真似ることの深い考察

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     贋作を膨大に描いたフランス人の自伝だ。冒頭警察に逮捕され、取調べの中で半生を語るという構成が「イミテーション・ゲーム」のようだった。こちらはまさしくイミテーションの話だからカブっている。

     

     ろくに教育すら受けられなかった恵まれない育ちの筆者が、様々な出会いを通じて絵の才能を開花させていく出世譚のていをなしている。本書からもにじみ出ているが、魅力的な人なのだろう。そして一旦絵筆を握ると一心不乱に集中できるところが筆者の才能の一つであるのは間違いない。チンピラみたいな連中とつるんで荒れた生活をしている間も、道端で死なずに済んだのはこの才能のゆえだろう。逆に金持ち連中との付き合いが生まれ、自分が何も知らないことを思い知り、必死に勉強して吸収していくところも感慨深い。学校教育の大事さを再確認させられる。当人も言っているが、筆者が充分に高等教育を受けられていれば、同じ画家の道を進むにしてもずいぶん違ったものになったはずだ。

     

     それくらい絵に貪欲でストイックで才能あふれる人ながら贋作者になっていくのだから、有名画家になるのは、ちょっとやそっとの画才ではかなわないといえる。ただ、本書のおもしろいのは、贋作を作り始めてからの方が当人が活き活きとしている点だ。

     

     当初この筆者リブは、画商の求めに応じて、風景画をメインに描いていた。売れ筋の綺麗な風景を器用に描けるだけでなく仕事も早い。画商にとってはありがたい存在だ。このため仕事依頼はじゃんじゃん来て食うには困らないが、描きたくて描いた絵ではないから画家自身に醍醐味はない。絵に限らず、色んな世界でいくらでもある話だ。依頼に応じて書いてほしい種類の原稿を速攻で書き上げられる人は、編集側には重宝する存在だから仕事は来るが、結局便利屋扱いで終わってしまう。米澤穂信 「満願」にもそんな話があった。

     

     こうしてリブはストレスを溜めていくのだが、その後に手を染める贋作の世界ではこれが全く逆になる。発注元は筆者を尊重して「描きたいものが描けたらもってこい」というスタンスなのである。このためリブは思う存分制作に集中することができる。描くのは贋作だから、有名画家の真似をするという「自分のない」作業であるはずが、爛リジナル瓩良景画を依頼されていたころより自分の好きなように取り組めるのだから皮肉だ。

     

     どうしてこうなるかといえば、贋作の場合、ピカソやマティスとしての値段がつくから、1作品あたりの値段がそれまでの風景画より格段に高いことがある。そして生半可な出来ではバレてしまうので、魂込めたオリジナルと同じ熱量を込めないと本物と誤解させる贋作は作れない。というわけで制作環境がぐっと恵まれるのである。何という矛盾か。

     そしてリブの手法は、ロバート・デ・ニーロの演技論がごとく、当人になりきるというアプローチだ。作品や経歴を資料をあさって吸収し、本当に演技がごとくなりきる。そのうえで、コピーではなく、未発表だか未発見だかの別の作品を描く。なのでサインがなければ、ただのオリジナルである。なので、彼の行為は「オリジナルとは何か」「絵の価値とは何か」という難しい問題を突き付けてくる。リブ自身も本書の中でそのような問題提起をしてくるが、ただし、古く見せるための偽装工作を施したり、完成後は証拠になりうる画材や資料を全部捨ててしまう隠蔽工作もしているので、ちょっと説得力は低い。ただ、パクリとオリジナルは、そんな明確な線引きが出来るものではないという、パクリ騒動が出るたび色んな人が指摘していることのわかりやすい例だとは思う。

     

     面白かったのは、リブが藤田嗣治の贋作を作ったときに、調子に乗ってサインを漢字にしたら、その漢字が微妙におかしくてバレてしまったというくだりだ。ピカソが描く一見単純な三角形が死ぬほど難しいと神経質にもほどがある模倣を突き詰める男なのに、漢字はミスするというのはこれはどういうことなのだろう。文字も図形の一種だといえるはずだが、図形とは違うものなのだろうか。その点あまり言及がなく、ただの笑い話としてサラっと終わっていたが、妙に気になった。

     

     このリブの不幸は、発注者の死によって制作スタイルの変更を余儀なくされた点だ。別の業者と付き合うことで、今度はただのコピーの乱造を要求されることになる。風景画の時代に逆戻りというわけだが、風景画と違って明らか偽物を作っているのでおそらくストレスは倍か二乗になる。皮肉を超えた皮肉である。結局捕まったときに「これで助かった」と思うほど精神的に追い詰められてしまうわけだが、一口に贋作といっても色々あるというのは、あれこれ考えさせられた。そしてピカソでも藤田でもなくリブ自身が描いた作品だと初めて明白にされての展示が、裁判での証拠開示の場だったというのも泣ける面白さである。

     加えて有罪確定で全部失った、と思わせておいて、彼のスキルが意外なところで合法的に活かされるラストも、人真似とはなんぞやを突きつけている。活字がデカいので、タイトルだけのスカスカの本かと思ったが、中身はかなり濃かった。


    学際的調査、病原菌、政治

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       「地上最期の秘境に眠る謎の文明を探せ」という副題がついている。まるでクライブ・カッスラーの邦題か、ルパン三世のタイプライター風タイトルのようだ。なんともB級感が漂うが、実にマトモな内容だった。NHK出版のセンスはどうなっているのだと思ったが、改めてNHKスペシャルのタイトル一覧を確認すると、まあまあこんな風味だったから、これがテレビドキュメンタリー的センスなのかと腑に落ちた。


       中米ホンジュラスの未踏の地に存在すると長年言い伝えられ、かつ諸条件で調査が困難過ぎてまだ誰も成功していない遺跡を調査するノンフィクションだ。ジャンルでいうと考古学である。考古学というのは時に、あらゆる学問を総動員するようだ。本書の内容は学問の総合商社である(古い)。

       

       まずは兄弟分の歴史学。過去にこの秘境を調査した人々の足跡が序盤に紹介されるが、今回のような「探検」を伴う調査の場合、学者よりも冒険野郎の方が目立つ。そしてその冒険野郎の手記が、嘘だらけ(というよりほとんどただの冒険小説)だったりする。歴史の史料に誇張や隠蔽などの嘘は付き物とはいえ、冒険自慢と一攫千金がつきまとう分、怪しさは何倍にも増えるんだな。探検そのものの歴史より、サミュエル・ザムライという人について触れた箇所がおもしろかった。検索したら、こんなビジネス記事が引っかかったが、自分の商売を危機を打開するため、ホンジュラス政府を転覆させている化物みたいな人に、会社員がなんの教訓を学べというのだろう。

       

       密林の奥地へと入っていくから、動物の生態学というか、護身術というかが要る。密林には毒蛇だの毒虫だのがいて危険なのだろうとは知っているつもりでも、改めて読むとぞっとした。「山道を行くときは、マムシがいるのでゆっくり音を立てながら進むと噛まれません」などと習った記憶があるが、まったく役に立たなさそうだった。この教えが間違っているのか、それともヘビの種類が違うからか、とにかく本書に登場するヘビはデカい、強い、好戦的。虫も猛毒揃い。でも、少なくとも何百年も人が入った形跡がないいわば「手つかずの自然」に分け入っていくところの記述はちょっと感動した。色んな動物の音でとにかくうるさいという記述が印象的だった。想像すると怖いが。

       

       ここら辺はでもまあ想定内とはいえる(想定以上ではあるが)。
       本書の特徴は、最先端のテクノロジーが登場するところで、工学部系の話も出てくる。密林に覆われて上空からは緑しか見えないその下の地形をスキャンする話が序盤のクライマックスである。上空から電磁波を当てて計測するのだが、照射した光が葉っぱを通過するわけではなく、葉っぱの間を運よくすり抜けたものだけを拾い出すという、それだけ聞くとアホみたいに単純な方法が面白い。ただし機械の精度がものすごく優秀でも、飛行機をうまく飛ばさないとキチンと計測なようで、高度な操縦テクニックが必要になる。

       

       このため、密林の奥地に潜む謎の遺跡を探す、という事前のイメージと、狠妓´瓩離掘璽鵑呂△泙蠶爐蟾腓錣覆ぁC翦廚燃笋斑擦終わる。事前の調査がしっかりしている上、危険地帯なのでなるべくヘリで接近するため、密林の移動時間は限られているからだ(ついでに以上のような事情で予算がかかるので長引かせられない事情もある)。そうした調査の結果が、他の考古学者から猛烈に批判されるのも興味深い。「未開/文明」という一方的な価値尺度や、調査という名前の墓暴きに満ちていた考古学はとっくに過去のものとなっていて、色々とあり方が変わっているようだ。その批判の急先鋒は、実のところ政権が不安定なホンジュラスにおける政治背景が動機付けに含まれているから、余計にややこしい。ついでにこのような不安定な国での調査だから、交渉事にはしばしば裏技が必要になる。それを一手に引き受けるフィクサーのようなあやしげな男も登場するのだが、考古学調査には冒険野郎の狡知・世間知もいまだに必要だということらしい。これは学問の範疇ではない。

       

       そして後半は意外な展開を見せるのだが、学問の分類でいえば医学が大きく顔を覗かせるのであった。バイオホラー的な怖さが漂う恐ろしい展開だった。まさに「銃・病原菌・鉄」である。巨視的に見れば、人類の歴史は病気との戦いであるということを体験ルポ的に現した内容で、遺跡の話はどこへやら、ヘタするとこの後半が最も興味を惹かれた。戦場よりも怖い取材先があるものだと思ったが、よく考えると特に誰も死んでいないので、やっぱり戦場が一番危険なのか。

       

       世界地図で見るといかにも細っこい中米にこんな「奥地」があるというのもピンときにくいが、改めて地図で確認すると日本列島くらいの太さがあるから、いくらでも奥地はあってしかるべきサイズなのだった。人間は小さい。


      図書館機能と昔の新聞

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         調べものをしているうちに出会った本。日本人のプロ野球選手第1号を追ったノンフィクションだ。
         筆者は別件を取材していたときに、取材相手からその存在を知らされるのだが、最初はその重要性にピンとこなかったという。これは「あるある」だ。その「別件」つまり、その当時の「本題」にばかり気を取られていたので、かつてアメリカのプロチームでプレーした日本人がいたらしいという実に興味深い話題にも、つい「へ〜」で済ませてしまったというわけである。面白い話の端緒は、手にしたときには価値がわからないというはよくあることだ。もしかすると逆もしかり。自分にとって重要な何かの話題を、親しい人間に話したのに期待した反応がなかった場合も、後になってその彼・彼女が「何その話、めちゃおもろいやん」と今さら気づいている可能性があるかもしれない。


         大正時代の話なので、当然日本にはまだプロ野球チームはない。そんな時代に、どうやら渡米してプロチームに加わった人がいるというのだが、大リーグではなく別の独立リーグのチームである。なにせジャッキー・ロビンソンが登場する30年以上前の時代、当人もまだ生まれていないから、大リーグはバリバリ白人クラブである。仮にこの謎の日本人が野茂英雄や鈴木一朗ばりの実力を持っていたとしても、このような事情で入団はあやしい。沢村栄治は米国遠征中に、ファンに紛れたメジャー関係者の差し出した契約書に、間違ってサインしてしまったという逸話を聞いたことがあるが、いざ入団となったとしても、果たしてリーグに受け入れられたのかどうか、改めて気になってしまった。本書には、メジャー球団がキューバ選手を獲得しようとして断念する話も出てくる。

         

         この謎の日本人が入団したチーム「オールネイションズ」は、メジャーの白人サロンぶりを逆手にとって、じゃあ多民族球団にしようという趣旨で誕生した(チーム名は体を表す)。第一次世界大戦で選手が徴兵されチームは崩壊するが、このオーナーが次に作るのがカンザスシティ・モナークスという黒人チームで、ここに所属していたのが後にドジャースに入団するジャッキー・ロビンソンであり、そのドジャースにやがて入団するのが野茂英雄、という一連のつながりが泣かせる。


         さてその謎の日本人の氏素性は?という主題は本書を読んでねで済ませる。印象に残ったのは、アメリカの図書館の優秀さというか融通というかだった。事前に筆者がメールで調査趣旨を説明して関連資料がないか尋ね、いざ訪れると司書があれこれ耳をそろえて用意してくれている。それで「このテーマはおもろいっすねー」なんてノリノリでやってくれる。これぞ出版物の集積地としての面目躍如だ。

         

         日本の図書館の場合、専門職なのに給料安いし、何度も書いている話だが「納税者様でございオッサン」の無理筋クレームの受け役やらされてるし、新刊ベストセラーに予算吸い取られるし、挙句の果てには素人のレンタル屋に運営委託するべしがまかり通るから、タダのレンタル屋としか思われてない悲しさがある。でもレファレンスのページで結構面白い調査結果が載っていることは少なくないし、この前訪れた某図書館の人も妙に優秀だった。直接の担当者が全く融通きかない人だったので、俺のために苦虫噛み潰してくれてた。20年前くらいの本だが、アメリカは今も変わらずなのか、それとも変わったのか。

         

         調べる資料は現地の新聞が中心になるのだが、100年前の英語の新聞を読むのはしかし、想像するだけでゾッとする。わけあって、明治期の日本の新聞をずーっと見てたのだが、文体、自体はもちろん、レイアウトも全然違うので、かなり疲れる。そのうえ、記事が全然面白くない。「〜〜という噂でもちきりなのだが真実はどうなのだろう」とかで終わってる記事が多い。ある意味おもしろいのだが、3つも4つもこの調子に出くわすと、「調べろよ!」と腹が立ってくる。あと、ライバル紙が発行停止になると「御気の毒」などとせせら笑っている御用ぶりを発揮しているところも情けない。同業者に対する政府の攻撃にざまあみろと反応する狭量さは現代にも脈々と受け継がれる明治以来の伝統なんだな。談合するくせに協力しない。
         話を戻すと、本書の中でも、昔の新聞が記述が薄くてちっとも材料が集まらないシーンがあり、その辺りは日米よく似ているもんなんだと思った。


        それぞれの行列の処し方

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           国宝展。紅葉の時期に京都で開催とくれば、津々浦々から老老男女がおそろしいエネルギーで集うというもので、想像通りだが想像以上に混んでいた。母親も生きていれば目の色変えて現れていたかもしれない。列に並び、読書をしてやり過ごすのだが、ページに目を落としていると前が進んだのに気付かずひんしゅくを買うこと必至だ。読みつつも、視界の外で列の動きを察して前進するのだが、前の爺様が悟りを開いたかのように、ぼけーーっと博物館前庭の木々を見ているので、幾度もぶつかりそうになった。

           

           中に入ると行列ではなくなるのでカオスになる。とにかく見たいものだけをじっくり見る。元々そういう鑑賞を好んでいるが、こういうときは余計に有効だと思う。ごった返す中で、今のところちっとも興味を覚えない刀剣を見ても体力をすり減らすだけだ。それで見たいものの前でじっくり目を凝らすが、隣にいるやつがだんだんこっちに寄ってくるのが難儀だ。多くの人は展示物の前を等速でゆっくり通過する。そう命じられているわけでもないがそうなっている。仕方がないので適当にやり過ごすわけだが、周りに特に人がおらず一人で見ている人も等速で横移動するのはさすがにどうかね。

           

           じっくり見たのは、伝源頼朝像だった。頼朝かどうか疑義が呈されているので伝がつくのだが、もの凄く精緻な絵で感動した。これは頼朝のような超有名人じゃないと釣り合いが取れないと思わされる出来のよさだ。ま、その精緻さゆえに疑義が持たれているようだが。

           

           こうしてざっと眺めてみると、イキったことをいうが、結構既に見ているものが多いという印象だった。若いころ、それなりに勉強熱心だったようだ。どこで見たのか全く覚えていないし、「見た」自体も記憶の捏造かもしれないが。なにせ教科書に載っているものが多いから。でも教科書や図録で見たのと、どこかで実際見たのは、さすがに記憶の中では違う種類の手触りで保存されているのだが、ラーメンの一件以来、自信を失っている。


          【やっつけ映画評】肉弾

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             久々の文化博物館にての鑑賞。万博なんかよりよほど文博である。

             

             いとしこいしの漫才に、ピアノの購入を装う話がある。色んなバージョンがあるようだが、俺が見たのは選集DVD収録の「こいしさん、こいしさん」だ。近所の住人が、最近みんなピアノを買っているので、こいしさんも見栄をはるため買ったふりをする。いとしさんに運送屋になってもらい、トラックにピアノの箱だけ積んで「こいしさん、こいしさん、ピアノを持ってまいりました!」と聞えよがしに大声で叫んでもらうよう依頼する。で、このやり取りをいとしさんが何度もボケる内容だ。お手本のような善良な漫才、と思わせておいて、最後のあたりでかましてくるボケの破壊力がものすごい。

             

             「ピアノのついでに、あっと驚くようなものも持ってこい」と要求を上乗せするこいしさんに、いとしさんが応じる。「こいしさん、こいしさん、召集令状です」。初めて見たとき、ブラックジョークにしても予想だにしていない未聞のボケだったので、変な笑いが噴き出すと同時に感動した。このボケは当時を知る世代しかできない。「不謹慎」が許される有資格の問題もそうだし、何より怨念のようなものすら感じるボケだった、というのは神格化し過ぎだろうか。けど改めて見ても、ここのくだりに、怨念で言い過ぎなら、実感を明確に伴わせているのは間違いないと感じた(実際召集されているから当たり前といえばそうなんだけど)。半拍遅れて笑い出す客の反応もしかり。70年代の収録だから、リアルタイムの人はまだたくさん生きている。

             

             本作の監督岡本喜八は、このいとこい師匠よりちょびっと年上の同世代である。終戦時点で、喜八さん21歳、いとしさん20歳、こいしさん18歳。この世代の男子は、帝国が破滅する最もマズい時代に、大人としての分別と世間知らずな青臭さが同居する多感な年齢を過ごした。と同時に「今からいよいよ戦場に行くぞ」というときに終戦を迎え、いわば決死の覚悟が空振りになった人が多い。岡本喜八はその怨念ないしは怒りを割とストレートに映画制作に投影した人だというのは、「日本のいちばん長い日」を見ればはっきりとわかる。

             

             本作は「日本の〜」とは異なり、コンパクトなつくりで、全体に皮肉な笑いを前に出したコメディタッチも漂う不条理演劇のような演出をしている。冒頭から牛の反芻がどうのこうのと、場面と遊離した言葉遊びのようなやり取りを間を詰めて高速で掛け合うくだりなんか、実に演劇的だし、合間合間に差し挟まる茶々入れのような短いカットは、こちらはある種のマンガでよく見る構成だと思う。こういう雰囲気は、日本映画では珍しくない印象があるから、うっかり「その手の映画」とぼんやりしたカテゴリに片付けてしまいそうになった。でもやはり、得体のしれない吸引力のようなものが大きく、ああこれは、いとこい漫才の召集令状と同じなんだろうなと居住まいをただしたのだった。敗戦の年を、その年齢で通過した人間だけが描ける何事かを見落とすまいと集中したわけだ。

             

             そうして殊勝な態度でスクリーンを見つめていると、大谷直子(18)のおっぱいがどーんと出てきてびっくらこいた。これがデビュー作なのだが、後年の「サスペンスの犯人ないしは犯人と思いこませる翳りのある女性」が定番の役どころとは全く違って、実に健康的で、そのくせエロスも兼ね備えているから空恐ろしい。平時であれば、おっぱいどーんに至る過程が、監督の趣味やろというご都合主義にしか見えないと思うが、死と同居する戦時であればこそ妙に腑に落ちる切なく愛しい場面だった。これでもう終わってしまえばいいんじゃないかとすら思った。それくらいよいシーンだったというのもありつつ、後半が若干退屈というのもある。

             

             これはおそらく鳥取砂丘なのだろうか(主人公の兵士は日本海側に配置されているのかと思いきや、台詞に遠州灘とか東京湾とか出てくるからそちら側の設定であった)。急崖のような砂浜に穴を掘って身を潜め、本土決戦に備えるわけだが、その間に、けったいな登場人物たちが現れては消えを繰り返す構成がこれまた演劇のようであった。モノクロに砂丘と演劇のような人々(それも服装が古い)の取り合わせだから、植田正治の写真のようでもある。印象的な映像だが、スピーディな前半に比べ展開が乏しいので退屈でもある。でも実際、戦場にならなかった場所の防衛についていた兵士は本当に退屈だったと、聞いたり読んだりしたことがあるから、実際こんなものだったのだろう。だからこそ、決死の覚悟と向き合う前半との対比が活きるともいえる。死がそこにある異様な状況だからこそ、二人は互いに激しく抱き合ったというに、狎鐫廊瓩浪砲如街は黒焦げになる皮肉が、これはもう悲しいとかでは済ませられず、かといって何が言えるわけでもなし、主人公のように、ばかやろーと叫ぶしかない。

             

             そう考えると、ラストシーンも合点がいく。

             

             

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