度ほどの確度で斜めに停車しているトラックが見えた。あれが事故車両だろうか。その向こうでは人だかりが出来ていた。


          【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(4)Are You Gonna Go My Way

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             《インドでは、運転手が指定したのとは違うホテルに連れて行くなど、相変わらずタクシー移動のトラブルが報告されています。》
             ガイドブックにあった一文を思い出して、まさか飛行機までもが頼んでもいないパキスタンに勝手に連れて行くのだろうか、と思った。否、これ、タイの会社だ。機体はまたグーンと旋回してデリーに戻り、ようやく着陸した。それだけこの国では空が混み合っているということなのだろうか。

             

             逆噴射が終了して飛行機が静かになった瞬間、乗客が立ち上がり、CAに冷静に制せられている。飛行が終わったのにフライングとはこれいかに。そして機体が停まったら停まったで、席替えのせいで座っている席と荷物を突っ込んだ棚の場所が違っているから、民族大移動が始まり出す。烏合の衆という表現がぴったりだと思った。飛行が終わって烏合。

             

             混み合う人々を傍若無人に掻き分ける連中を逆に掻き分け返して外に出た。乱雑さはプラスにとらえれば「気遣い無用」になる。予定より30分ほど遅れて着陸なので、空港に迎えに来るといっていたD氏を待たせていることになる。速足で移動したが、行けども行けどもちっとも出口に着かない。何と巨大な空港か、と思ったが、このインディラ・ガンディー国際空港は、関空と比べてことさら面積が広いわけではない。関空は乗降口からゲートまで列車で移動するので狭く感じるだけだ。

             

             インドは入管で写真と指紋をとられる。「治安はよくないので気を付けましょう」とガイドブックの警告や外務省の通知に少々ビビっている身からすると、なぜこちらが指紋をとられるのだと矛盾した気分にもなってくる。スキャナーで読み取るのだが、すぐエラーになるので時間もかかる。

             

             ようやく入国。つまり空港の外に出た。早速人が多い。D氏が「よう」と手を挙げる。「久しぶりだな。疲れたろ」。導かれるまま車に乗った。タクシー予約のカウンターがあり、そこで行先を告げ料金を支払うと、運転手のスマホには目的地までの地図が表示されるという仕組みだ。タタ製の小ぶりで若干古い車体に乗った。
            すっかり夜だ。少ない街灯にぼんやり照らされた街角は、どこか崩落していたり、何かとっ散らかっていたりでとにかく雑然としており、中国とよく似ている。路面にはしばしば、速度超過を防止するための段差が設置してある。これもまた中国同様、放っておくとクレイジーな運転をするのだろう。

             

             運転手が右折しようとしたところで、D氏が「ノーノー」と遮った。「ゴーストレート」
             「地図を読めない人ばっかなんだよ」
             一説には、イギリス統治時代、独立運動の集会をさせないために意図的に地図を読む教育をしなかった影響が今の残るせいだとか。都市伝説臭いが、真偽はさておき、ナビが表示されているのに道に迷う運転手は、この人に限ったことではなかった。ところでこれ以降、面倒くさいので英語でなされた会話も原則日本語表記とする。
             「次の角で左」
             「イエッサー」→直進。
             「で、聞いてないっていうね。ヘイヘイ、左だってば左」
             人の話を聞かない。これもまたこの後何度も遭遇する、おそらく国民性といっていい性向だった。ナビがあるのに迷うのも、植民地がどうのというより、人の話(ナビの指示)を聞かないからではないかと思う。ただしここが尼崎というなら、ツッコミ待ちでわざとボケで間違えている可能性はある。

             

             閑静な住宅街に車は到着した。居並ぶ建物の様子からいって、富裕層の地区なのだろう。聞けばこの辺りは、特に小国の大使館兼大使の自宅という建物が多いらしい。道理でいちいち門の前に守衛がいるわけか。と思ったら、D氏の自宅前にも警察官のような恰好をした屈強な男が立っていた。大きな企業の駐在員はこうして現地の人々に職を提供するのがお約束だと、これは「沈まぬ太陽」で読んだのだっけか。日本企業の苦境ばかりが伝えられる中、その伝統は一応まだ健在のようである。

             

             時計は午前3時を過ぎていた。フラフラで眠い。とはいえ時差は3時間半だから、こちらではまだ日付が変わっていない。路上を野犬が我が物顔で闊歩している。野良犬はそれだけでもちょっと怖い生き物だが、かまれると狂犬病で死んでしまうから余計に恐ろしい。年間2万人ほどが犠牲になっているというから杞憂ではない。

             

             D氏は赴任当初、子供をスクールバスの乗り場まで送っていくのに、犬対策として釣り竿で猊霑瓩靴討い辰燭、棒状の物体が余計に犬を刺激するようで、かえって襲われかけた。そういえば日本には犬も歩けば棒に当たるということわざがある。棒に当たるのが幸運だとするなら、釣り竿に反応した犬は、襲ってきたのではなくすり寄ってきたことになる。ただしこの諺、元々は「でしゃばると災難に遭う」の意味だった。犬公方徳川綱吉が生類憐みの令を出した後、遭遇するものが「災難」から「幸運」に反転したとの説もある。
             一方、インドに野犬が多いのは、宗教を背景に殺生を嫌う国民性が理由とガイドブックにはある。この国は元から生類憐みの令の下にあるわけだ。だとすれば棒は「幸運」になり、やはり犬はすり寄ってきたことになる。どっちにしても怖いものは怖い。D氏はその後、石を投げるフリをするのが効果的な威嚇になると教えてもらったそうだが、そちらの方が藪蛇になりそうに思えてしまう。

             

             そそくさと家にお邪魔し、D氏の家族に挨拶して、長男に「国語に役立ちそうな本」を渡し、ついでに妹には友人の緑川聖司氏の著作を進呈し、どちらかというと妹の方が喜んでいるのを確認し、ビールを1本いただいて寝た。



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