USAもUSBもPost Truth的な

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     取材の際に、相手が話していることを録音するレコーダーを、先日久しぶりにちょっと使ったので、中身をパソコンに取り込もうとしたときのことだ。
     接続のUSBが、Aタイプという、つまりは「普通サイズ」のやつだった。前に使用してからずいぶんとたつので、そんなことも忘れていた。それで接続しようと手元のUSBケーブルを探すのだが、適合するものがない。PCの受け口は、AタイプでレコーダーもAタイプ。なのでA−Aのケーブルが必要なのだが、持っているのは片方の形状が小さかったり正方形だったりのやつばかりだ。おかしい。身の回りをざっくり掃除したときに、全部処分してしまったのだろうか。

     仕方がないので100均に行って買おうとしたのだが、売っていない。以前は普通に売っていた気がするが、スマートホンの普及等で売れなくなったのだろうか。そんな風に想像して家電量販店に行ったのだが、やっぱり売っていない。

     不思議に思ってネットで検索してみた。こういう場合、大抵全く同じ疑問を抱いた誰かが知恵袋等に書き込んでいるもので、やはりあった。しかし回答者の説明は、長ったらしいわりには結局のところ「品揃えの問題では」とのこと。「だからヨドバシに負けるんだよ」と一人毒づきながら梅田に行くことにした。しかしこの巨大店舗でもやはり売っていなかった。あるのはA−Aの片方がメスの、延長コードだけだった。

     店員に聞こうと思ったが、先ほどのネットの長いかつ求めていない説明が脳裏をよぎり、躊躇してしまった。もう一度言葉を変えて検索して、他の検索結果を見てみると、これがなかなか面白かった。

     俺と同じく「自宅にいくらでもあったような気がするがいつのまにかなくなっていたので、買いに行ったが売っていない」という人が、周囲から「そんなもんねーよ」と嘲笑されている。たしかに、現実問題どこに行っても売っていない上、俺自身も、考えてみるとA−AのUSBが必要な機会は、ここ何年もなかった。なので、若い世代の人々にすればカセットテープのような存在になっていると想像される。結果「何言ってんのコイツ?」「あるわけねーだろバカ」という反応になる。しまいに「いくらでもあったはずのもの」が、自宅からいつの間にか消えているのだから、「記憶のすり替えだろ」「病院行け」みたいな話になっていて、どんどんSFになっていた。状況がしっかり俺とカブっているから、俺自身も、記憶違いなのだろうかと自分がうっすら疑わしく思えてしまった。

     しかし、アマゾンなんかで検索すりゃ、A−Aはすぐ出てくる。商品のレビューを見ると「最近これ店頭で見ないので助かりました」というような感想がさらりと述べてある。なのに「ねーよバカ」が優勢になり、一瞬「俺が違ってるのかも」と思ってしまう。これが「Post Truth」の時代か、と流行りの言葉で無理やりまとめて一人頷きながら、アマゾンのボタンをぽちっとしたのであった。あんまりここで買わんようにしてるんだけど、こうして使っちゃうんだよなあ。


    【逸脱の安息日】さらに10年さかのぼる(2)

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       ついでのついでなので、「センター試験を振り返るみっともないオヤジ」のワンステージ上をいく、「卒論を振り返るみっともないオヤジ」を提出シーズンは微妙に過ぎてしまったが、ダラダラ書いておこうと思う。

       先ほどの引用からおおよそ察せられると思うが、テーマはマンガだった。就職活動のとき、提出書類に「卒論のテーマ」という欄があったときには格好つけて「GHQの言論統制」と書いていたが、実際にはマンガだった。我ながら情けない。専攻を選ぶときの馬鹿馬鹿しい顛末は前にも書いたが、結果所属したゼミは、近現代史ならテーマは何でも可というユルいノリだった。

       恩師は当時、在日コリアンについての書籍を出版したばかりで、その制作過程で出版社の人にエラく怒られ「いやあ、論文と一般書籍はずいぶん違うもんなんだねえ」と語っていたものだが、その後10年以上たって、自分がその「出版社の人」と出会うことになるとは思わなかった。同じく怒られたし。

       とにかく教授は当時そんなテーマに取り組んでいて、そして大阪はそれにふさわしい歴史を歩んだ町だというに、ゼミ生各自、ええ加減なテーマを選んでいた。満洲の開拓移民がどうのこうのというド直球の人が若干名。それから前に紹介したコムラ君のが面白そう&関西的なテーマだったが、あとは俺も含め湿気たものだった。

       マンガを選んだのは、文献を読むのが楽そうだという実に残念な理由と、当時マンガ研究が盛り上がっていた時期なので、流行に乗っかったという部分がある。受験浪人のころだったろうか、そういう本を読んで結構面白いもんだと感銘を受けた覚えがあるから、一種の憧れをなぞってもいた。でもまあ、研究者ならいいとして、学士の身分では、大学でやることかよ、とはどうしても思ってしまう。行きそびれた騎馬民族の研究の場合、レ点なしの漢文とかトルコ語とかドイツ語とかをゴリゴリ読まないといけないので、訓練の度合いが違う。文学部の場合、一般人が見る気も起らない文献や書籍に、どう接していいのかという訓練が、まずもっての入口だろうと思う。

       唯一よかったと思うのは、過去のマンガを文献として見ないといけないわけだが、古いマンガ雑誌を大量保存していたアーカイブが、大阪にあったということだ(京都のマンガミュージアムは当時まだない)。というか、雑誌を閲覧できるアテもないのにテーマに選んでいるところが恐るべき計画性ゼロだ。東京に何度行かないといけないのだろうと新幹線代を想像して青くなっていたのが、よくよく調べたら大阪にあって、そこから急に卒論準備が楽しくなった。地元で調べられるのだから大阪の大学に通った意味もあるというものだ。

       おかげで材料が十分すぎるほど集まったので、安心していたら、書くのにやたらと時間がかかった。構成は出来ているのに、いつまでたっても終わりにたどり着かないという感覚は、昨年書いた「虹色の霧P」とばっちり重なる。卒論は締切があるから事態は深刻である。ついでにコピーしたマンガを資料としていくつか本文に挿入したが、今と違ってクリック・ドラッグでは済まない。ワープロだったから、必要そうなスペースを見当つけて改行の空白を作り、そこにコピーをチョキチョキハサミで切って糊付けした。こんなことをしているから、提出できたのは締切日のギリギリの時間だった記憶がある。

       ちなみにそのありがたい施設が、橋下府政でそこそこの騒動の末に廃止になった国際児童文学館である。現在は東大阪の府立図書館内にこじんまりと移動して、「みんなここを使ってくださいいい施設ですよ」的な悲痛な掲示が掲げられているが、当時は万博公園に立派な建物を構えていた。4年生の一時期、毎朝そこに通って、古いマンガ雑誌(正確には子供向け雑誌)を閲覧したものだった。都会を都会たらしめているのは、こういうチャンネルの多様さであって、「都」を戴くことではない。

       文学部的研究は、要するに現物にいかにたくさん触れるかにかかっている。それが青銅器に刻まれた甲骨文字であったり、日本語訳でも理解不能な哲学書だったり、当時の新聞だったり、専攻によっては土器、陶器、絵画等のブツも含まれるわけだが、何せマンガなので楽だった。その代わり(?)、とにかく大量に見た。当時すでにマンガが進化した時代だったので、どれもものすごく退屈にみえる作品だから、ある意味頭痛に苛まれ苦労した。「鉄腕パンチくん」とか「ピンチくんの夏休み」とか、検索してもヤフオクか古書店のサイトしか出てこない、完全に歴史の波に埋没した作品ばかりである。パンチにピンチを描いたポンチですな。えーっとペンチはどこにしまったかしら。

       内容も全く覚えていないが、「パンチ力の強い少年がボクシングをする話」と「おまぬけなピンチくんが巻き起こすささやかな騒動」で相違ないと思う。とにかく、実物を大量に見たのだけはよかった。反射的に是か非かを判断するのではなく、こうやってなにがしか事実の積み重ねをしたところから出てくる言葉は、重みを持つものである。別に卒論の出来が優れていたといいたいわけではない。大方の卒論がそうであるように、8〜9割がた、どこかの誰かが書いた本や論文の寄せ集めである。自前の「論」につなげる解析力や思考力はなかった。だが、パンチ君やピンチ君が隆盛を極めた連載作品群の中にあっての、「LOST WORLD」(手塚治虫)という英文字タイトルは、それだけで本当に鳥肌が立つ感動だった。

       横文字でかつ、主人公の名前とは無関係のタイトル。ついでに、当時は1コマ目にタイトルを書くのが当たり前なところ、いきなり話が始まって、タイトルは途中のコマで出てくる。さらには、ちょうど連載開始の第1話の号を閲覧したのだが、話の始まりは、すべての冒険が終わった後の時点。「あれは私の人生の中でも不思議な経験だった」というような主人公の回想から物語は始まる。作品を単体で見てしまうと気づかないが、同時期の他の作品と比べると、次元の違いがよくわかる。

       これを見てしまうと、後世すでに巨匠という地位が世間的に確立されている中で巨匠として語られる手塚治虫評のいかにちっぽけなものか。そこにあるのは誰かが言っていることの引き写しでしかない。結果、「〇〇は手塚治虫が考えた」という事実誤認がまことしやかに語られることにつながる。「ブラックジャック」や「火の鳥」を読んで、「何これ?おもろいやん」と素直に単純な感想を述べている方が遥かに健全である。

       こういう、いちいち現物に触れる作業はしかしながら、当然、骨が折れる。桶狭間の戦いって何ですかと問われ、わざわざ桶狭間まで行ったり、信長公記を読んだりするということは、日常生活ではやっていられない。児童生徒なら教科書を読めばいいし、大人ならとりあえずウィキペディアでよろしい。それでより詳しく知りたくなったら、本屋か図書館に行けばいい。というように、基本的には専門家にお任せするしかない。大学無償化なり給付型奨学金なり、この手の支援の趣旨は、このような我らの代理人の育成であって個人に対するカンパではない。全員が専門家になるわけではないから効率の悪い支援ともいえるが、少なくとも入口段階では誰がそうなるかなどわかりっこないからこれが一番いい方法になる。

       ただし、本を読むのもそれなり時間がかかるし、ときに専門的な話は専門家がかみ砕いてもまあまあ難しいし、専門家自身、研究を通じてスパっとわかることより余計に疑問が増えることの方が多いしで、詳しい人ほど「ズバリ言うわよ」という修辞法は取らず、結構消化不良な説明になりやすい。結果、ポスト真実みたいなことになる。

       上は時の権力者が、下は小銭稼ぎのチンピラが、嘘をどんどん垂れ流す時代、真面目に育ってしまった身としては、堂々と嘘をつかれると一瞬「あれ?」と困惑させられるから困る。ついでに「いや、それ嘘やろ」と思っても、そう思う自分の側の根拠が、誰かが言っていることのまた聞きや受け売りだったりすることもしばしばだ。新聞に書いていた、というのも、昨今の新聞が信頼できるかどうかさて置き、厳密には受け売りの部類である。本来はそれで充分のはずだが、オルタナなんちゃらなどとなんでも相対化されると、まともな書き手の本を読んで知った、ということすらも相対化(というより正確には馬耳東風)されるから、カオスだ。

       そういう中、8割ほどは人様の本の受け売りとはいえ、少なくとも残り2割は自分で現物に触れて調べた当時の卒論は、一応すべきことはしたんだなという指さし確認ができて、ちょっと救われたのだったが、そういう俺は、これは完全に中年をこじらせ始めている。いやはや。
       ところでマンガを読みまくっても、それだけでは論文にならない。何かしらの問いを立てて考察しないといけない。すでに述べたように、「GHQの言論統制」などと取り繕っていたのは、これがその問いの一部というわけだ。その中身についてはまた機会を改めて、などとこじらせながら思っている。


      【逸脱の安息日】さらに10年さかのぼる(1)

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         ついでなので、さらに昔の自分の文章に触れた話を書いておきたい。
         また話は脱線する。以前にこのブログで、フロリダ・マーリンズのチカチカする昔のユニホームについて触れたとき、画像をリンクで済ませたのが若干悔しかった。というのも、西武からマーリンズに入団して水色ユニホームからよりチカチカする水色ユニホームになったデストラーデが表紙を飾った雑誌を、俺は持っているからだ。だが実家にあって手元になかったから、リンクで済ませた。
         そして帰省したとき、それを押し入れから引っ張り出して写真を撮ることにした。俺にとっては、野茂以前に大リーグ入りしたプロ野球選手というイメージだ。すでにこのころ、元阪神のフィルダーや、元巨人のガリクソンが大リーグで活躍していたが、インパクトとタイミングで「日本からアメリカに行った」という印象が強かった。フィルダー、ガリクソンとも日本での活躍と期間はデストラーデに及ばない(ガリクソンは投手だが)上、アメリカに戻った時期が微妙に早かった。NHKのBSで中継が始まったころには2人はすでに大リーガーだった。一方でデストラーデは、俺が中継を見るようになって選手やチームを覚えた後に渡米しているので、「おー、日本から行ったか」と、印象が強かったのである。フィルダーやその後の野茂と違って、全然活躍できなかったけど。

         それでこの雑誌を探し出したとき、同時に自分の卒論も見つけたのだった。ついでに成績表もあって、以前に「中国語の授業は3回くらいでやめた」と書いたのは記憶の書き換えであることが判明した。ちゃんと単位を取っていた。なのに何ひとつ覚えていない。余計に深刻だ。

         卒論を「見つけた」というのは正確ではなく、そこに卒論をしまっていたのは知っていた。単に見るか見ないかの話で、今までは全く触れる気も起らなかったのが、ふと読んでみようという気になった。時の流れ、と同時に義務感みたいなものでもある。普段、学生相手に偉そうにしているので、だからこそ学生時代の自分の文章を見ないフリをしていたのだが、見ないとあかんだろうという殊勝な気分になったのである。

         で、読んでみると、予想よりはるかにマトモな文章を書いていた。ほっとすると同時にちょっと驚いた。「無論これはマンガに限った現象ではなく、時代小説や推理小説、歌謡曲やロックなどといったいわゆる大衆文化には付き物の現象で、大衆文化は往々にして大衆の支持と識者の評価が反比例するものである。逆にそれが大衆文化のアイデンティティーと言ってもいいかもしれない」。青年、いつの間にそんな書き方覚えたん?と、つい笑ってしまう。手前味噌だが、大学4年生にしてはよく書けている部類であるのは、普段学生が書いた文章を読んでいるので間違いないと思う。

         いうまでもないことだろうが、もちろん稚拙な部分もある。文章が拙い学生によく見られる謎の傾向のひとつに、文末にやたらと「〜のである」を連発する行為がある。

        「実際にやってみると、予想以上に難しかったのである。私はよくミスしてしまい、何度も店長に怒られたのである。そこで私は、ミスを繰り返さないように、その日やった仕事について、帰宅後にメモを取るようにしたのである」。

         例えばこんな具合。どうしてこうなるのか意図はよくわからないが、とにかく何だか馬鹿っぽい文章になる。そして自分の卒論でも、なぜか1ページだけ、この「のである多発症」を患っている箇所があった。1ページだけで終わっているのが救いだが、逆になぜこのページだけ「のである」を乱発しているのだろう。

         まあ全体的には予想よりはるかにマシだったのだが、それにしても10年前の自分の文章にガッカリして、20年前の自分の文章に安堵するとはどういうことだろう。

         文章の種類の違いというのが大きい。卒論だからちゃんと書かないといけない。緊張感が違う。何しろ提出の後に教授3、4人を前にした口頭諮問があったから、雑な文章では面罵されてしまう。参考文献にいっぱい論文や本を読んだから、それが論文的文章力の向上にも一役買っているだろう。でも一番大きいのは、論文の文章は完全なる書き言葉であり、読み手も明確で、何のために書いているかも明らかだからだろう。その点、自分のためにフリースタイルで書く文章とは難易度が低い。

         これは俺個人の話であって、他の人はまた違うと思う。要は俺は小理屈的な文章の方が得意だということだ。このブログの文章も迷走の末そうなってるし(ただし大学院には進学していないので、がっちがちの論文文体は読むのも書くのも苦手だ)。逆に自分が書く文章の中で、最も苦労するのが歌詞である。バンドで何曲か作詞したが、毎回何も言葉が出てこなくて、文章を一応生業にしているのに、文章が書けない人の気持ちを疑似体験している。

         このブログにしろ、脚本にしろ、すぐ理屈っぽくなるのは、会社員時代の文章修行の影響だと思っていたが、元からそうだったという自分史の発見をひとつしたという話である。


        【逸脱の安息日】文体再点検(2)

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          (続き)
           話を「ですます」に戻す。この語尾の使用と、音便を含む文体を用いた当時の俺の文書が生み出す寒さについて考察してみたい。
           小学校の作文でまず習うのが、この「ですます調」だ。このためか、初心者向けの表現という印象があるかもしれないが、実際には「ですます」の方が常用体を使うより文章としては難しいと思う。「あのころは楽しかった」に対して、「あのころは楽しかったです」は、どことなく幼い印象が漂う。

           仕事で学生の書いた文章をよく読む。大学生が書く文章で「ですます」を使うのは、就職活動のエントリーシートだ。志望動機とか自己アピールとかを書く書類であるが、なぜか「ですます調で書く」という固定観念がある。同じ就職試験でも、論作文試験の場合はですますは使わないというのが常識として浸透しているが、エントリーシートになった途端、皆一様にですます調で書く。おそらく、自分の紹介的な趣旨の設問について書くので、手紙を書いているような気分になるからだろう。ついでにそこに「ですますで書かないと失礼」という俗説が流布している。ならばなぜ論作文は、同じく採用担当者が読むのに「ですます」じゃなくてもいいのかという疑問が湧くが、とにかくエントリーシートの場合、自己紹介的な色合いが強い分、ですますが常道だと思わせるのだと思う。
           俺は学生には「ですますで書いてもいいことはひとつもない」と言って、使わないように指示している。理由は色々あるが、最大の理由だけ紹介しておくと、きれいごとに流れやすいからだ。

           今度は話が仕事の方にズレているように見えるが、後で主題に収束していくはずなので、安心してください続けますよ。

           就職活動に臨む学生は、「それっぽい美辞麗句」で武装する。大抵はその時々の流行りをトレースするので、ここ数年は何かというとすぐ「寄り添う」のだが、この手の武装は実際にはほとんど役に立たない。このため武装解除が俺の仕事になるのだが、「ですます」で書く人ほど、この武装が激しい。どうしてそうなるかといえば、「ですます」は、文体として相手(面接官)に語り掛ける度合いが強いので、面接の場でつい肩ひじを張って背伸びをしてしまうのと同じ回路で、この武装現象が起こるのだと推測する。
          こう考えてみて、本題である自分の文章のですますが生む拙さと、矛盾が生じていると気づいた。

           2006年当時、俺がブログで「ですます」を使っていたのは、軽やかさを期待してのことだったと思う。これが「でしょー」等の表現と相まって、全体として寒々しく映る。「雑さ」についてはすでに述べたが、もう一つは、読み手の反応を期待・想像しているというようで自己完結してしまっている「自意識過剰一人芝居」とでもいうべき上滑りが、読むに堪えない状態を生んでいるという点だ。

           うまく説明できない。先ほどの例「それだけ成長してるってことでしょーと理解して自分を鼓舞してますけど。で、話は全然関係ないんですが、」でいえば、この軽薄な語り口調は、誰かメッセージの受信者をイメージしているようで、していない。当時も、読まれることを前提にはしている。固有名詞は確認して書こうとか、どこかの舞台関係者が読んで揉めたら嫌から控えめな表現にとどめておこうとか、そういう基本的なことは考えていた。逆に今は特定の誰か、例えば読んでいることが確実な知人等を明確にイメージして書いているわけでもない(たまに内輪向けのことを何の断りもなく書きはするが)。ブログだし、自己満足のために書いているから、自己完結なのは変わりがないといえばない。

           ただ、「でしょー」というおどけは、いかにも受け手をイメージしているようで、その実していない。そのような相対的なマイナスによって、「より受け手を意識していない」という比較級の話でもあるがそれだけではない。似顔絵を描いた当人が、その横に「←似てねー」と書く自意識構造と似ている。

           あれは「似てないぞ」と指摘される懸念を先回りする自己防衛の側面もありつつ、「←似てねー」も含めたギャグでもあり、本当に似ていないならまだしも、大抵はちょっとは似ているから、似ているようないないような絵と「似てねー」という作者による裁定がトータルされて、受け手にとってのメッセージは無効になる。「←似てねー」は受け手に向けているようで、先に自分で咀嚼してしまっているのだ。それらをひっくるめて「自意識過剰一人芝居」といっている。俺の過去の文章例も同じ臭気がする。「ですます」の機能不全も、同じ線上にある。

           そこで矛盾するのが、面接官を意識して「ですます」で書く学生の姿勢だ。俺が読み手を意識していないなら、「ですます」は使わないことになるが、使っている。そのちぐはぐが、文章を拙いものにしていると見ることもできるが、では学生が書いた内容は、面接官への効果的なメッセージになっているかというと、そうでもない。すでに述べたように、大抵は武装がきついから、読んでも何も頭に残らない。

           思ったのは、学生自身も受け手を意識しているようで、その実あんまり意識して書いてはいないという仮説だ。彼らが意識しているのは、読み手ではなく、就職活動にまつわるあれやこれやのボンヤリしたイメージの総体であり、その「人」かどうかもあやしい塊に向けて書いている。いや、何かに向けてというよりは、その何かに自分を合わせる行為をしているに過ぎない。その点やはり武装なのだ。

           そして当時の俺の文章も、似たような感触がある。身の丈に合わない背伸び、ということになろうか。


          【逸脱の安息日】文体再点検(1)

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             昨秋、「消滅した過去日記の原稿入手」の話を書いた。書いたついでに実際に「さかぼり掲載」をやってみようと、「入手した」自分の昔のブログ記事を眺めてみた。眺めてみてまず気づいたことは、2006年の記事しかないので、「名目10周年」を「11周年」に引き延ばすことはかなわないということだった。「50年前の書籍を探し出すより、10年前の雑誌の方が難しい」と書いたが、10年以上前の私的文章は難しいどころか不可能なのであった。

             仕方なく2006年の記事を眺めているのだが、やはりゾッとする下手さだった。文章が上手い/下手というと、プレバトの俳句の先生のような「素人的にはイイ感じに見えるが玄人的には論外」というようなものを想像されるかもしれない。あるいは、公共のトイレの鏡でたまに見かけるしつこい整髪作業のような、当人にしか違いのわからない有意性不明の試行錯誤を想像されるかもしれない。
             どちらでもない。「下手」というより「寒い」といった方が正確だ。デビュー間もない未熟な芸人の、ちょっと見ていられない拙さ。あれによく似ている。すっかり人気者になった芸人が、昔の映像を晒されて「やめてくれー」と遮る、バラエティでたまに見かける場面と自分が思い切り重なった。今から10年前だから30歳を過ぎているのだが、その年齢でこの落ち着きのない文章は、自分でも意外であると同時に、来し方を振り返り、文章とは無関係のことまで反省してしまうに十分だった。

             クスっと笑ってしまうような軽いノリを目指そうとして滑っている。そんな印象だ。記憶をたどると、おそらくこのころ、大槻ケンヂの文章を真似したいと思っていたような気がする。軽いノリのとぼけた文章がとても上手い人だ。日常の些細な身辺雑感を、抱腹絶倒の話に仕上げてしまう。その文章力に憧れて真似をし出した時期だったと思う。

             軽いノリを出そうとして滑るのは、必然なところもある。言葉の選び方が話し言葉寄りになる。そして話し言葉は往々にして粗雑な表現である。そして粗雑は寒さを呼びやすい。
             演劇でもよく見かけたものだが、笑いを狙おうとしてうまくいかない役者は、ほとんどが勢い任せで丁寧さがない。笑いはパッションだのテンションだのが優先するというイメージがあるからだろうか。そこに「自分は笑いが取れる」という自己顕示欲も相まって、勢いづくのは滑稽さではなくただの我欲になるからである。
             上手い漫才師をよく観察すればわかるが、彼らは演技が上手い。言い換えれば、表情の作り方や間の取り方が丁寧だ。必ずしもパッションだのテンションだけではないし、ボケのセンスだけでもない。つっこみの言葉の選び方で笑いを取っているコンビが、昨年は優勝していたが、こういう慎重な言葉選び同様、表情や間も作り方などのいわば「演技」を、うまいコンビはしっかり丁寧にやっている。

             順序が逆になってしまった。主題は演技ではなく文章だ。演技が粗雑になると滑るのと同様、文章も粗雑になると滑りやすい。そう書こうとして言葉選びの話が先に出てしまった。くだんの過去記事から実例を挙げてみる。

            「それだけ成長してるってことでしょーと理解して自分を鼓舞してますけど。で、話は全然関係ないんですが、」

             まず目につくのは、「でしょー」の「ー」だ。昭和軽薄体と呼ばれる文体を彷彿させるが、文字通り、軽薄だ。おどけを表そうとしていると推察する。「してるって」「鼓舞してます」「関係ないんですが」といった音便も目立つ。音便は話し言葉由来だ。これらが「話し言葉を用いることによる雑さ」の例だ。
             いわゆる「ですます調」を用いているのは、この当時の試みだ。今でもたまに使う。大抵は偉そうに映りそうなことを書くときか、嫌みを書くときに使っている(「だ・である」の常用体に「ですます」が混ざるのは、文章の基本としてはアウトだが、ブログなので勝手気ままにやっている)。いずれも重量を軽くする狙いがあるので、この当時も、軽さを出したくて使っているのだろう。結果、しっくりこなくて現在はやめているということだ。

             余談だが、このころは一人称もまだ揺れていて、「私」になったり「僕」になったりしている。一人称がブレるのは、まるで思春期だが、曲折を経て、現在は「俺」を使用している。偉そうに映るから文章では敬遠されがちな一人称であるが、当人が偉そうなのだから諦めた。実のところは「偉そうに見える一人称をあえて使う」という、屈折した自虐も意図としてはある。自伝なんかで「俺」を使う著名人は、大抵は仲良くなれそうにない人が多いから、それをあえてという自虐なのである。

             文章における一人称の迷走の際たるものは「オイラ」だと思う。「私」でも「僕」でも「ボク」でも「俺」でも「オレ」でもない末の選択。ただしビートたけしの専売特許のような印象があるので、一般人が使うとクリエーター気取りの自意識過剰が漂って寒い、というのが個人の見解だ。町山智浩も使っているが、あの人は物書きとして売れているから問題ない。我が故郷の方言には、男性の一人称に「うら」がある。父親や親戚が実際に使っていて、おそらく団塊の世代以下の人は使っていない。俺ももう少し年を取ったら使いたいものだ。この「うら」は「おら」の変形版だと思う。そこで「オイラ」に対するアンチテーゼで「ウイラ」というのを一度考えたことがあるが、一人称であることすらも伝わりそうにないので使ったことはない。

             「逸脱を恐れないのがエッセー」なので、遠慮なく話が逸れている。
            (続く)



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